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55話:死の戦場 ~星の輝き~

 自然発火性物質


 低温度下で自己発火する性質を持ち、水や空気に触れることで発火現象を起こす反応性物質の総称である。


 戦場から離脱する際に岩石を拾ったリゲルは、錬金術により手の内でその岩石を変質させていた。そうして錬成されたものこそ、空気中での発火性を持つ自然発火性物質の金属片であった。


 創り出した金属片を素早く投擲し、その場から退避するリゲル。


 空中で燃え上がる金属片は、粘性と光沢を帯びた地面へと弧を描きながら吸い込まれていく。


 直後、金属片を火種とし一瞬で燃え広がる炎。轟音を上げる炎が周囲を眩く照らす。


 リゲルによる三度目の大規模錬金術により、粘性と光沢をもつ物質へと変質させられた地表。鈍く光るその正体は可燃性の液体、つまりは石油である。


 石油の海へと姿を変えた地表。そこへ投じられた燃え上がる金属片は、石油の引火点を超え火を付けたのだ。


 瞬く間に戦場を包み込む炎、轟音と共に燃え上がる一帯。巻き込まれた死者達はその熱に身を焼かれ次々と灰になっていく。


 ベリンダとクラーラ、そしてシャウラもまた炎の中で身を焼かれ動きを封じられている。


「リゲル殿、無事か!」


 煤だらけになりながら転がる様に脱出したリゲル。そこへ、スピカを抱えたジャンルーカと、フェルナンドや獣人達が合流する。


「はぁっ……はぁっ……無事とは……言い難いな……」


 渦巻く猛火を背景に、フラフラとよろめいたかと思うとそのまま倒れこむリゲル。フェルナンドが慌てて抱き起すが、その顔色は生気の無い土気色に染まっている。


「どういうことだ、随分と衰弱している……」


「ああ……かなり無理をしたからな……流石に……"アルカナ"の原液一気飲みは……マズかったか……?」


「アルカナ!? まさか、先ほどの液体はアルカナなのか?」


 一部始終を見ていたジャンルーカが驚愕の声を上げる。周囲の獣人達も驚きに目を見開いている。


 "アルカナ"


 それは、錬成力増幅薬として知られる錬金術の秘薬の一つである。


 飲めば通常では成しえない様な大規模な錬金術や、法則を無視した錬成すらも可能になるとされているが、その代償は大きい。


 使用者の生命力を錬成力に変換するアルカナは、下手をすると全ての生命力を吸い取り、その命までも奪ってしまう可能性がある。


 まさに諸刃の剣。


 シャウラを討つため、アルカナの力を借りた大規模錬金術を行使したリゲル。その副作用により今や指一本動かせないほどの大ダメージを負っていたのだ。


仲間(スピカ)が……やられてよ……黙ってられるかよ……」


「そうか……見事だった……」


 リゲルの覚悟、その雄姿に労いの言葉をかけるジャンルーカ。不敵な笑みを浮かべたリゲルはそのまま意識を失う。


 少し離れた場所で横になっていたスピカは、霞む意識の中でぼんやりとリゲルの言葉を聞いていた。


(トレミィ聞いた? リゲルが私のために!)


《聞こえたわよ、でも今は自分の心配をしなきゃ!》


(これくらいなら大丈夫だよ、それよりも、リゲルが私の事を仲間だと思ってくれてたよ! ねえ!)


《分かったから! お願いだから自分のことに集中しなさいよ!》


(うん、すごく嬉しかったから……つい……)


《あら? スピカ?》


(なんかちょっと……眠くなって……きた……)


《え? ちょっとスピカ! スピカ!?》


 トレミィの叫び声がこだまする中、スピカも静かに気を失うのだった。



★ ★ ★ ★ ★ ★



 宵闇を照らす大火の光。


 日も沈み、本来であれば星空が顔を覗かせる時間帯だが、勢い良く燃え続ける炎に照らされ、今はその輝きを見ることは出来ない。


 凄まじい勢いの猛火。その尋常ならざる熱量に身を焼かれた死者達は、一人また一人とその体を消し炭へと変えていた。


 再生すら許さない圧倒的な熱量を受け、完全に炭化して動きを止めていく死者達。


 そして、同じ様に炎に飲み込まれたシャウラも、身を焼かれ続け動くことができずにいた。


 そうして、あらゆるものを燃やし尽くし続けて四半時。渦巻いていた炎も徐々にその勢いを失っていく。


「そろそろ炎も収まるころか」


「ああ、これで倒せなければ、いよいよ打つ手がなくなるな」


 鋭い目つきで猛火を眺めるジャンルーカとフェルナンド。視線の先ではほとんどの炎が消え去り、所々くすぶりが残る黒く焼け焦げた戦場の姿がある。


 端々では煙を上げながら転がる、真っ黒に炭化した死者の残骸。


 黒く炭化しきった地面。炎の威力、その熱量を物語る光景。その中で一体だけポツンと立ったままの焼死体がある。


 全身を焼かれ、所々焼けただれを残しながら煙を上げる焼死体。ピクリとも動かないその焼死体こそシャウラである。


「やったのか……?」


 地を覆いつくす熱を受け、顔を覆いながらその様子に注視するジャンルーカ。


「ああ、いくらなんでもあれなら――」


 同じく顔を覆いながらフェルナンドが口を開いたその時、閉じられていたシャウラの瞼がピクリと動く。


「…………う…………あ…………」


 焼け焦げひび割れた唇から小さく漏れる声。その声に戦慄が走る。


「なん……ということだっ」


「馬鹿な……あの炎で倒しきれなかったのか!?」


 驚きの声が上がる中、シャウラの全身をうっすらと光が包み込んでいく。


 光が全身を覆い、見る間に再生されていく皮膚。黒く焦げ固まっていた皮膚はボロボロと剥がれ落ち、綺麗な白い素肌へと変容していく。


 焼けただれていた皮膚も瞬時に再生し、火傷の跡一つ残っていない。


 判別すら難しかった顔面も綺麗に再生され、アイシャドウの落ちた美しいアルビノの容姿を見せる。焼け落ちていた髪も生え揃え、白い絹の様な髪が美しく風に舞う。


 一糸纏わぬ姿で再生したシャウラ。退廃的な装いが剥がれ落ち、アルビノ本来の白く幻想的な姿を見せるが、その顔には邪悪な笑みが張り付いている。


「今のは…………けっこう…………効いた…………でも…………もう…………打つ手なし…………?」


 小首をかしげると、両の手をあわせ祈る様なポーズを取る。


「打つ手なし…………なら…………終わらせる…………?」


 唇を吊り上げながらそう言うと、ぼんやりとした光が全身を包み込み、目に見えない波動が周囲へと放たれる。


「なっ、ぐあぁ!」


「何だ? 腕がっ」


 波動が駆け抜けた直後、獣人達の間から次々と叫び声が上がる。シャウラの力を受け、体のいたる所が赤黒く変色していく獣人達。


「くそっ、こんな距離でも届くのか!?」


「このままだと全滅だ!」


 絶望が戦場を支配する。


 死を拒む者(ネクロマンサー)の力に屈し、膝をつき倒れていく獣人達。その時、獣人達の背後から一筋の光が天へと駆け上る。


「なに…………あれ…………?」


 疑問の声を上げるシャウラ。その視線の先、尾を引きながらクルクルと円を描いた光は、一気に加速し流星の様にシャウラへ向かい降り注いでいく。


 一瞬にして眼前まで迫る光の塊に反応が間に合わないシャウラ。光の塊に半身をえぐり飛ばされながら地面を跳ねる。


「なっ…………に…………」


 失った半身を再生させながら立ち上がるシャウラ、その視線が獣人達の背後へと向けられる。


 シャウラが集中を欠いたことにより、強制範囲回復から解放された獣人達もまた、背後へと視線を向ける。


 視線の集まる先。


 炎が収まったことで、星空の光を受け取り立ち上がるその姿。


 光の粒子を撒き散らせながら、うっすらと笑みを浮かべる。


 星空を映したかの様にキラキラと輝く瞳には、力強い意志が籠っている。


「ここからは、私のターンだね!」


 残った右腕を掲げながら、シャウラをまっすぐに見つめると不敵な笑みを浮かべる。


 (スピカ)の輝きが、今戦場を照らす。

ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。


また、ブックマークやpt評価、感想も喜んでお受けしております。


執筆の励みとさせていただきますので、どうぞ応援よろしくお願いします。

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