63話:邪神の城 ~出立~
「うふふ…………うぅふふふ…………」
どんよりと雲のかかったお昼時。
村の入り口、その正面に不気味な笑いが響いていた。
「うふ…………うふふぅー…………」
《ちょっとスピカ、昨日からずっとあの調子じゃない、そろそろ話しかけた方が良いんじゃないの?》
(いやぁ、だってものすっごく気色悪いオーラがでてるんだもん、近付きたくないよ……)
スピカとトレミィの視線の先。村の入り口正面では、不気味なオーラに全身を包み、シャウラが体を揺らしながら笑い声を漏らしていた。
事の発端は前日。スピカの家で各々が今必要としているものを、紙に書いて出し合ったことが始まりだ。
スピカ、リゲル、シャウラ、ジェルミーナと、それぞれがあまりにも纏まりのないものを書き連ねた結果、収拾がつかなくなりつつあった頃。トレミィから、かつての居城が存在していると聞いたスピカ。
過去の遺物が残っており、諸々揃う可能性があると知ったスピカは、邪神の城への探索を提案したのである。
その提案に真っ先に食いついたのがシャウラだ。狂信的な邪神信者であるシャウラは、邪神の城の存在を聞いた途端、奇声を発しながらスピカにすがりつき、すぐにでも向かいたいと懇願し続けたのだ。
結局シャウラの勢いに押され、また興味を持ったリゲルの後押しもあり、翌日早々の出発としたスピカ。
そして本日現在、出発に向け村の入り口で待機しているという訳である。
リゲルの準備が整うのを待っているスピカとシャウラ。しかし、邪神の城に行くことが決定して以降、延々と薄気味の悪い笑い声を撒き散らし続けているシャウラのその姿に、スピカにトレミィ、そして見送りに来た亜人達も顔を引きつらせている状態である。
一人ポツンと天を見上げながら笑い続けるシャウラ。その気色の悪さに、周りの亜人達がじりじりと距離を取りつつあったその時、軽快な声が響き渡る。
「おう! 遅くなったな、悪い悪いっ」
軽い調子で手を振りながら現れたのは、オレンジのコートに身を包んだリゲルである。傍らにはプルートを従え、その背に大きな荷物を積んでの登場だ。
今回の道中は、スピカとリゲル、シャウラ。そして移動手段、兼運搬係としてプルートが同行する予定なのである。
リゲルの背後からは、ジャンルーカにジェルミーナ、そして数名の亜人達の姿がある。周囲の亜人達も集まり、いよいよ出発という空気が場に流れる。
そんな空間をどす黒く染める様に、地の底から響く様な声が響く。
「うぅぅ…………遅いいいぃぃ…………早くうぅぅ…………」
ギギギ、と音を立て壊れた機械の様に振り返るシャウラ。その目は血走りすぎて真っ赤に染まっており、もはや恐怖すら感じるほどである。
「もううぅ…………我慢んん…………できないいぃ…………早くうぅ…………イきたいぃぃぃ…………!!」
「お、おぉ……すまなかったな……だからあまりこっちに近寄るな……」
普段は毒舌で態度の大きいリゲルだが、シャウラの迫力に引きつった表情を浮かべることしかできない。
《うわぁ、何ともおぞましいわね……そしてさりげなくエロいわね……》
(うん、でも今は怖すぎるからそっとしとこう……)
じりじりとリゲルに迫り寄るシャウラ。その様子を青い顔をしながら眺めるスピカ。そこへ背後からジャンルーカが声をかける。
「スピカ殿、道中はくれぐれも気を付けて」
「うん、ありがとうジャンルーカ。あ、それと隊長」
スピカに呼ばれ、フェルナンドがジャンルーカの後ろから顔を覗かせる。
「どうした?」
「今回はプルートも連れて行くけど、村は大丈夫かな?」
「ああ、そのことなら問題ない。村の警護は俺達がいれば何とかなるし、元々プルートはスピカの従魔だしな。それに今はベリンダとクラーラがいる、この二人がいれば狩りも村の警護も万全だろう?」
グッと親指を立て振り向くフェルナンド。視線の先では、虚ろな表情で空を見上げながらフラフラとさ迷い歩くベリンダとクラーラの姿がある。
「うん、じゃあなるべく早めに帰るからね」
笑顔を浮かべプルートの方へと向かうスピカ。その腰元にジェルミーナが勢い良く飛びつく。
「うわっと!? ジェルミ?」
「スピカ様ぁ、とうとう行ってしまわれるのですね……、私はとても寂しいですぅ……」
「ジェルミ、昨日も言ったけど、ちょっと行ってすぐに戻ってくるだけから。それに、危険な所っぽいから、ジェルミはお留守番しててほしいんだよ」
「はい、それは分かっています……、でも……でもっ」
声を震わせながら潤んだ瞳でスピカを見上げるジェルミーナ。困った表情を浮かべるスピカ、その顔を覗き込む様につま先立ちで顔を近づけていく。
「スピカ様……お気を付けて……」
小さくそう言うと、そっと目を閉じ唇を尖らせながらスピカとの距離を縮めていく。
「って、おいジェルミ!! お前は一体何をしているのだ!?」
ジェルミーナの唇がスピカに届く、あと一歩というところでジャンルーカの絶叫が響き渡る。
顔を青くしながら叫び声を上げるジャンルーカ。そんな兄に向かい、キッと鋭い視線を向けるジェルミーナ。
「もう! お兄様、邪魔をしないで下さい! 良い雰囲気でしたのに。あのまま勢いでいけそうでしたのに!! 最低ですっ」
「ジェルミ、お前はそんなことを言う妹ではなかったではないか。昔のお前はどこに行ったのだ? 目を覚ましてくれジェルミイイィィッ!!」
《スピカもスピカよ! ちょっとは抵抗しなさいよ、もうちょっとでホントにチューっていっちゃうところだったわよ!?》
両手を地面につき涙を流すジャンルーカ。そして、いつになく早口で苦言を呈するトレミィ。
(うーん? 別にチューっていってもどっちでも良いよ。ジェルミだったら危険もないし)
《あヴぁヴぁっ!? そそっ、そういう問題じゃないわよ! そして危険も十分あるわよ。スピカが知らないだけで、夜な夜な危険にあふれてるのよ!!》
声を荒げるトレミィに、スピカが一人クスクスと笑みを零していると、唐突にその肩をがっしりと捕まれる。
「おいっ、頼む早くしてくれ! こいつがもう限界だ」
「うぅぅー…………スピカぁ…………もうっ…………イくぅ…………?」
青ざめた顔でスピカの肩を掴むリゲル。その背後から、どんよりとしたオーラを放ちながら迫るシャウラ。
「あぁ、ゴメンゴメンッ、もう出発しよう!」
シャウラの放つあまりの迫力に、スピカも慌てて村の入り口へと足を進める。
リゲルの用意した大量の荷物を背に乗せ、伏せをしたまま待機しているプルート。その背にスピカが跨ると、続いてスピカにしがみつく様に跨るシャウラ。最後にリゲルが荷物を確認しながら跨り準備完了である。
三人に加え荷物の重量があるにもかかわらず、軽々と起き上がるプルート。その背から周囲を見回しながら、スピカは軽く手を振る。
「それじゃあ皆、行ってくるね!」
「ああ、気を付けてな!」
片手を上げ答えるフェルナンド。
その背後で、未だ言い争いを続けるジャンルーカとジェルミーナの兄妹。
そして、スピカの後ろで引きつった笑い声を上げ続けるシャウラ。
いつも通りの慌ただしさの中、スピカとそのパーティは邪神の城に向け出立するのだった。
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