66話:邪神の城 ~探索 ②~
はははははぁっ……
(うん? 今何か、笑い声みたいなのが聞こえた?)
《そうかしら? 気のせいよきっと。だって、こんな所で笑い声なんて怖いじゃない》
(こんな所って、ここはトレミィのお城だよ?)
《そ、そうだったわね……》
邪神の城、その区画を縫う様に走る長大な回廊。
リゲル、シャウラと別れたスピカは、その長大な回廊を一人黙々と歩いていた。
回廊の先では同じ様な扉が点々と顔を覗かせており、代わり映えのしない景色が延々と続いている。
この変化のない景色の連続に、スピカの方向感覚は徐々に狂わされつつあるのだった。
(何だか迷ってる様な気がするけど、どっちに行けばいいんだろう?)
《何とも言えないわね、私も内部がどうなってるかまでは覚えてないし。複雑すぎてどっちの方向から来たかも良く分からないし》
定期的に現れる扉を気まぐれに開いて回るが、何もない部屋や家具が押し込められた部屋等、スピカにとってはどうでも良い部屋ばかりが続く。
(うーん……やっぱり剣とかが欲しいんだけど、どこの部屋にあるんだろう?)
《そうね、どこかにどっさりまとめて置いてあったのは覚えてるのよ、でもどこにあったかしら……》
(トレミィ、自分のお城のことなのに全然把握してないよね)
カラカラと一人笑い声を上げるスピカの反応に、トレミィは怒った様に声を上げる。
《しょうがないじゃないのよ! 随分長い間放置してたのよ。それに、色々物が多すぎて何がどこにあるのか全く分からないし。そもそもこの城の記憶自体が相当曖昧なんだから!》
(もう、そんなに怒らなくても良いでしょ。ちょっとおかしいなって思っただけだよー)
怒るトレミィの言葉にも飄々と笑顔で返すスピカ。そのまま同じ様な景色の回廊をあてどなくさ迷い歩く。
しばらくそうして歩き回っていると、これまでとは違い一際大きく、そして豪奢な扉が姿を現す。
(うわぁ、何だかこの扉だけ無駄に豪華だね。ちょっと怪しいかも?)
《そうね、何か重要な部屋の様な感じがするわね》
(うん、それじゃあ入ってみよう)
スピカの手により、埃を巻き上げながら開かれる両開きの扉。開かれた扉の先では、巨大な円形のホ-ルの様な空間が広がっていた。
「おぉ! 凄い!!」
《本当に、なんて数なの……》
驚嘆の声を上げるスピカとトレミィ。二人の視線の先では、剣や槍、斧、弓矢等のありとあらゆる武器が所狭しと床に散らばっていた。
また、所々に備え付けられた台座や、ホールを支える柱にも数多くの武器が飾り付けられており、例えるなら武器の美術館といった様相を見せている。
崩れかけた天井からは、うっすらと光の柱が差し込んでおり淡く周囲を照らす。豪華な造りの内装と相まって、空間全体を幻想的な雰囲気が支配している。
《凄いわ凄いわ! ここならきっとスピカに合う武器が見つかるわよ。早く見て回りましょうよ!!》
(そうだね……って、何でトレミィの方が楽しそうなの?)
《だってだって、こんなに武器があるのよ? スピカ、きっこもっとかっと良くなるわよ!》
(きっこも……? トレミィ、多分だけどまた噛んでるよ)
陽気に言葉を交わしながら、武器の間を縫ってホールを見回して歩くスピカ。一通り全体を見て回るが納得のいく表情を浮かべることはない。
(何だかピンとくるものがないかも、どれもカッコ良いんだけどね)
《そう……どれか良さそうなものはないのかしらね》
(うん……って、何あれ!?)
キョロキョロと周囲を見回していたスピカの視線が、一点で釘付けとなる。視線の先、そこには一本の剣が飾られていた。
ただし、その飾られ方は他の武器とは大きく異なっている。ホールの天井、その四隅と中心から五本のロープで吊るされる形で飾られたその剣は、あたかも空中に浮遊しているかの様な状態だ。
剣の真下まで移動したスピカは、見上げる形でその剣をじっくりと観察する。
(何であれだけぶら下げられてるんだろう?)
《上にあったから気付かなかったわね、でも一本だけ吊るされてるなんて不思議よね》
(うん、ちょっと気になるかも!)
小さく頷いたスピカは、傍に落ちていた短剣を拾うと、手の中でクルクルと回して見せる。
《そんなの拾ってどうするのよ?》
「こうするんだよっ、と!」
声にあわせて勢い良く短剣を投擲するスピカ。鋭く放たれた短剣は、狙い違わずロープの一本を切断する。
(やった、上手くいった!)
《流石、相変わらずこういうのは上手よねっ》
(ふふっ、まあね!)
得意気な表情を浮かべながら、次々と短剣を拾いロープを切断していくスピカ。
残すロープは天上中央からの一本となったところで、剣の下方に位置を取り、受け止めの構えを見せる。
《ちょっと、直接受け止めるつもり? 危ないわよ!》
(大丈夫大丈夫! ちゃんと鞘に入ってるし、上手くキャッチするから)
そう言いながら放たれた最後の一投。
シュバッ
狙い通りの軌道で見事最後の一本が切断した短剣。支えを失った剣は真下に向かって落下する。
鞘に収まったまま勢い良く落下する剣。しかし、体勢を整えていたスピカは危なげなくそれをキャッチすることに成功する。
(オッケ!)
《ナイスキャッチ!》
上手くいったことに喜びながら、手に入れた剣をゆっくりと引き抜くスピカ。
あらわになったその刀身を、淡く差し込む光にかざす。
(綺麗……)
《綺麗だわ……》
光に照らされうっすらと輝く剣、その刀身は夜空を映した様な深い青紫色に染まっていた。
幅広の根元から先端に行くほど細く鋭さを増す刃は、一目で切れ味の良さが見て取れる。
また、先端に近付くにしたがい、その色は薄く淡く、そしてキラキラと光をまぶした様な色合いへと変化していき、まるで刀身に星空を押し込めた様な印象すら受ける美しさである。
刀身約、一・二メートル。
深い青色と紫色で装飾された柄と鞘。
美しく、幻想的な一振りに、思わず息を飲むスピカとトレミィ。
《凄い! カッコ良すぎるわよこれは、絶対これにするべきよ!!》
テンションの上がるトレミィの声を聞きながら、軽く素振りを試すスピカ。小気味良い風切り音と共に空中を切る剣。
その振り心地、手への馴染みに、スピカも満足そうな表情を浮かべ頷く。
(うん、これすっごく使いやすいかも! 見た目も凄くカッコ良いし、これに決めるよ!!)
そう言いながら剣を納めたスピカは、鞘に刻まれた文字に目を止める。かすれつつあるその文字に目を凝らすと、ゆっくりと読み上げる。
「何か書いてある。えっと、"星剣アステル"……?」
《アステル? 星を意味する言葉ね、この剣の名かしらね?》
(アステルか……うん、気に入ったかも!)
《そうね、スピカにピッタリの素敵な名前だわ!》
新たな剣を手に入れ、嬉しそうに柄を撫で摩るスピカ。
その腰元で深い輝きを放つ、星の名を冠する剣、星剣アステル。
こうして、また一つ新たな力を手に入れたスピカなのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。