表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/94

05話:死闘

※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。

(あれは……)


 視線の先、夕焼けに照らされた巨大な四足獣の影がゆっくりとスピカに向かい近づいてくる。


 体高一・五メートルはあろうかという巨体は漆黒の毛に覆われており、真紅の双眸はスピカに狙いを定めている。


 鋭い爪の生えた前足はガリガリと地面を鳴らしており、薄く開かれた口からはダラリと涎が糸を引く。今にも飛び掛かってきそうな低い姿勢のまま、小さく唸り声を上げている。


(ウルフ……かな? それにしては大きいけど)


《違うわ、あれはウルフの変異種よ。確かガルムだったかしら》


(ガルム……)


 初めて聞く名に眉を寄せ、疑問の色を浮かべるスピカ。


 ガルムといえば、通常は大陸北方部の奥地に生息する危険度の高い魔物だ。


 一般的なウルフの倍以上はある巨大な体躯に、大きく割けた顎から覗く鋭い牙。また、特徴的な真紅の瞳は、相対したものを威圧する効果を持っている。


 狩りにおいては、その巨体からは想像もつかないほどの俊敏な動きを見せ、まるで黒い陽炎のように獲物を翻弄する。


 万が一人里付近で発見された場合は、最低でも複数名の三等級勇者がパーティを率いて討伐に乗り出すほどの危険な魔物である。


 それゆえ、五等級勇者であるスピカがその存在を知らないのも無理からぬことであった。


(見た目は強そうだけど、やっぱり強いのかな?)


《私もそこまで詳しくはないけど、スピカが一人で勝てる相手とは思えないわ》


(そっか、でも逃げようにも逃がしてくれそうにないし……)


 じりじりと距離を詰めるガルム、油断なく獲物を捕らえる瞳からは、決して逃がしはしないという意思が籠っている。


「うん、仕方ないね」


 そう言うと剣を構え直し、姿勢を低くするスピカ。油断なく剣を構える姿は、つい先ほどまでにこやかに笑っていた少女とはまるで別人である。


《ちょっとスピカ! 戦う気なの!?》


(うん、だって逃げられそうにないし)


 答えながらゆっくりと歩を進める。お互い間合いを測るように距離を詰めていく。


《駄目よ、逃げましょう! 殺されてしまうわ!》


(大丈夫だよ、誉められたことあるって言ったでしょ?)


 徐々に距離が詰まっていく、お互いの距離はおよそ五~六メートルといったところか。静かに集中するスピカとは対照的に、トレミィの声は泣きそうなものになっていた。


《嫌よ! スピカが死んじゃ――》


「グルアァ!!」


「っ!!」


 トレミィが声を張り上げた瞬間、同時に駆け出していく両者。一瞬で距離が詰まり、振り下ろされた爪と振り上げた剣が交差する。


 赤く染まる地平線を背景に、死闘が始まる。



★ ★ ★ ★ ★ ★



「くぅっ!」


 風を切る轟音と共に振り下ろされる凶爪。刹那のタイミングで剣をあわせたスピカだったが、すぐに剣を滑らせ身を捻って強引に躱す。


 勢いのまま逸らされた前足は、そのまま地面をえぐり取る。土煙に紛れ、転がるように距離を取るスピカ、その表情には驚愕の色が浮かんでいる。


(っ重い!)


 ぶつかり合った瞬間走り抜けた衝撃。まともに受ければ剣もろとも骨まで砕かれるであろうその膂力。とっさに躱していなければ今頃は巨大な前足に押し潰され息絶えていただろう。


《大丈夫!?》


(うん、大丈夫じゃない! 骨がギシギシする)


 大きく息を吐き身を起こすが、体制を整える間もなく次の攻撃がスピカを襲う。素早い動きで右に左にと体を揺らし、変則的な軌道でスピカを翻弄するガルムは、勢いの乗った前足で横一線、払うように切りつけてくる。


 ガルムの動きにあわせ、ステップを踏むように距離を保つスピカ。振りぬかれる前足に剣をあわせ、上へ軌道を逸らしつつ巨体の脇を潜り抜ける。勢いのまま側面に回り込むと一息に剣を突き立てる。


ギィィンッ!!


 死角である脇腹を狙い突き立てられる剣。しかし、剣はガルムを貫くことはなく、漆黒の毛に阻まれはじかれた。


「硬ったぁ!」


 まるで金属同士がぶつかったかのような衝撃に思わず声を上げる。金属の様に硬くしなやかなガルムの体毛は、スピカの攻撃を完全に防ぎきってしまった。ビリビリと痺れる腕に思わず足を止めると、その隙を狙っていたかの様にガルムが後ろ足を突き出す。


 蹴り上げられる様な形になったスピカは、数メートルの距離を宙に舞った後、音を立て地面に叩きつけられた。


《スピカ!》


(っ……危ない、飛びのいてなかったら死んでたかも……)


 蹴り上げられる一瞬、とっさに剣で受けつつ自ら後方に飛びのいたスピカ。結果、衝撃を和らげることでなんとか致命傷を免れていた。


 しかし、骨まで響くほどの衝撃に、片膝をついたまま肩で息をする。そうしている間にもガルムは猛然と距離を詰めてくる。大顎を開きいよいよ獲物を食らおうというつもりらしい。


 危機的状況にも関わらず、顔を上げたスピカはうっすらと笑みを浮かべている。


(重い! 硬い! 速い! でも……)


《スピカ! 来るわよ! 早く剣を!》


 焦るトレミィ。しかしスピカは落ち着いた様子でしっかりと相手を見定めている。距離が詰まり、ガルムが飛び掛からんとする刹那、スピカはほんの一瞬顔を伏せ体を逸らす。


 一見するとダメージでふらついたかのようなその動き。ガルムも隙と捉えたのか、唸り声を上げ大きく跳躍すると、両前足を振り上げスピカに襲いかかる。勝敗を決するべく交差するように両の爪を振り下ろすガルムだが、その目に映ったのは今まさに引き裂かれようとする獲物の姿ではなく――


「狙い通り」


 一瞬のうちに体制を立て直し、にやりと不敵な笑みを浮かべながら剣を構えるスピカの姿だった。


 次の瞬間、轟音と共にガルムの巨体がスピカを押し潰した。



★ ★ ★ ★ ★ ★



 砂埃が舞う。スピカを押し潰したガルムは襲い掛かった姿勢のまま動かない。


 しばらくの沈黙の後、ガルムの巨体がぐらりと傾くと、音を立ててその場に倒れた。


「おっも!」


 苦しそうに声を上げガルムの下から這い出してきたのは、ガルムの返り血で全身を血に濡らしボロボロになったスピカだった。深く息をつき何とか立ち上がると、血を振り払うように頭をブンブンと振る。


《ス……スピカ! よかった無事だったのね!》


(何とかね……でも死ぬかと思った)


 息を整え倒れ伏したガルムの方へ目をやる。よく見るとその喉元から脳天にかけて剣が貫いているのが分かる。だるそうに歩み寄ると勢いよく剣を引き抜くスピカ。勢いよく血が噴き出し、スピカにも血が降りかかるが気にする様子もなくその場にどっかりと座り込む。


(上手くいって良かった、でも体中がギシギシして痛いよ)


《もう! 完全にやられたと思ったわよ! 脅かさないでよ! でもたった一人でガルムを倒してしまうなんて……》


 ぶつかり合いの中で、ガルムが常に顎の下をかばうような動きをしていることに気付いたスピカ。弱点だとあたりを付けたスピカは、誘い込むような動きでガルムの飛び掛かりを誘い、覆い被さってくる相手の体重も利用しながら、顎下からの一突きを放ったのである。


 一歩間違えば自身が致命傷を食らう背水のカウンター。しかし、スピカは尋常ならざる集中力と精神力で見事相手を打ち取ることに成功したのである。


 体の痛みに顔をしかめながらも、まずは危機を脱したことに安堵の息をつく。一部始終を見ていたトレミィも危機が去ったことに安堵するが、気持ちは落ち着かない様である。


《冷や冷やさせないでよ。私、スピカが死んじゃうと思ってホントに怖かったんだから……うぅ……》


(もう、泣かないでよ。ちゃんとこうして無事なんだから)


《なっ、泣いてないわよ! ちょっと心配してあげただたぁっ!!》


 涙声で噛むトレミィに笑みがこぼれるスピカだったが、気配が変わる。ガルムと対峙していた時のような鋭い気配に思わずトレミィも言葉を止める。


《ど、どうしたのよ?》


(うーん、やっぱりまだまだピンチみたい)


 そう言って見つめる視線の先、廃屋の陰から黒い影が現れる。先ほどの個体をさらに上回る大きさのガルムが十数体、スピカを取り囲むように陣取る。


《う……嘘……》


(ふう、これは本気でしんどいかも……)


 素早く起き上がり剣を構えるスピカ。太陽が地平線に差し掛かり世界に夜が訪れる。


 死闘は続く。

初のブックマークをいただきました、ありがとうございます!次話もよろしくお願いします。


ブックマークやpt評価、感想も是非によろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ