48話:正教会からの刺客 ~前夜~
勇者アレクシス達との決戦前夜。
村に脅威が迫りつつあることを知った亜人達は、迎撃作戦を開始していた。まず、この作戦において最も重要なカギを握るのは、リゲルの錬金術だ。
山岳地帯の地形、崖の配置等から計算し、人為的な土砂崩れによる敵戦力の無力化作戦を考案したリゲル。
あまりにも大胆かつ大規模な作戦に度肝を抜かれた亜人達だったが、条件さえ整えれば十分勝機があり、またそれ以外で勝ち筋の見込める作戦が見つからないことから、リゲルの作戦に乗ることにしたのだ。
なお、夜間中のスピカ単独突撃という作戦案も一応出たが、天候が万全ではないことと、敵戦力が未知数であること、そして猛反対に荒れ狂うジェルミーナを理由に却下となっている。
作戦の定まった亜人達、そこからは時間との勝負であった。リゲルの行う大規模錬金術には少なからず準備が必要であること。そして、その他の亜人達で迎撃の体制を整えるため一刻も早く迎撃地点に定めた山岳地帯まで辿り着く必要があった。
そこで、リゲルやジャンルーカ、フェルナンドといった作戦の主要メンバーを選抜し、プルートに乗せて最短速度で現地に運ぶという作戦をとったのである。
通常であれば村から一日ほどの移動時間が必要となる場所。しかし、先日スピカの魔法により進化を遂げたプルートは、片道半時という驚異的な速度で主要メンバーの運搬を果たしたのだ。
プルートが亜人達を乗せては運び、降ろして戻り、また乗せては運びと往復することで、迎撃態勢構築の時間を作ったのだ。
また、曇り気味ではあったが夜間ということもあり、星の力を発動していたスピカ。二人ずつ亜人を担ぎながらプルートと共に村と山岳地帯を往復することで、更なる要員の移送を実現させていた。
こうして、サウロが村を訪れて一時も経たないうちに迎撃地点まで到達したリゲル。素早く周囲の地形を確認すると、最適と思われる地点で大規模錬金術の発動準備にかかる。
崖の組成を分解し土砂に変えるという、仕組み自体は単純な錬金術。しかし崖丸ごとを対象とする大規模錬金術は、リゲルといえども本来は不可能な規模感である。
そこでリゲルが用意した物が、錬成力を伝播、増幅する特殊な金属の杭である。それを、対象とする崖一帯に打ち込んでおくことで、錬成力を極限まで強化する算段だ。
広範囲に対して効率的かつ効果的な配置で杭を打ち込んでいく必要のある作業。限られた時間の中リゲルの指示の元、作戦に参加する亜人達総出で作業に取り掛かる。
また並行して、より正確に人間達の人数、現在地、戦力等を把握するため、獣人の中から数名が斥候に出ていた。
そして、命のかかった重要な役割を担うのがジェルミーナだ。迎撃地点である山岳地帯だが、迂回し平地を通られる可能性を排除するため、囮役として人間達を迎撃ポイントまで誘導する大役である。
日が上る少し前、スピカに背負われ山岳地帯まで到着したジェルミーナ。戦いの前の緊張感に、表情をこわばらせながらその時を待つ。
こうして迎撃の準備を進めた亜人達。翌日、太陽が真上を通る頃までかかった準備は、人間達が山岳地帯に差し掛かるギリギリのタイミングで見事完遂したのである。
錬成陣の準備でげっそりと疲弊しきったリゲル。亜人達も徹夜の作業に皆疲れきった様子である。また、大役の緊張に押し黙るジェルミーナ。そこへ、斥候に出ていた獣人から連絡が入る。
「人間達が近くまで来ている、やはり勇者で間違いない様だ、それも相当な手練れの!」
「やはりそうか、だがここまできて引く訳にもいかん」
「その通りだ、行けるかジェルミ?」
「はい、必ずやり遂げて見せます!」
ジャンルーカとフェルナンド、二人の視線にまっすぐ見つめ返すと、ゆっくりと頷くジェルミーナ。
「ジェルミ、頑張ってね」
「スピカ様……」
震える声でそう言うと、傍で見ていたスピカにギュッと抱き着くジェルミーナ。小さく震えながら静かに目を閉じるジェルミーナに向かい、ぐったりとしていたリゲルが口を開く。
「おい、いつまでもやってないでさっさと行けよな」
「なっ!? こんな時にまであなたは、他に言い様はないのですか!!」
「うるせーな! 万が一があっても、あの時みてえに今度はスピカがエリクサーを口移しで飲ませてくれるだろうよ、だから安心して行ってこい」
「スッ、スピカ様が!! 口移しで!!!」
ヒラヒラと手を振りながら軽い口調のリゲル。そんなリゲルの言葉を聞き、顔を赤らめながら声を張り上げるジェルミーナ。そして、その話を聞いていたジャンルーカが別の意味で声を張り上げる。
「おいちょっと待て! あの時みたいに口移しとは一体どういう意味だ!?」
「スピカ様! 私頑張ってきますぅ!!」
「おい待てジェルミ! ちゃんと説明してくれっ、ジェルミー!!」
スピカをギュッと抱きしめると、小躍りしながら走り去っていくジェルミーナ。そんなジェルミーナに手を伸ばすジャンルーカだったが、その手は虚しく空をつかむ。
ガックリと膝をつくジャンルーカ、そんなジャンルーカを慰める様に優しく肩を叩くフェルナンド。その様子を眺めながら、スピカはニヤニヤと笑みを浮かべリゲルを肘で小突く。
「痛えな、何だよ?」
「ふふ、リゲルは優しいねえー」
「あ? 何がだよ」
「とぼけちゃって、リゲルのおかげでジェルミも緊張がほぐれたみたいだったよ? さっきまで青い顔してたのにあんなに張り切ってたもん」
《スピカ、それはあなたのせいだと思うわよ……それにこいつ、そんなつもりで言ったのかしらね?》
(そうだよ、だってツンデレなんだもんリゲルは)
疑問を浮かべるトレミィだったが、当のリゲルは照れる様にプイと顔をそむける。
「そんなんじゃねえよアホが!」
《うわっ、分っかりやす! めちゃくちゃツンデレしてるじゃない……》
(でしょー)
顔をそむけたままのリゲルをツンツンと肘で小突き続けるスピカ。そこへ、視線の定まらないジャンルーカがフラフラと歩み寄ってくる。
「スピカ殿、先ほどの話は一体……スピカ殿はジェルミと何があったのだ……」
《うわっ、こいつはこいつでやばいことになってるじゃない……ゾンビみたいな顔してるわよ》
(うん、右目と左目が別々の方を向いてるね)
顔を引きつらせながら後ずさるスピカに、ヨロめきながらも縋りつくジャンルーカ。
「ジェルミは一体……一体何を……」
震える声のジャンルーカ、その声を遮る様に山岳地帯の下方から声が響く。
「ジェルミーナさんが人間達と接触しました!!」
一瞬で場が緊張に包まれる。ざわざわと浮足立つ亜人達だが、指揮を執っていたフェルナンドが冷静な指示で場を沈める。
「ジャンルーカ、話は後でね」
「あ、あぁ……」
「シャキッとしろよ邪魔くせえ、落ち着いて戦況でも見てろよ」
《こいつ、ホントに遠慮ってものがないわね……》
崖の上から様子を伺うスピカ達。すると、人間達に追われながら迎撃地点を目指して山岳地帯を登ってくるジェルミーナが目に入る。
「ジェルミっ、危ない! くそ、あいつら……、もっと早く、ああ!! 頑張れジェルミ!」
「おい、こいつちょっとうるせえぞ」
先ほどまでの放心状態はどこへやら、ジェルミーナが攻撃を受けそうになる度に青い顔をしながら悲鳴を上げるジャンルーカ。集中していたリゲルは苛立ちの声を上げる。そうこうしているうちに、迎撃地点である崖の下まで辿り着くジェルミーナ。
「それじゃあリゲル、しっかり頼むね」
「誰に言ってんだよ? 任せとけ」
囮という命がけの大役を見事果たして見せたジェルミーナ。その働きに応える様に、静かに集中し錬金術を発動させるリゲル。
そして、見事発動した大規模錬金術により光に包まれる岸壁。
溢れかえる土砂が人間達に襲いかかる。
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