62話:シャウラの憂鬱
「ううぅ…………ううぅぅぅ…………」
太陽の光降り注ぐお昼時。
スピカの家、その一室には不気味なうめき声が響いていた。
「うぅ…………ううぅぅー…………」
《ちょっとスピカ、朝からずっとあの調子じゃない……そろそろ話しかけた方が良いんじゃないの?》
(いやぁ、だってものすっごくどす暗いオーラがでてるんだもん、近付きたくないよ……)
スピカとトレミィの視線の先。部屋の隅では、どんよりと暗いオーラに全身を包み、シャウラが膝を抱えてうずくまっていた。
この日、朝起きて以降ずっとこの調子のシャウラ。そのあまりにも暗い雰囲気に、スピカだけでなくジェルミーナも声をかけることが出来ず、結果半日以上放置され続けているのだ。
茸でも生えてきそうな、じめじめとした雰囲気。その陰鬱さにしびれを切らせ、リゲルが机を叩き立ち上がる。
「あーもう! いい加減マジで鬱陶しいわ!! おいシャウラ、じめじめしてねえで表に出ろ」
《凄いわねアイツ、あの雰囲気の中突撃していったわよ》
(うん、でもちょっと乱暴が過ぎるかも)
シャウラの髪を引っ張り玄関を出ると、そのまま表に放り投げるリゲル。
「うぅあっ…………」
放り投げられたシャウラは、うめき声を上げながら太陽の光を浴びてまぶしそうに目を細める。その様子を見ていたジェルミーナが血相を変えてリゲルに詰め寄る。
「ちょっとリゲル! いくら何でも乱暴すぎますよ!」
「あぁ? うるせえな、じめじめと鬱陶しい奴にはこれくらいでちょうど良いんだよ!」
キッとシャウラを睨み付けたリゲルは、目を吊り上げたまま口を開く。
「で? お前は一体何がどうして朝からぐずぐず言ってんだよ?」
「ううぅ…………私の…………私の顔が…………」
リゲルに詰問され、ゆっくりと顔を上げるシャウラ。
日の光を浴び、アルビノ特有の白く透き通る様な肌が、より一層輝きを放っている。
すっと通った鼻筋に、薄く形の良い唇。整った輪郭は見事な造形を作り上げている。
また、深い二重の瞼は妖艶な愁いを帯びており、独特の魅力を振りまいている。
つまり一言で表すと、尋常ではない美人の顔がそこにあった。
「とっても美人さんだと思うけど、何かダメなのかな?」
シャウラの顔をまじまじと眺めながら、小首をかしげるスピカ。その様子に気付いたシャウラは、ほんのりと頬を染め顔を伏せる。
「あまり…………見ないで…………恥ずかしいから…………」
「どうして? とってもきれいなお顔だと思うよ?」
「そんなことない…………全然ダメ…………こんな顔じゃあ…………邪神様に…………近付くことができない…………もっと…………邪神様の様に…………邪悪な気配が…………漂う様な…………メイクをして…………いないと…………」
そう言って両手で顔を覆うシャウラ。
《って、ちょっと! 邪悪な気配が漂うメイクって何よ!? 私そんな顔してなわよ!!》
(あー、そう言えばシャウラ、初めて会った時はずいぶん暗い感じのメイクをしてたもんね)
濃いアイシャドウの顔を思い出し、一人納得するスピカ。
「それに…………この格好も…………ダメダメ…………背中の…………タトゥーが…………見えないから…………せっかく…………背中に彫った…………邪神様の…………シンボルが…………隠れてる…………」
《ちょっとちょっと! 私のシンボルって何よ!? 背中のタトゥーってあのおどろおどろしい模様でしょ? 私あんな薄気味悪いシンボル持ってないわよ!!》
(あー、そう言えばシャウラ、背中に十字架と骸骨のタトゥーが入ってたもんね)
シャウラの言葉に一人ボルテージを上げるトレミィ。そんなトレミィの言葉を聞き流しながら、初めてシャウラと出会った時の姿を思い浮かべるスピカ。
「ちっ、何だよそんなことかよ。だったらお前顔に炭でも塗ってよ、素っ裸で生活してれば良いんじゃねえか?」
「ちょっとリゲル!?」
荒々しく声を上げるリゲル。その言葉にジェルミーナが過敏に反応する。
「あなた、女性に対して何てことを言うのですか? 余りにも酷すぎますっ」
「あぁ? こいつなんか女っつーよりは化け物の方が似合うだろが」
「何て言い草!?」
リゲルの暴言を皮切りに、ギャーギャーと言い争うリゲルとジェルミーナ。そんな二人を眺めながら、スピカは一人考える。
(シャウラのおかげでちょっと思ったんだけど、確かに色々必要なものが出てきてるかも)
《あら? 必要な物?》
(ほら、この前の戦いで剣が折れちゃったでしょ? せっかくだから多少無茶な使い方をしても折れない剣が欲しいかもって)
《そうね、確かに普通の鉄剣だと星の力に負けて折れちゃいそうだものね》
(あとは……服がもうボロボロだから、動きやすくて身も守ってくれる戦闘用の服とかが欲しいかな)
《なるほど、それはいい考えだわ! スピカ、相当無茶な戦い方をするんだもの。この前の時だってもしかしたら腕が……》
(分かった分かったよ、それはもうさんざん言われたから!)
トレミィの小言を遮ったスピカは、言い争う二人とシャウラに向かい口を開く。
「ねえ皆、何か必要なものがあったら、まとめて作って貰わない?」
「あ? 何言ってんだスピカ?」
突然の提案に怪訝な表情を浮かべるリゲル。それに対してスピカは、先程の考えを丁寧に説明し、一通り説明したところであらためて意思を問う。
「どうかな?」
「なるほど……確かにそりゃ良いな、俺も欲しいものがあるしな」
「うん…………私も…………」
「では私も、せっかくなので欲しいものを出させていただきますね」
こうして、各々が必要なものを紙に書いて出し合った結果――
"スピカ"
・新しい剣(折れにくいの)
・新しい服(動きやすくて防御力が高いの)
"リゲル"
・錬金術の本を大量に
・錬金術の素材を大量に
・錬金術の道具を大量に
・錬金術用の工房
・実験動物(人であるとなお望ましい)
"シャウラ"
・メイク道具一式
・背中と肩の開いた黒い服
・邪神っぽいグッズを沢山
"ジェルミーナ"
・スピカ様の全て、そして愛
《って、酷いわねどいつもこいつも!!》
(うん、皆まとまりがないにもほどがあるよ……)
自由すぎる内容に頭を抱えるスピカとトレミィ。一方、内容を見たリゲルはシャウラとジェルミーナに向かって口を開く。
「おい、お前らもう少しまともなものを書けよ!」
「リゲルも…………人のことは…………言えない…………」
「まったく、お二人ともどういうつもりで書いてるのですかコレは?」
「いやいや、お前にだけは言われなくねえよ!!」
四枚の紙を前に喧喧囂囂の三人。
(これじゃあ姐さんや親方でも揃えられないよね)
《そうねえ……というかこの内容を揃えられる職人なんていないんじゃないかしら? 何せ自由が過ぎるもの……》
紙を前に呆れ果てるスピカ。すると、トレミィが何かを思いついたように声を上げる。
《そうだわ!》
(うん?)
《もしかしたら、全部じゃないかもしれないけど揃う場所があるかもしれないわ》
(本当?)
トレミィの言葉に表情を明るくするスピカ。
《ええ、実は私が昔住んでた城があるのよ。結構古くから色々とため込んでた気がするから、そこに行けば珍しくて使えそうな物が残ってるかもしれないわ》
「城があるの!?」
驚きに声を上げるスピカ。その声に言い争っていた三人も視線を向ける。
《かなり危険な所にあるから今まで言わなかったけど、でも今ならパーティも出来たからきっとたどり着けるわよ》
(凄いっ、行ってみたかも!)
「スピカ…………どうしたの…………城…………?」
疑問の色を浮かべるシャウラ。対してスピカの表情は満面の笑顔だ。
「この書いてあるもの、邪神の城まで探しに行ってみよう!」
…………
「「「邪神の城!?」」」
邪神の城という何とも怪しい言葉。
唐突に発せられたその言葉に、声を揃えて驚く三人なのであった。
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