51話:正教会からの刺客 ~神前~
※主人公が残酷すぎる描写、グロテスクな描写があります、ご注意ください。
「ぁっ……クラ……ラぁ……」
ボタボタと血を流しながら小さく口を開くと、そのまま目を剥き動かなくなるベリンダ。その体を串刺しにしたまま、鋭い眼光を覗かせるスピカ。
「ベリンダ! 嫌あああぁぁぁっ、ベリンダアアァァ!!」
痛々しく命を落とすベリンダ。その光景を見て、クラーラの絶叫が戦場にこだまする。
張り詰めた空気に息を飲むジャンルーカとフェルナンド。嗚咽交じりにキッとスピカを睨み付けるクラーラ。ベリンダの背後からその様子を注意深く観察していたスピカは、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
《流石スピカね、隙を突く見事な一撃だったわ、だけどちょっと怖いわよ……》
(そう? でもこれからもっと怖いことをするよ?)
真剣な表情とは裏腹に、心の中では軽い口調でそうつぶやくスピカ。リゲルと別れた後、戦場の端で起き上がるベリンダを見つけたスピカは、じっと気配を消し確実にその命を奪えるタイミングを見計らっていたのだ。
そして今、狙い通り命を奪うことに成功し、ベリンダの死体を正面に構えるスピカ。そのまま持ち上げる様に股下から抱え込むと、ベリンダを盾にしながらクラーラに向かって走り出す。
スピカを射抜くべく弓を構えていたクラーラだったが、仲間の死体を前に一瞬の躊躇を見せる。
その隙をスピカは見逃さない。そのまま距離を詰めると、押し出す様にベリンダの死体をクラーラに向かって投げつける。
「あぁ!?」
血しぶきを浴びながらも、とっさにベリンダの死体を受け止めるクラーラ。小さく声を漏らしながら体を抱えた直後、背筋の凍る様な声が耳元で響く。
「残念、隙だらけだよ」
「えっ!? っぅあぁっ!!?」
震える唇、その唇の端からは真っ赤な血が次々と溢れてくる。ベリンダの体を抱きとめていた腕は、小刻みに震えるとだらりと力を失う。
大きく目を見開いたまま生気を失っていく瞳。抱きかかえる姿勢で重なり合うクラーラとベリンダの体。その体を諸共に、血に濡れた剣が貫いていた。
ベリンダの死体を使い死角を作ったスピカは、クラーラの背後に回り込むとその背を目掛けて一息に剣を突き刺したのだ。
「ベリン……ダ……」
震える唇でそう言うと、それきり動かなくなるクラーラ。最期を確認したスピカはゆっくりと剣を引き抜くと素早く血振りをする。
頭から血に濡れ、静かに笑みを浮かべるスピカ。その姿、その迫力にジャンルーカもフェルナンドも、そしてその様子を見ていた獣人達も皆言葉を失っている。
《スピカ! ちょっとホラーが過ぎるわよ、皆怖がってるわよ?》
(あれ? ばっちり決まったからカッコいいかもって思ってたんだけど……)
《かっこ悪いとは言わないけど、今のは誰がどう見ても恐怖映像だったじゃない!!》
(あれー? おかしいな……)
戦々恐々とする周囲とは反対に、内心はずいぶんと暢気なスピカであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
その異変が起こったのは、それぞれの戦いが決着を迎えようとしている時だった。
勇者クラーラとベリンダはスピカの手によって死亡。一方の勇者アレクシスはプルートの体を半分ほど氷漬けにし、勝利をほぼ確実なものとしていた。
そして、土砂に巻き込まれた調査団はそのほぼ全てが獣人達によって仕留められ、最後の一人が今まさに止めを刺されていた。
「ぐああぁっ!」
「ふう、コイツで最後か」
最後の調査団員に止めを刺し、息を吐きながら汗をぬぐう猫型の獣人。武器を収めていると、その耳が異様な音を捉える。
グチュッ……
ズル……
ブジュゥ……
不快な音に眉をひそめつつ周囲を見渡すが、音の正体はつかめない。嫌な気配にその場を離れようと一歩踏み出すが、その足が何かに掴まれる。
「……え?」
疑問符を浮かべながら足元に目を向ける獣人。そこには、つい今しがた確実に止めを刺したはずの人間が、血を流したままボロボロの腕で獣人の足を掴んでいた。
「あ゛あ゛あ゛ぁー……」
「うっ、うわあぁぁーー!?」
顔を青くし叫び声を上げる獣人。しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
戦場のいたる所でうめき声が上がる。獣人達によって止めを刺されたはずの調査団員が、グチュグチュと嫌な音をさせながら傷を治し、土砂に体を埋めながら立ち上がろうとしていたのだ。
いずれも焦点のあっていない虚ろな瞳をさ迷わせ、よだれを垂らしながら言葉にならないうめき声を上げている。そして、その異変はスピカ達の元にも訪れていた。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
「い゛え゛え゛え゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!!」
激しいうめき声を上げ跳ね上がる様に痙攣するクラーラとベリンダの死体。
他の調査団員と違い、長い時間ビクビクと全身を痙攣させる二人の死体。やがて顔や体、全身の穴という穴から血と体液を吹き出していく。
しばらく痙攣し続けていた二人の死体だが、しだいに動きが収まると、膝まで土砂に埋めながらふらふらと立ち上がる。
その目はグルリと上を向いており、口や鼻からはダラダラと体液が垂れ流されている。尋常ではない様子だ。
《ちょっと! 何よこれ!? どうなってるのよ?》
(分かんない、でも普通じゃないことは確かだね、そして気持ち悪い!)
《そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!》
あまりにも異様な光景に誰もが動きを止める中、戦場の端から一際大きな声が上がる。
「スピカ!! 後ろだっ、早くそこから離れろ!!!!」
指をさしながら声を張り上げるリゲル。その声を聞き、指をさされたスピカの背後に視線が集中する。
そこには、フードを目深にかぶった一人の女が立っていた。
ゆらゆらと戦場に踏み入るその女の姿に、アレクシスが目を見開きながら口を開く。
「神前殿、これは……これはあなたの仕業か……?」
「そう…………」
小さく頷きながら呟く女。その会話を聞いていたリゲルが驚きの声を上げる。
「神前!? まさかっ」
誰もが視線を送る中、ゆっくりとフードを取りローブを脱ぎ捨てる女。
白く。
暗がりから覗く深紅の瞳。
全身を縛る漆黒の戒め。
逆十字を背負い、死に掻き抱かれたその女。
「始め…………まして…………シャウラ…………です…………」
囁くような声でそう名乗る。
真っ白な長い髪は、その神秘的な色合いとは対照的に無造作にボサボサと流されている。
透き通るような白い肌に、髪の間からのぞく赤い瞳はアルビノ特有のものだ。
濃いアイシャドウに所々開けられたピアス。じっとりと覗く様な目は、どこか退廃的な印象を与える。
胸元から下を隠す様な露出度の高い服は、いたる所にベルトが巻かれており、まるで全身を拘束しているかの様である。
そして、大きく開かれた背中には髑髏をあしらった逆十字と、背中から肩口まで翼の様に広がる骨の入れ墨が入っている。
悍ましさを体現したかの様なその姿に、誰もが顔を青くし絶句していた。
(うわぁ、カッコいいなあ!)
《嘘でしょ!? どういうセンスしてるのよ!!》
暢気に思いを巡らせるスピカだけが、平気な顔をしている。
彼女こそ、教会員で唯一神の前に立ち、神に直接祈ることを許された存在、故に"神前"。
教会に所属する全ての僧侶の頂点、名を"シャウラ"
またの名を。
「死を拒む者……」
リゲルのつぶやきが静かに広がる。
かつてない脅威が、戦場に降り立った。
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