58話:二人目のパーティ
勇者アレクシスと教会からの調査団、そしてシャウラとの死闘から一週間。
戦いの余韻も収まり、村には平和な日常が戻っていた。
「おう、スピカ」
「おはようございます、スピカ様!」
「おはようリゲル、ジェルミも」
ここ、スピカの家では戦いの前と変わらぬ朝の光景が広がっていた。
「おはよう…………スピカ…………」
「うん、おはよう」
そんな中で一人だけ、戦いの後でこの光景に加わった者がいる。スピカ達と死闘を繰り広げた張本人、死を拒む者シャウラである。
戦いの最中、シャウラが邪神トレミィを信仰していると知ったスピカ。そして、スピカが邪神の神託を受けていると知ったシャウラ。
その結果として、邪神に会うという目的を果たしたシャウラが全面降伏するという形で、戦いは終わりを迎えたのだ。
事情の説明を求めるジャンルーカやフェルナンドに対して、トレミィのことを隠しておきたいスピカは、どうにかこうにかごまかしながら同じ神を信仰しているという旨を説明した。
とはいえ、つい先ほどまで敵であり殺し合いをしていたシャウラに対し、すぐに猜疑の念が晴れるものではない。
そこでスピカが思いついた案は、シャウラが敵ではなくなったと信用させるため、その場でシャウラに全員を回復してもらうことであった。
スピカの右腕やボロボロだったリゲルの体、亜人達にプルートも含めて、戦いに参加した全員の傷を一瞬で完全治癒して見せたシャウラ。そうしてひとまずの信用を得たシャウラは、スピカが身柄を預かるということで一旦は落ち着きを見せたのだった。
「それではスピカ様、私はそろそろ行きますね」
「今日はジャンルーカのところだよね、気を付けてね」
「はい、スピカ様こそ気を付けてくださいね、その女……危険な香りがしますので」
キッとシャウラを睨み付けるジェルミーナ。睨まれたシャウラはくすくすと薄気味の悪い笑みを浮かべながら口を開く。
「ふふ…………スピカは…………我が神の…………神託を受けた勇者…………つまり…………私が最も…………スピカに近い存在…………」
「そんなことはあり得ません! スピカ様は私のものなのですから!」
胸を張って声を上げるジェルミーナ。そこへ、リゲルが割って入る。
「おいふざけんな! スピカはお前らのものじゃねえ、俺の実験道具だ」
「なっ、あなたこそふざけないで下さい!!」
リゲルも交じり、やいのやいのと言い争う三人。スピカは一人、いそいそと着替えを済ませながらそんな三人を眺めている。
(うーん、私は三人のものじゃないんだけどな)
《全くよ、三人とも何にも分かってないわよ!》
一人頷きながら椅子に座るスピカ。スピカの考えとトレミィの声が同時に頭の中に響く。
(私が誰かのものなんじゃなくて、三人が私のものなんだよ。だってここは私の家で、三人とも私の家族なんだから)
《スピカは私のものに決まってるじゃないねえ? だってスピカは私だけの勇者なんだから!》
(《……あら?》)
言い争う三人、そしてスピカとトレミィ。結局誰一人として意見がかみ合わないのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「ふふ…………ふふふ…………うふふふっ…………」
「おい、うるせえぞゾンビ女、静かにしてろ」
ジェルミーナが家を出てから数刻。
家にはスピカにべったりと張り付き、薄気味の悪い笑い声を上げるシャウラの姿と、苛立たし気な表情で薬を調合するリゲルの姿があった。
「ふふふ…………ここにきてから…………毎日…………邪神様を…………感じられて…………嬉しい…………」
そう言いながらスピカに頬ずりするシャウラ。当のスピカは体中をべたべたと触られ続け、げんなりとした表情を浮かべている。
《そろそろ怒った方が良いんじゃないかしら? 彼女が来てから毎日この調子じゃない》
(うん、いい加減うっとおしいかも、一体何をもってトレミィのことを感じているのやら……あれ?)
うんざりとしながらトレミィと会話をしていたスピカは、ふと疑問を浮かべる。
「そう言えば、シャウラは一体どういうところで私から邪神の存在を感じるの? 全然自覚はないんだけど」
思った疑問を口にするスピカ。問われたシャウラはニヤリと笑みを浮かべながら口を開く。
「普段は…………ほとんど…………感じることはない…………ごくまれに…………感じる程度…………だから…………できるだけ…………くっついていたい…………あとは…………スピカの…………あの魔法…………あれは…………すごく…………邪神様の存在を感じる…………あれはきっと…………邪神様の…………力の影響を…………受けているはず…………」
「ふーん……あれ? でも待ってよ、確かにあの魔法は神託で授けられたものだと思うけど、でも神託って神様側の力は関係なくて、人間側の願いによって力が授けられるんじゃないの? 影響なんてあるのかな?」
スピカの言葉に、シャウラはフルフルと首を振って否定する。
「それは…………正確ではない…………神託は…………人間の願いによって…………与えられる…………それ自体は…………間違えてはいない…………ただし…………どういう神託になるかは…………神託を与えた…………神の力も…………少なからず…………影響する…………」
「《そうなの?》」
(って、なんでトレミィまで分かってないの、神様なのに)
《だっ、や……私だってそんなに詳しい訳じゃないって言ったでしょ! だからその、知らないことだってあるわよ!》
どもりながら声を上げるトレミィ。一方のシャウラはささやく様に言葉を続ける。
「正神…………クラウディオス様に…………直接…………聞いた…………から…………間違いない…………はず…………それから…………」
ニヤニヤと笑みを浮かべるシャウラは、怪しい手つきでスピカの頬に手を添わせる。
「昔…………教会の…………禁書庫で…………邪神様の事を…………調べたことがある…………それで…………昔の資料を…………探した…………ほとんど残ってなかったけど…………当時の記録に…………"邪星"…………という…………呼び名が残っていた…………」
「邪星? 邪神じゃなくて?」
「そう…………邪星…………そして…………スピカの…………力は…………夜空の星の様な…………力…………だからきっと…………無関係では…………ないはず…………」
「へえ、その話は興味深いな」
黙々と薬を調合していたリゲルも、顔を上げ話に加わる。
「スピカは…………どうして…………邪神様の神託を…………授かっているの? …………邪神様を…………どうしたいの…………?」
「それは俺も気になるな。邪神の神託を受けた勇者なんて他にいねえだろうしよ、スピカはどうしたいんだ? というか何のために勇者やってんだ?」
「私は……」
二人からの質問を受けたスピカは、一瞬思案する様子を見せてから口を開く。
「私はね、たまたま神託を受けることができて命を助けられたの。だから今度は私が邪神を復活させたいんだ」
真面目な表情の二人を見ながら、スピカは言葉を続ける。
「前からそう思ってて、でもそのためには私ひとりじゃ無理だと思うの。それで力になってくれそうな仲間をさがしてたりしてるの、リゲルもそのうちの一人だよ」
「お前っ、そんな理由で俺をパーティに誘ったのかよ!?」
スピカの言葉を聞き目を丸くするリゲル。
《スピカ、そんなに正直に言っちゃって良いの? 私の復活なんて、正直ものすごい物騒な話でしかないわよ?》
(でも、いつかは話さないといけないし。それにリゲルは今回の戦いですごく助けてくれたから、パーティとしてちゃんと伝えておこうと思って)
じっとリゲルの目を見つめるスピカは、伺う様に声を発する。
「リゲルは、もう私とパーティを組むのは嫌?」
「ふざけんじゃねえよ」
リゲル声には憤りの色が浮かんでいる。
「嫌なわけねえだろうが。邪神の復活か、めちゃくちゃ面白いじゃねえかおい!」
《ああ、そうだったわね……イカれてるのよねこいつ……》
唇を吊り上げるリゲルを見て、呆れ声を上げるトレミィ。シャウラはというと、うっとりとした表情でスピカに視線を送っている。
「邪神様を…………復活…………なんて…………素敵な…………」
「シャウラも賛成してくれるんだね!」
「もちろん…………賛成する…………手伝えることがあれば…………何でもする…………」
「本当? シャウラって僧侶だよね?」
「うん…………そう…………神前だから…………どの僧侶よりも…………強いよ…………」
「だったら、私とパーティを組もうよ」
「うん…………分かった…………」
キュッと手を握り合うスピカとシャウラ。
《ってちょっと待って! そんなにあっさり決めないでよ、ビックリしたわよ!》
「おいおいおいおい! 何をあっさり決めてくれてんだよ!!」
あまりにも自然なやり取りすぎて、一瞬反応の遅れた二人から同時に突っ込みが入る。
「でも私とはパーティを続けてくれるんでしょ? シャウラはダメなの?」
「スピカは良いんだよ、俺の人体実験道具だしな。邪神の件もあって興味深いことこの上ないが、だがこいつはどう考えてもただの危険因子だろうが!」
《そうよそうよ! もっと言ってやりなさいよ! でも人体実験道具っていうのはふざけるんじゃないわよ!!》
ビシッとシャウラを指差すリゲル。指差されたシャウラは、じっとりとした目つきでリゲルを見つめ返す。
「人体実験…………だったら私も…………実験に…………付き合うよ…………私なら…………何があっても…………死なないから…………好きに…………実験できるよ…………」
「何だと!? よしシャウラ、お前も今日から俺達のパーティだ、よろしくやっていこうぜ!」
「うん…………」
《って、何よその手のひら返しは! もうちょっと粘りなさいよ!!》
トレミィの絶叫が脳内にこだまする中、スピカは一人ニコニコとその様子を眺めている。
(良いじゃない、何だか楽しくて)
《スピカ……あなた少しはまともな連中とパーティを組みなさいよ……》
(私は邪神トレミィの勇者なんだよ? パーティもこれくらい面白くてちょうど良いよ!)
《全っ然意味が分からないわよ!?》
スピカの返答に呆れ果てるトレミィ。
いつも通りの慌ただしい一日。
この日、勇者スピカのパーティに新たなメンバーが加わった。
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