65話:邪神の城 ~探索 ①~
「あははははぁ…………あははははははあぁ…………」
ボロボロに朽ちた回廊。そこに、薄気味の悪い笑い声がこだましている。
邪神の城、その内部を繋ぐ回廊を三つの人影が歩いていた。
スピカとリゲル。そして笑い声の主、シャウラである。
《スピカ、そろそろ止めた方が良いんじゃない? もはやただのホラーよ……》
(うん、だから止めないんだよ。何せ近付きたくないんだよ……)
呆れた視線を送るスピカ。その視線の先では、両手を大きく広げケタケタと笑い声を上げるシャウラの姿がある。
アンデットの群れを撃退し、邪神の城に辿り着いた一行。
高い城壁で周囲を覆い、四棟の巨大な尖塔に囲まれた荘厳な城。長年瘴気に晒され続けたその城は、朝日に照らされてなお、黒く不気味な姿でそびえ立っていた。
朽ち果てボロボロになった内部、薄暗く不気味な雰囲気漂う城内。それを見たシャウラのテンションは上がり続け、今や奇怪な笑い声を上げながら、小躍りしている始末なのである。
(それにしてもトレミィ、中は随分ボロボロなんだね)
《ええ、昔は綺麗な城だったみたいなんだけど、何せ昔のことはあまり覚えてなのよね。私の城だったっていうことは覚えてるんだけど》
(そっか)
場内を見回しながら回廊を進み続ける一行。すると、先頭を歩いていたシャウラが不意に足を止める。
「うふふぅ…………あうぅっ…………」
前屈みでプルプルと震えだすシャウラ。その様子を怪訝な表情で見つめながらスピカが訪ねる。
「シャウラ、どうかしたの?」
「あ…………うぅ…………も…………漏れそう…………」
「うん?」
小首をかしげるスピカに向かい、ほんのりと頬を赤く染めたシャウラが振り返る。
「う…………嬉しすぎて…………漏らしそうに…………なった…………」
「ええぇ!?」
《ちょっと! 私の城なのよ、こんなところで止めてよ!?》
驚きに声を上げるスピカとトレミィ。その背後で、冷めた表情を浮かべたリゲルが口を開く。
「アホかよまったく、それならもう各々別行動で良いんじゃねえか? 目的の物もバラバラだし、そこのアホはささっとトイレに行かせねえとだしよ」
「別行動? でも、何か危険があるかもしれないよ?」
疑問の声を上げるスピカに、リゲルは周囲を見渡しながら答える。
「おいおい、こんなもんそこら中危険だらけだろ? 何を今更じゃねえか。それに、多少危険があろうが、自力でどうにかできるメンバーだしよ」
「うん、まあ言われてみればそうだね」
《何というか、珍しくごもっともな意見ね……》
「よし、じゃあ決まりだな」
小さく頷いたリゲルは、首を傾けシャウラに視線を送る。
「という訳だそこのアホ、汚ねえもん垂れ流す前にさっさと行け!」
「うん…………急ぐ…………うぅふ…………」
パタパタと回廊を走り去るシャウラ。その様子を見届けたリゲルは、踵を返し来た道を戻る。
「んじゃ、俺も書庫探しに行ってくるわ。目的が達成できたら正面入り口に集合で良いな?」
「分かった、気を付けてね!」
意気揚々と歩いていくリゲルを、手を振りながら見送るスピカ。
《うーん……何というか、まとまりのないパーティよね……》
こうして、各々の目的の元、邪神の城の探索が幕を開けた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「ふう…………間に合った…………」
剥がれた天井、ひび割れた壁。元は美しい装飾の施されていたであろうその場所だが、今となっては見る影もない。
そんなボロボロのトイレから出てきたシャウラは、スッキリとした表情で周囲を見渡す。
「ここは…………?」
どこまでも続く薄暗い廊下。その先は暗く闇に閉ざされている。
「…………こっちの方から…………邪神様感を…………感じる…………気がする…………」
虚ろな目をしながらフラフラと廊下を進むシャウラ。しばらく歩いたところで、巨大な両開きの扉の前に立ち足を止める。
「…………ここかな…………?」
ギシリと歪んだ音を立てながら、ゆっくりと扉を開ける。扉の先では、うっすらと光の差し込む広大な空間が姿を現す。
「…………凄い…………」
巨大な物置きの様な空間。そこには統一感は一切なく、様々な品が所狭しと押し込められていた。
古い鎧から巨大な絵画、陶芸品や刀剣、薬品の類。視線を巡らせていたシャウラだったが、その一角で目線が釘付けとなる。
「…………あれはっ…………」
声を上げながら駆け出すシャウラ。その先には、多種多様な衣服が乱雑に並んでいた。
「…………いっぱい…………ある…………とても…………素敵…………」
うっとりとした表情を浮かべるシャウラは、次々と衣服を手に取っていく。クルクルと回転しながら衣服を体にあてがっている最中、ふと視線が別の場所にとまる。
「ぅあっ…………!?」
素っ頓狂な声を上げ見つめる先、そこには大量の骸骨が山の様に積み上げられていた。
中には明らかに人間のものではない、真っ黒のものや角の生えたもの等も無造作に積み上げられている。そこには、邪神の城に相応しいおどろおどろしい光景が広がっていた。
「なんて…………邪神様…………っぽい…………素敵…………すぎる…………!!」
興奮に息を荒げながら、骸骨の山に飛び込んでいくシャウラ。
「あははっ…………あははははっ…………!!」
薄暗い室内に、シャウラの不気味な笑い声が響き渡る。
★ ★ ★ ★ ★ ★
一方、スピカと別れたリゲルは地下書庫に辿り着いていた。
探索の間も様々な個所を抜け目なく観察していたリゲル。その鋭い観察眼をもって、難なく地下書庫へと続く隠し扉を発見していたのだ。
端が見えないほどの広大な空間。規則正しく立ち並んだ大量の本棚。そのどれもに、年忌を感じさせる古い書物が隙間なく収められている。
書庫の中央、やや開けた空間では、うず高く積まれた本に囲まれたリゲルが、一心不乱な様子で本に目を走らせていた。
「ほう……エリクサーというのは……製造の過程で……濃度と圧力が……なるほど……」
凄まじい速度で本を読み終えると、直ぐに次の本を手に取る。
「これはっ」
手に取った本の表紙を見て目を見開くリゲル。埃をかぶり所々破れてはいるが、しっかりと重みのある分厚い本である。
「ゴーレムの誕生と生態、だと? マジかよ!」
目を爛々と輝かせながらページを開くリゲル。最早瞬きすら忘れ、凄まじい速度で字を追っていく。
「ゴーレムは……核が地中で……強い圧力……周囲の物体を巻き込み……生成される……外装が滅んでも……核は生き続ける……再度圧力がかかれば……再びゴーレムとして……!?」
あっという間に最後のページまで読み進めたリゲルは、背表紙をそっと撫でながら、自らのカバンにその本をしまい込む。
「ここ、マジで最高だなおい」
そう言って唇を吊り上げニヤリと笑みを浮かべると、次の本へと手を伸ばす。
「次は……ってマジかよおい! ヤべえなおい! 神かよおい!!」
声を張り上げながら、震える手つきで手に取った本の表紙を見つめるリゲル。嬉々とした表情で本のタイトルを呟く。
「人造人間の製造に関する研究……!!」
タイトルを呟くや否や、凄まじい勢いでページを捲るリゲル。
「はははっ、はははははっ!!」
リゲルの狂気じみた笑い声が響き渡る。
「あははぁ…………あははははぁぁっ…………」
そして、シャウラの薄気味悪い笑い声が遠く響く。
広い城内に、二人の不気味な笑い声がこだまするのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。