52話:死の戦場 ~癒し~
※今回もグロテスクな描写があります。食事中に読んで下さっている方、申し訳ございません。
シャウラの蘇生術によって次々と蘇る死者達。人間だけではなく戦いの中で命を落とした亜人達すらもグズグズと体を再生させながら起き上がってくる。
死の気配が充満する戦場。その中心でシャウラはうっすらと笑みを浮かべている。
「神前殿、これは何だ? どういうつもりだ?」
怒気を孕んだ声色。声の主は、怒りの形相で槍を構える勇者アレクシスだ。
「…………傷を…………癒しただけ…………」
「馬鹿なっ、これが癒しだと? これではただのアンデットではないか! 貴様よくも仲間たちをこんな姿に!!」
「…………良く…………分からない…………動いてれば…………一緒…………でしょ…………?」
怒りに目をギラつかせながら声を張り上げるアレクシス。対照的にじっとりとした虚ろな視線を向けるシャウラ。間の開いた独特な話し方で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
調査団員、ベリンダにクラーラ、亜人達。戦いの中で命を失ったその誰もが、生気を失った顔で土砂から立ち上がっていく中、シャウラとアレクシスの間を身を焼く様な緊張感が包み込む。
「枢機卿猊下からの命令があったからこそ同行を許していたが、もはやここまでだな」
「枢機卿猊下…………"円卓"の誰かのこと…………?」
「円卓? そんなものは知らん! 分かっていることはただ一つ、もはや貴様は俺の敵だということだ!」
声を張り上げそう宣言するアレクシス。怒りのあまり溢れ出る魔力が周囲をじわじわと凍り付かせていく。
「そう…………」
「仲間の仇はこの俺が取る、貴様を殺してな! その後は亜人共を皆殺しだ!!」
「うん…………分かった…………」
小さく頷くと無警戒な動作で歩き出すシャウラ。ベチャリベチャリと土砂の上を歩き、アレクシスの構える槍の間合い、その手前まで足を進める。
「はぁっ!!」
シャウラの足が間合いに入ったその瞬間、目にも止まらぬ速度で槍を突き出すアレクシス。衝撃波を起こしながら大気を貫く槍は、吸い込まれる様にシャウラの胸元へと到達する。
「うっぐぅ…………」
一切の抵抗なくシャウラの胸元を貫く槍。明らかに心臓を一突きにした槍の先端は、易々とシャウラの胴体を貫通するとその背から勢い良く飛び出す。
串刺しにされたまま、口から大量の血を吹き出すシャウラ。倒れることも出来ずにゆらゆらと揺れ続ける。貫かれた胸元からは徐々に氷が広がっていく。
「ふんっ、所詮は僧侶、この程度か……」
鼻を鳴らし唇を歪めるアレクシス。槍を引き抜くべく力を込めたその時、だらりと垂れ下がっていたシャウラの右手が槍の柄を掴み取る。
「何っ、馬鹿な!?」
「ごぽぽっ…………ぶぷぅ…………」
血が溢れる口を歪めて無理やり笑みを浮かべるシャウラ。ぼたぼたと血を流しながら、槍が刺さったままの体で強引に前進を続ける。
深く深く突き刺さっていく槍に押され、骨や内臓の一部が飛び散っているが、お構いなしに突き進んでいくシャウラ。
「何なんだっ、一体何なんだ貴様は!!?」
絶叫を上げるアレクシス。あまりにも悍ましい光景に、周囲で見ていた誰もが青ざめた顔で言葉を失っていた。
(おぉー、凄い! でもあれ痛くないのかな?)
《うぇっぷ……スピカ、あれを見てその感想って、流石におかしすぎるわよ、ちょっと引くわよ……》
(ええー、そうなの?)
相変わらず暢気に思いを巡らせるスピカだけが、この状況でも平気な顔を浮かべている。
ズブズブと槍に突き刺さりながらアレクシスの眼前まで迫ったシャウラ。ギョロリと目を向けると、片手をそっとかざす。
異様な気配を感じ、とっさに槍を手放して飛び退くアレクシスだったが、伸ばされた手が淡い光を放った直後、その身に異変が起きる。
「ぐあっ、くぅ!?」
右腕を抑えてうめき声を上げるアレクシス。その腕は見る間に変色していき、ついには赤黒く歪に腫れ上がる、そして。
ボパンッ!!
「ぐあああぁぁぁっ!!?」
内側から破裂する右腕。肉は飛び散り骨は砕け散り、ちぎれ飛んだ右腕は地面に転がると、ブクブクと膨らみ続け最後にはドロドロに溶けてしまう。
右腕を失ったアレクシスは、激痛に悶えながらも残った左腕で臨戦態勢を取る。
「はぁっ……はぁっ……貴様……許さんぞっ!」
「許さなくて…………良い…………あなた達は…………どうせ…………ここで死ぬ…………から…………」
「何だと?」
シャウラの言葉に眉を寄せるアレクシス。すさまじい殺気がシャウラに向けられるが、変わらず淡々とした口調で言葉を続ける。
「私の…………私の…………目的のために…………ここまで…………連れてきた貰っただけ…………もうあなた達は…………必要ない…………邪魔…………だからここで…………お別れ…………」
「ふざけるな!!」
左手を前に構え魔力を集中させるアレクシス。その思いに応える様に強烈な冷気が周囲を覆っていく。一方のシャウラは祈る様に胸元で手を合わせる。
「…………さようなら…………」
酷薄な笑みを浮かべ小さく呟くシャウラ。次の瞬間、目に見えない波動が戦場に駆け巡る。
「何だっ? あぁ!? ぁぁあああ!!」
突如激しいうめき声を上げ、苦しげに膝をつくアレクシス。その全身をガクガクと痙攣させると、次第に目や耳から血が溢れてくる。
「馬鹿……な……あぁぁっ、がああああああぁぁっっ!!!!」
一際大きく叫び声を上げたかと思うと、その全身が歪に膨れ上がる、そして。
ボッパパパパッッ!!
激しい破裂音を立て全身が内側から弾け飛ぶアレクシス。高々と舞い上がり、雨の様に降り注ぐ血を浴びながら、シャウラは一人恍惚の表情で口元を伝う血を啜る。
「何というっ……あれは一体!? あれほどの実力者が一瞬で……」
「俺にも分からん、だが危険であることは確かだ」
「くそっ、作戦の第二段階に移るぞ、俺はこのまま皆の撤退支援に移る」
「頼んだぞ、私はリゲル殿の元へ!」
顔を歪ませながら一連の光景を眺めていたジャンルーカとフェルナンド。シャウラの危険性を察知した二人は小さく頷き合うと、次の行動に移る二人。
ジャンルーカの向かう先、リゲルの隣ではスピカが目を丸くしながらシャウラを見つめていた。
(うわぁっ、凄いねあの人! トレミィ今の見てた?)
《見てたけど……うえぇ……私しばらくご飯食べられないわ……》
(トレミィ、もともとご飯なんか食べないでしょ……)
「それにしても凄いねあれ、どうなってるんだろ?」
トレミィとの会話をしつつ、疑問の声を上げるスピカ。その問いに、作業を行っていたリゲルが答える。
「あれは過剰回復によるものだな」
「過剰回復?」
「ああ、回復のしすぎで体が破裂してんだよ。行き過ぎた回復魔法は悪影響でしかねえってことだが、厄介なのはあれが攻撃じゃなくて回復ってことだな。防ぐことすら難しい広範囲強制回復術、流石は神前ってところだな」
「あれ? リゲルってあの人のこと知ってるんだ?」
「ああ、知ってるっつうかあいつは――」
ズズズッ!!
リゲルの言葉を遮る様に戦場を駆け巡る異様な波動、その中心で再び両手を重ね祈る様な構えを取るシャウラ。すると、今までフラフラと立っているだけだった死者達が一斉に動き出す。
「なっ、おいおいマズイぞこれは!」
ズブズブと土砂をかき分けながら、スピカとリゲルに迫る死者達。そこへ、風魔法で死者を吹き飛ばしながらジャンルーカが駆け付ける。
「すまない、遅くなった! リゲル殿、第二段階は?」
「遅えぞおい! お前ら早く土砂から出ろ!」
リゲルの言葉を皮切りに、一斉に土砂から離れる亜人達。フェルナンドの支援もあり、あっという間に戦場から離脱して見せた亜人達。それを確認すると、土砂に埋められた杭を掴み静かに集中するリゲル。
「よし……いくぞ!!」
合図とともに錬金術を発動させるリゲル。コートに施された刺繍が激しく光を放つ。
そして、発動した錬金術が静かに戦場に広がっていく。
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