53話:死の戦場 ~凶人と狂人~
※今回も少しグロテスクな描写があります。連投で申し訳ございません。
リゲルの合図にあわせ、発動された錬金術が静かに戦場を駆け巡る。
「…………?」
変化のない戦場の様子に疑問符を浮かべるシャウラ。小首をかしげながら一歩踏み出そうとしたところで、違和感に気付く。
土砂に埋められた脚。その脚が、まるで何かに捕まれているかの様にガッチリと固定され動かないのだ。
「…………これは…………?」
疑問の声を上げるシャウラ。直後、激しい凝結音が戦場に響き渡る。
ビキビキビキビキッ!!
シャウラを中心に戦場の端まで広がっていく凝結音。それにあわせて、戦場を満たしていた土砂が徐々に硬質化していく。
「《凄い!!》」
スピカとトレミィが揃って感嘆の声を上げる中、見る間に硬質化し岩石へと姿を変えていく土砂の海。
半身を埋めていた死者達は、硬質化により岩石と化した土砂に巻き込まれ、次々と動きを封じられていく。
「何という……凄まじいっ」
土砂の中から退避していたジャンルーカが驚愕の声を上げる。スピカとリゲルに迫っていた死者達も、岩石に動きを封じられ、闇雲に腕を振り回すことしかできずにいる。
これこそがリゲルの用意した作戦の第二段階、初激の土砂崩れで人間達に止めを刺しきれなかった場合に備えた保険の作戦である。作り出した土砂を岩石へと再錬成することで、土砂に巻き込んだ人間の動きを封じる算段であった。
作戦開始直後、初激の土砂崩れが予想以上の成果を出しており、第二段階は必要ないと判断していたリゲル。しかし、シャウラの登場と死者達の蘇生を受け、急遽第二段階を実行に移したのだ。
土砂に埋もれたままとなっていた錬成力増幅用の金属杭。それらを再利用し発動された二度目の大規模錬金術は、見事その役目を果たし、死者達の動きを封じることに成功していた。
土砂の中に脚を埋めていたシャウラもまた、死者と共にその動きを封じられている。岩石に埋まり固定された膝下を見つめながら、小さく呟くシャウラ。
「これじゃ…………動けない…………」
そう言うと、シャウラの両足が鈍い光を放ち始める。しばらく光をともしていたかと思いきや、その両膝が赤黒く変色していく。
ブチッ、ブチブチュッ……
湿った不快音が鳴り響く。拘束から解放されたシャウラは、硬質化した土砂の上にベチャリと力なく倒れ込む。
「うっぉ、マジかおい!?」
「うっわぁ、ホントに痛くないのかな?」
《うぅぇ……ゴメン……私もう見てらりぇらぃ……》
驚嘆の声を上げるリゲルに、呑気に感想を漏らすスピカ。そして、ろれつの回らない声でギブアップするトレミィ。視線の先では、自らの両脚を過剰回復により引きちぎり、無理やり拘束から逃れたシャウラの姿があった。
膝から下が引きちぎられ、血を流しながら地面を這いずるシャウラ。しかし、まるでお構いなしといった様子でちぎれた足を前へ踏み出す。
「…………ふう…………」
小さく息を吐くと、ちぎれた膝下にうっすらと光が集まる。すると、見る見るうちに膝から下が再生されていく。その様子を見て苦々し気に口を開くリゲル。
「ちっ、流石は神前シャウラだな……」
「神前?」
「ああ、教会じゃ有名人でな、簡単に言うと僧侶の頂点ってことだ」
《嘘でしょ! あれで僧侶!? もっと禍々しい何かでしょうあれは》
(うん、もはや人間なのかどうかも怪しいよ……)
「もちろん普通の僧侶じゃねえがな。ほとんど表に出て来ねえから教会員でもアイツの事を知ってる奴はあまりいねえはずだが……」
小さく言葉を切ると、鋭い目つきでシャウラを睨み付けるリゲル。
「常軌を逸した回復力で、死人すらも強制的に蘇らせてしまう。通称"死を拒む者"、紛れもなく当代最高の、そして最凶の僧侶だ」
《死人を蘇らせるなんて、そんなこと千年前だって誰も出来なかったわよ!?》
(当代最高の僧侶か……なるほど……)
声を張り上げるトレミィに対して、対照的にじっと何かを考え込むスピカ。視線の先では両脚を再生させたシャウラが、裸足となった真っ白な両足で地面を踏みしめ立ち上がる。
顔を上げニヤリと笑みを浮かべると、真っ白い指がリゲルを指差す。
「私の事…………知ってるの…………でも…………そういう…………あなたも…………人のことは…………言えない…………」
「「「え?」」」
疑問の声と共に、亜人達の視線がリゲルに集まる。
「教会の…………書庫に…………あなたの事が…………記録してあった…………」
「ちぃっ」
シャウラの言葉を聞き大きく舌打ちをするリゲル。白い指を伸ばしたままシャウラは言葉を続ける。
「教会宝物庫と…………禁書庫への…………無断侵入と窃盗…………それから…………牢獄からの脱獄…………人体実験の数々…………ずいぶんと…………好き放題やってる…………」
「えぇぇっ!?」
シャウラの言葉に目を丸くして驚く亜人達。スピカもまた驚きと共にリゲルに目を向ける。
「リゲル、そんなことやってたの!?」
「あぁ? 昔の話だ、大したことじゃねえよ!」
苛立たし気に声を荒げるリゲル。しかし、ボソボソと呟く様にシャウラは言葉を紡ぎ続ける。
「クレイジーネーブル…………アルカナメイカー…………アウルゲルミルの狂人…………ずいぶん…………多くの異名を…………持ってる…………」
「お前らが勝手に呼んでるだけだろうが!」
「当代最高…………そして…………最狂の…………錬金術師…………である…………ということは…………間違いない…………」
二人の会話を聞き、その正体を知り絶句する亜人達。静まり返る戦場の端でスピカが小さく疑問の声を上げる。
「ねえ、リゲルってネーブルが好きなのかな?」
《ちょっと! 今そんな空気じゃないわよ!》
(だって、クレイジーネーブルって……狂うほどネーブルが好きなのかなって)
《そんな訳ないでしょもう!!》
一人マイペースなスピカの疑問。それに答えたのはニヤリと唇を吊り上げるシャウラだ。
「彼が…………教会に…………忍び込んだ時…………置いてあった…………ネーブルも…………盗んで食べてた…………それに…………オレンジ色の…………コートを着て…………だから…………クレイジーネーブル…………そう呼ばれる様になった…………」
「おいっ、余計なことを言うな! スピカも今それ関係ねえだろ!」
「そんなに怒らなくて良いじゃない、それにやっぱりネーブルが好きなんじゃない! 盗んで食べちゃうくらいだもんね」
「うるせえな、たまたまあったから食っただけだよ……」
(ほらっ、ネーブルってそういう意味だったよ)
《ホントにそんな理由なのね……そして今それはどうでも良いのよ……》
内心で喜びの声を上げるスピカに、呆れた声で答えるトレミィ。そこへ、ジャンルーカと退避誘導に回っていたフェルナンドが合流する。
「リゲル殿、奴が何者かは分かった。それで、これからどうするのだ?」
周囲にいた死者達は動きを封じられ脅威からは外れている。しかし、蠢くたびにブチブチという音と共に肉が引きちぎれていく死者達。シャウラと同じ様に体を引きちぎってでも襲い掛かってくるのは時間の問題である。
「ハァ……仕方ねえ、次の手を打つ。だが少し時間がかかる、お前らそれまで時間稼ぎしてろ」
肩で息をしながらゆっくりと立ち上がるリゲル。大規模錬金術の連続行使で疲労の色が見えるが、息を大きく吐き気合を入れると鋭い目つきでシャウラと対峙する。
「時間稼ぎ承知した。フェルナンド、連携して奴の注意を引くぞ」
「ああそれと、お前ら分かってると思うが、あの女には絶対近づくなよ?」
「言われなくとも近づかないさ」
リゲルの忠告にコキコキと腕を鳴らしながら答えるフェルナンド。ジャンルーカもまた腰を低くしナイフを構える。
死を拒む者シャウラとの最終決戦。
戦いは、凄惨を極めていく。
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