06話:神託の力、目覚める時
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
円を描くようにスピカの周囲を取り囲むガルムの群れ。
取り囲まれ動けないスピカを見て、完全に逃げ道を断ったと確信したガルムの群れは、包囲を崩さないよう周囲を回転しながら、嬲るような攻撃を続けていた。
一頭が円の内側に入り一撃を見舞うと、別の個体が交代で円の内側に入りまた一撃を見舞う。その繰り返しにより、すでに五分以上間断なくスピカは攻撃を受け続けているのである。
また、その攻撃のどれもが、あえて致命傷を避けるよう手加減された一撃であり、中には弄ぶように何度も軽く小突く様な個体もいた。
殺された仲間の恨みを晴らしているのか、あるいはただ単純に獲物を弄び遊んでいるのか、いずれにせよ一連の攻撃には、ガルムという魔物の残虐性が強烈に現れていた。
「はぁっ……はぁっ……」
大きく肩で息をしながら、剣を支えに立ち上がるスピカ。今やその体は無数の切り傷と噛み傷にまみれており、おびただしい量の血が滴っている。
《スピカぁ……》
ガルムの群れが現れた直後、声を張り上げ逃げるよう叫んでいたトレミィだった。しかし、逃げ道が塞がれ徐々に弱っていくスピカを見て、その声色は絶望感に満ちたものへと変わっていた。あまりにも痛々しいスピカの姿に、嗚咽交じりに名前を呼ぶだけで精一杯の状態である。
(大……丈夫……まだ……)
《大丈夫じゃないよぉぉ……ううぅ……》
トレミィのすすり泣く声が頭の中に響く。
《ごめんなさいぃ……ちゃんと私が神託を出来てれば……私のせいで……うぅぅ……スピカが死んじゃううぅぅ……》
そんなトレミィにそっと語り掛けるように、声に出して答えるスピカ。
「死なないよ……だって……私が死んじゃったら……トレミィがもっと泣いちゃうもんね……」
そう言って無理やり笑顔を浮かべると、重い体を引きずるように剣を構える。直後、背後から飛び掛ってくるガルムを迎え撃つべく姿勢を低くする。
轟音とともになぎ払うように突き出された前足。その先端、鋭く光る爪を剣ではじきつつ、身をかがめて潜り込むように躱そうとする。
しかし、血で濡れた地面に足を取られ、体制を崩すスピカ。十分な踏み込みが出来ず中途半端に体を傾けるスピカを見て、笑みを浮かべるように鋭く口角を上げるガルム。
はじかれた前足を強引に引き戻すと、勢いのまま振り抜く。剣もろともスピカの胴体をとらえると、軽々とその体を弾き飛ばした。
回転しながら吹き飛ばされるスピカ。数メートルの距離を飛び、グチャリと嫌な音を立て地面に叩きつけられると、そのままピクリとも動かなくなる。
《スピカっ、スピカァーーーーーーーー!! 嫌あぁぁ!!》
トレミィの絶叫が脳内にこだまするが、地面に倒れ伏すスピカに反応はない。そこへ、スピカを吹き飛ばした一頭がゆっくりと近づいてくる。
スピカの元までやってきたガルムは、噛み砕かないよう慎重に肩口をくわえると、掲げるようにスピカの体をくわえ上げる。
意識のないスピカを、自らが狩り取った獲物であると誇示するように周囲のガルムに見せつける。すると、周囲のガルムから一斉に遠吠えが上がる。
狩りの終了を告げる遠吠えか、あるいは殺された仲間への弔いの遠吠えか、遠く響き渡るその遠吠えを聞き、スピカの意識がうっすら戻る。
(ぅ……)
《スピカ! 生きてたぁ! うぅ、良かった……》
(ぁ……私……)
《ああ、でもこのままだと食べられてしまうわ》
意識を取り戻したスピカにいち早く気付いたトレミィ。その声が頭の中に反響するが、朦朧とする意識にまともな返事が出来ないスピカ。
消えかかる意識の中、トレミィの悲しむ姿が脳裏に浮かぶ。長い間孤独に耐え続けたトレミィ、ようやく孤独から解放されたにもかかわらず、このままだとまた独りに戻ってしまう。そう思うスピカだが、もはや指一本動かない体ではどうすることも出来ない。
(トレミィ……ごめんね……)
《ぐすっ……ぃゃ……》
嗚咽交じりのトレミィの声を聞きながらぼんやりと空を眺めるスピカ。日が沈み暗い雲に覆われた空、その雲間からは満天の星空が顔を覗かせていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
最初に異変に気づいたのは、スピカをくわえていたガルムだった。
虫の息であるはずの獲物から、突如として異様なエネルギーを感じたのだ。とっさにスピカを放り投げ距離を取ると、姿勢を低くし警戒の構えを取る。
その様子に怪訝な色を見せる周囲のガルムだったが、放り出されたスピカの様子を見て同じく警戒の構えを取る。
死の間際にあったはずの獲物。しかしその獲物はゆっくりと立ち上がり、おもむろに落ちていた剣を拾うと構えを取り周囲を見回したのだ。
その体からは輝く星々のごとき光の粒子が溢れており、艶のある黒髪には、星空を映したようにキラキラとした光が輝いている。
力強く見開かれた瞳には一段と強い光が、一番星のように輝いていた。
《綺麗……》
思わず、といった風につぶやくトレミィ。スピカのあまりの豹変振りにしばらく呆けていたが、重症を負っていことを思い出す。
《はっ、スピカ体は? 体は平気なの?》
(うん、嘘みたいに体が軽い。それに痛みもなくなってる、力がみなぎってくる)
顔を上げると、流れるように剣を振り下ろす。片腕で軽く振るった様な、そんな何気ない動作だったにも関わらず、風圧で大きな砂埃が舞う。
剣の通った軌跡には、スピカ自身と同じように、星々を連想させる光の粒子が尾を引いている。
平時を明らかに上回る鋭い剣筋。傷こそ癒えていないが、流れ出ていた血の止まった体。それらの様子に安堵したトレミィは、スピカの変化について考え、やがて一つの答えにたどり着く。
《これが……》
(うん?)
《これがスピカの神託なのよ。きっと何かのきっかけで力が目覚めたのよ》
(これが私の……)
心の中でそっとつぶやき、雲間に見える星空に目をやる。すると、キラキラとスピカの周囲に漂っていた光の粒子が密度を上げ、まるで星空が地上に落ちてきたかのような輝きで周囲を明るく照らす。
閃光が駆け巡り、取り囲んでいたガルムを衝撃が叩きつける。たまらずといった様子で後退するガルムだが、威嚇の鳴き声を上げ臨戦態勢を取る様子からは獲物を諦めようという気配は感じらない。
自らの力を確信したスピカは、ガルムらに不敵な笑みを向ける。
(うん、これが神託、トレミィの神託)
《ええ、私が授けた神託、スピカの神託》
《(これが私たちの神託!)》
二人の思いが重なると同時に、全身に力を籠める。
輝きが宙を舞う中、ガルムらが猛然と駆けてくるが、余裕すら感じる動作で緩やかに剣を構え、迎撃の体制をとるスピカ。
神託の力に目覚めたスピカ、星空に照らされ反撃が始まる。
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