64話:邪神の城 ~道中~
うっそうと茂る森の中。
立ち並ぶ木々の間を、疾風のごとく駆け抜ける一筋の黒い影がある。
「プルート、疲れたら無理せず休んで良いからね?」
「ガフゥッ」
歪に並んだ木々を縫う様に疾駆するのは、背に三人の人影と大きな荷物を乗せたプルートである。
スピカとシャウラ、そしてリゲルを乗せ村を出発したプルートは、現在村から遠く離れた森林地帯を疾走していた。
およそ二日前、邪神の城を目指し村を出発したスピカとそのパーティ一行。本来であれば一週間以上かかる距離を、プルートの速度に物を言わせ、わずか約二日という短期間で、城の手前である森林地帯まで到達していたのだ。
時刻は朝方。朝日の昇る時間帯ではあるが、生い茂った木々が濃厚な影を作り、周囲を薄暗く染めている。
「スピカ…………まだ…………?」
八の字に眉尻を下げ、不満そうな表情を浮かべるシャウラは、スピカに抱き着く様にしながらそっと呟く。
(トレミィ、もうそろそろかな?)
《そうね、このスピードならあと数時間で到着すると思うわ。それにしても随分早かったわね》
(うん、プルートのおかげだね!)
労う様にプルートの首元を撫でたスピカは、首だけを反転させシャウラに向かい口を開く。
「シャウラ。あと数時間だと思うから、もう少し待っててね」
「あと…………数時間…………うふふぅ…………分かった…………」
スピカの言葉に薄気味悪く笑い声を漏らすシャウラ。その後ろでは、リゲルが油断なく周囲を警戒している。
「おいスピカ。そこの変態はおいといて、もう少し周囲に気を付けとけよ? さっきから所々木の間を動く影が見えるぞ」
「うん、確かに何となく動く気配は感じるんだけど……でも殺気みたいなのはあんまり感じないんだよね、何だろう?」
小首をかしげながらもスピカがキョロキョロと辺りを見回していると、勢い良く走っていたプルートが急停止する。
「うわっと!?」
「うぐぇ…………」
「痛いってぇ!? おい!」
「ガルルゥゥ……」
急な減速に体勢を崩すスピカ。顔面からスピカの背に激突し潰れた声を上げるシャウラに、尻を打ち付け悪態をつくリゲル。
怪訝な表情を浮かべる三人の下で、鋭い視線を周囲に向けながら低く唸り声を上げるプルート。その視線の先で、木々の間から巨大な影が姿を現す。
「グアゥアウゥ……」
「あれは、魔物?」
「レイジボア……っぽいが、少し違えな」
歪んだ唸り声を上げながら現れる巨大な猪型の魔物。しかし、その体のいたる所は腐敗しており、所々骨が覗いている状態だ。
《あれは、レイジボアのアンデットね。相変わらずこの辺りはアンデットが多いみたいね》
(相変わらず? ってことはずっとアンデットが多いの?)
《ええ、この辺りは特に瘴気が強かったから、その影響か死んだ魔物が次々とアンデット化していたのよ。とはいえこれまでは、瘴気が濃すぎてアンデット化してもほとんど活動できていなかったはずなんだけど、どうやら瘴気が薄れて活発化してるみたいね》
(なるほどね、でもそういうことは早く言ってよ)
《わっ、ちょ、わしゅれてたのよ!》
(わしゅ?)
スピカとトレミィが言葉を交わす間にも、木々の間から次々と姿を現すアンデットと化した魔物達。
クマ型の魔物グズリーに、レイジボア。蛇型の魔物アスピスまでもがアンデットの姿でスピカ達の前に立ちふさがる。
(そっか、どれもアンデットだから殺気とかの気配が薄かったんだ)
「おいっ、ボーっとしてないで構えろ!」
一人納得しているスピカの耳にリゲルの鋭い声が刺さる。スピカ達を取り囲む様に、じりじりと距離を詰める魔物達。
緊張感が場を包む中、その緊張感すらかき消すほどの強烈な殺気を孕んだ声が深く、重く響き渡る。
「何をぉ…………邪魔をぉ…………」
ビリビリと空気を震わせ、ドス暗い殺気を全身から放つシャウラ。
(うっわぁ……凄い殺気……)
《ちょっと……こここぅわ……怖すぎゅわ……》
あまりの殺気に冷や汗を流すスピカ。頭の中では、呂律の回らぬ震えたトレミィの声が響く。
ガタガタと震えるプルートの背からゆっくりと降りるシャウラ。魔物達に向かいギラギラと怪しく光る相貌を向ける。
「邪神様のぉ…………お城へのぉ…………道を塞ぐものはぁ…………許さないいぃぃ…………」
「よっしゃ、シャウラ! とっととケチらしちまえ!!」
プルートの背からリゲルが声を張り上げる。その声に驚いたスピカは思わずリゲルを振り返る。
「シャウラ一人に任せるつもり? 結構数がいるし、なんか強そうなのもいるし大丈夫かな?」
「あーまあ、あんなド変態でも一応教会最強の僧侶だしな。そもそもお前、今は剣を持ってねえから戦えねえだろ? 何よりだ……」
一度言葉を切ったリゲルは、シャウラの背に向かって指を指す。
「お前、あの化け物と共闘する度胸があるのかよ?」
「うん、まったくないよ!」
《そうね、ここは任せた方が良いわね!!》
リゲルの意見に即答で同意するスピカとトレミィ。パーティメンバーが見守る中、カクカクと体を震わせながら、迫る魔物達に向かい両の手を合わせるシャウラ。
「アンデット…………ごとき…………敵では…………ないぃ…………」
目を閉じ祈りを捧げるシャウラ。その全身が薄く光を放つと、次の瞬間淡い光の波が周囲に広がってゆく。
狂気にも近い全身全霊の信仰心。それにより放たれた力は、アンデットと化した魔物達をまとめて包み込むと、その朽ちた体に変化をもたらす。
「ガカッ!? グアゥアァ……」
全身を淡い光に包まれたまま、苦し気にうめき声を上げのたうち回る魔物達。
しばらく苦しみもがいていたかと思いきや、徐々に体を覆う光が欠損している部位に集まっていく。すると、腐っていた肉は見る間に再生されていき、骨の覗いていた体は新たな皮膚によって綺麗に覆われていく。
程なく、生気の無い薄灰色の体色で再生された魔物達。うめき声も止み、虚ろな目をさ迷わせていたかと思うと、その体をゆっくりと傾ける。
ズズンッ、と低い音を立て倒れ、そのまま動かなくなる魔物達。その中心では、両手を組み祈りの姿勢を取ったままのシャウラが、ゆっくりとその両手を天へと掲げる。
「邪神様…………私の信仰を…………あなた様に…………捧げます…………」
《いやぁ……こんなに怖い信仰はちょっと……怖いです……》
スピカの中で一人冷や汗を流すトレミィ。
周囲を覆っていた光は晴れ、倒れていた魔物達は次々と起き上がる。
落ち窪んだ目で周囲を伺う様な仕草を見せる魔物達。その目がシャウラの姿をとらえると、一体また一体とシャウラの周囲に集まり、付き従う様に伏せていく。
「おいおいマジかよ……」
「うわぁ、アンデットが皆まとめて……」
《これは驚いたわね、何て凄まじい力なのかしら》
それぞれが感嘆の声を漏らしていると、唇を吊り上げ笑みを浮かべたシャウラがゆっくりと振り返る。
「どう…………これで…………皆…………私の…………しもべ…………だよ…………」
「うん、凄いよシャウラ! 邪神もきっと誉めてくれるよ!!」
「っ!! …………本当…………?」
口を引きつらせ満面の笑みを浮かべるシャウラ。
《ちょっとスピカ、あんまり喜ばせる様なことを言わないでよ、怖いんだからっ》
(良いじゃない、頑張ってくれたんだから)
《それは、そうだけど……》
スピカがトレミィとの会話に気を取られている間に、リゲルが軽い調子で声を上げる。
「おう、ご苦労だったな変態。それじゃとっとと先を急ぐか」
「うん…………急ぐ…………それと…………変態は…………お互い様…………」
「おいっ、ふざけんなテメェ!」
悪態をつくリゲルを宥めながら、アンデットに囲まれつつプルートの背に乗り出発する一行。
それから間もなく。
木々の間から、黒く巨大な城影がその姿を現す。
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