56話:死の戦場 ~信仰~
夜空を舞う星の魔法。大きく円を描きスピカの元まで戻ると、空中でフワフワと停止する。
「ぐっ…………う…………」
うめき声を上げながら吹き飛ばされた半身を元通り再生するシャウラ。ゆっくり立ち上がると、深紅の相貌でスピカを見据える。
星の魔法を携えたスピカもまた、鋭い視線をシャウラに向ける。
《スピカ、怪我は大丈夫なの? 腕が……》
(うん、今は平気みたい、星の力のお陰かな?)
《でもそれって、ガルムと戦った時みたいに、後になって倒れたりするんじゃないかしら?》
(そうかも、だから早めにやっつけちゃわないとね!)
トレミィと言葉を交わしながら、右手を前へ掲げるスピカ。その様子を見ていたジャンルーカが不安気な表情で声を上げる。
「スピカ殿、動けるのか? 怪我の具合は……」
「うん、今は動ける。でもちょっとの間だけだと思うから」
安心させる様に笑顔を浮かべると、一転鋭い目つきでキッとシャウラを睨み付ける。
「さっさとあいつ、倒しちゃうから!!」
言うと同時に駆け出すスピカ。一瞬でトップスピードに乗ると、流星のごとく光の尾を引きながら、一気にシャウラとの距離を詰める。
「させない…………」
迎え撃つシャウラは両の手をあわせ広範囲強制回復術を発動させる。その波動がスピカに襲い掛かるが、一早く気配を察知したスピカは横っ飛びに回避すると、同時に右腕を大きく振るう。
ドンッ!!
死角を狙い撃ち込まれる星の魔法。シャウラの背面から直撃した魔法は、バキバキとシャウラの背骨をへし折る。
あまりの威力によろめきながらも、即座に傷を癒し再び両の手を合わせるシャウラ。そこへ、眼前まで接近したスピカが渾身の蹴りを放つ。
《ダメよスピカ! 直接触れては!》
(大丈夫!)
衝撃波を起こしながら鳩尾に打ち込まれるスピカの蹴り。骨と内臓を押しつぶす不快な音を立てながら、シャウラの胴体を貫く。その破壊力に背中は弾け飛び、シャウラ自身も大きく吹き飛ばされる。
勢いよく地面をバウンドしぐったりと転がるシャウラ。体中から血を吹き出しているが、すぐさま起き上がり迎撃の構えを取る。その体にはすでに傷一つ残ってはいない。
凄まじい攻防を繰り広げるスピカとシャウラ。その光景を見守るジャンルーカとフェルナンドは、あまりのレベルの高さに舌を巻いていた。
「何という戦いだ……あの女、私達と戦っていた時はまるで本気ではなかったということか」
「あの動きを見ればそう言うことなのだろうな……回復の速度も立ち回りも比べ物にならんっ、しかしスピカの戦い方も見事なものだ、あの回復術を上手くいなしているのだろう」
フェルナンドの推察通り、シャウラとの戦闘の中で回復術の性質を見極めたスピカは、類まれな戦闘センスと星の力によって完璧にいなし続けていた。
シャウラが回復術をかけるには、前提として回復対象をしっかりと認識する必要がある。
そのため、高速で動き回る相手や、シャウラ自身が集中を欠いている場合は回復術を行うことができない。
戦闘の中でそのことを察知したスピカは、常に高速で動き回り、また回復術をかけられそうになればシャウラ自身の集中を乱す様な攻撃を行い、回復術の発動を阻止しているのである。
無論、星の力を発動しているスピカだからこそ可能な芸当ではあるが、その見事な立ち回りにより、シャウラの回復術を完全に封じていた。
「厄介…………とても…………」
スピカの動きをとらえきれず、眉をひそめるシャウラ。迫るスピカを前に右腕を突き出すと、その腕が鈍く光り輝く。
攻撃の前兆と判断し、とっさに回避行動に移るスピカ。しかし、スピカが回避するよりも先に、シャウラの突き出した右腕が音を立てて破裂する。
「うっそ!?」
《自分の腕を!!》
とっさに飛び退くスピカだが、飛び散ったシャウラの血が体のいたる所に飛沫する。その様子を見て、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべるシャウラ。
「私が…………回復術しか…………できないと思ったら…………大間違い…………」
シャウラの言葉と同時に、スピカに付着した血液がボコボコと音を立て気化していく。煙のように漂う気化した血液、それに触れたスピカの皮膚が赤くただれていく。
「うわっ、何これ!?」
《マズいわ、早く離れなきゃっ》
トレミィの叫び声が脳内にこだまする中、カッと目を見開き全身に力を籠めるスピカ。すると、体中から眩い光が迸り、その衝撃で体中にまとわりついていた血が跡形もなく吹き飛ばされていく。
《凄い! 凄すぎるわスピカ!!》
(よしっ、上手くいって良かった!)
ガッツポーズを見せるスピカと、称賛の声を上げるトレミィ。しかし、その一瞬の油断を突く様にシャウラが間合いを詰める。
反応の遅れたスピカ。その首元にシャウラの手がかかる。
「これで…………おしまい…………」
「ぐっ、うぅ……」
苦しそうにうめき声を上げるスピカ。その首元でぼんやりと光りを放つシャウラの手、触れている個所から徐々に赤黒い筋が広がっていく。
しかし、危機的状況にもかかわらず、スピカもまたうっすらと笑みを浮かべているのであった。
「おしまいは、こっちのセリフだよ!」
振り上げた右腕でシャウラの顔面をわしづかみにするスピカ。口を塞ぐ様に手の平を当てると、力を集中させていく。
尋常ではない握力がシャウラの頭蓋を砕こうとする。その力に顎を砕かれがっくりと垂れ下がる下あご。
その瞬間を待っていたスピカは、漂っていた星の魔法を消滅させると、即座に右手から新たな星の魔法を発射する。
口腔を通り直接体内に星の魔法を打ち込まれたシャウラ。その衝撃に、たまらずスピカの喉元から手を離し、苦しそうに体を抱きかかえる。
「うぅっ…………ぐうええぇ…………うぶぉぇえ…………」
体内で暴れ回り臓腑を破壊し続ける星の魔法。破壊された端から回復していくシャウラだが、その間も内臓をかき回され、ボタボタと血反吐を吐き続ける。
そして、力を放出し尽くした星の魔法が消滅すると、シャウラもまたその場に倒れ伏す。
《やったの……?》
(どうだろう……?)
訝し気に様子を伺うスピカ、すると、血だまりの中でうつぶせに倒れていたシャウラが、ガバリと勢いよく起き上がる。
「あ…………あぁ…………見つけた…………!」
目を輝かせ唇を吊り上げるシャウラ。血に濡れた口から声を漏らしながら、ずるずるとスピカを目掛けて地面を這いずる。
《これでもまだ駄目なの!? スピカ、来るわよ!》
(うん、でもなんだか様子がおかしい?)
先程の戦闘で見せていた虚ろな表情とは裏腹に、爛々と目を輝かせ笑顔を浮かべるシャウラ。
スピカの足元まで辿り着くと、大きく声を上げる。
「ようやく…………見つけた…………我が…………神…………!!」
静まり返る戦場の中央で見つめあうスピカとシャウラ。
「《はああぁぁ!!?》」
スピカとトレミィ、二人の声が揃って夜空にこだまする。
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