45話:正教会からの刺客 ~凶報~
「人間の集団がこの村に向かってきている」
村を訪れた獣人から告げられた言葉。その言葉を聞き、集まっていた亜人達に動揺が走る。皆が不安そうに顔を見合わせる中、ジャンルーカが大きく声を張り上げる。
「皆落ち着け! まずは情報をしっかり確認し、その上で我々がしっかりと対処する!」
一人一人をしっかりと見据え、亜人達を落ち着ける様に言葉をかける。動揺が収まると、続いて狐耳の獣人に声をかける。
「あなた方も疲れているだろう、少し休んだ方がいい」
「助かる、この二人は先に休ませてやってくれ、俺は人間達の情報を伝えたい」
頷きながら立ち上がった狐耳の獣人は、地面に座り込んだままの男女の獣人を指す。犬の様な耳をしたその二人は、明らかに狐耳の獣人よりも疲弊している様子だ。
「分かった、誰かこの二人を休める所へ」
「そういうことなら俺の家だ、ここから近い」
「私も手伝うよ、任せときな」
話を聞いていたオイゲンとマイヤが、率先して犬耳の獣人二人を連れて行く。
「あの二人に任せておけば大丈夫だ、あなたも疲れているところ悪いが、もう少し話を聞かせてくれ」
「ああ、もちろんだ」
狐耳の獣人を連れ、場所を移すジャンルーカ。その場に残っていたフェルナンドとジェルミーナも加え、ジャンルーカの家へと移動する。
(うーん、私はどうしようかな……)
その様子を後ろから眺めるスピカ。その表情は相変わらず無表情そのものだ。
《スピカはどうしたいのよ?》
(私は別にどうしたいとも思わないけど、ジェルミが巻き込まれそうだったら何とかしたいかな)
《あの様子だと、何かしら巻き込まれそうではあるわね》
「おい、お前ここで何やってんだよ?」
スピカが一人じっと立っていると、背後から声がかけられる。振り向くと、不機嫌そうなリゲルが目を吊り上げて立っていた。
「あれ、リゲルどうしたの?」
「どうしたの? じゃねえだろ、お前全然帰って来ねえから一応探しに来たんだろうがよ」
《あら、怒っている様に見えて、実は心配してくれてたのかしら?》
「うん、ツンデレだね」
「違うわボケが!! それでお前何やってんだよ?」
「うん、実はさっきね――」
温度感の上がるリゲルを宥めつつ、状況を説明するスピカ。
「――っていうことがあって、今はあっちで詳しく話を聞いてるみたい」
「へえ、人間がねえ……」
興味なさそうに話を聞いていたリゲル。一通り聞き終わると、大きなあくびをしながらくるりと背を向けてしまう。
「おし、じゃあサッサと逃げる準備をするか、行くぞスピカ」
《こいつっ、いの一番に逃げる気なのね!?》
「うーん、でもジェルミが巻き込まれちゃいそうだから、このまま逃げるのもちょっと嫌で」
「はあ!?」
スピカの言葉を聞き声を張り上げるリゲル。先ほどとはうってかわって大きく目を見開くと、キリキリと歯を鳴らしながら、踵を返しジャンルーカの家へ向かう。
「ったく迷惑な奴だ! しゃあねえ、一応見に行ってやるか」
そんなリゲルをニマニマとした笑顔で眺めるスピカ。
《やっぱり怒っている様に見えて、実は心配してるのね》
「うん、ツンデレだね!」
「だから違うっつってんだろ、ボケが!!」
「またまたー」
そんなやり取りをしながら、ジャンルーカの家へ向かう二人だった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「俺の名はサウロ。先ほども言ったが、コントラカストラから逃げてきた。休ませてもらっている二人は甥夫婦だ」
「あらためて、私はこの村のリーダーを務めているジャンルーカ。こちらはフェルナンドと、妹のジェルミーナだ」
ジャンルーカの家では大きな円卓に地図が広げられ、ジャンルーカ達四人を含めた幾人かの亜人達が円卓を囲っていた。
「早速だがサウロ、人間達の情報が知りたい。距離や人数は分かるか?」
「ああ、正確なものではないかもしれないが」
そう前置きしたうえで、フェルナンドの問いに地図を指しながら説明をしていくサウロ。
「まず場所だが、俺達が奴らを見たのは一日前、ちょうどこの辺りだと思う」
指し示された場所は、コントラカストラから西に少し進んだ先の森林地帯。村から普通に進めば二日ほどかかる距離である。
「数は三十人近く、装いからして正教会の勇者だと思われるが、俺達も奴らに見つかるかどうかの瀬戸際だったからな、詳しくは観察できていない」
「なるほど、奴らの様子で気付いたことはあるか?」
「ちょうど奴ら野営をしていたな。漏れ聞こえてきた会話からすると、この村を目指している様子だった。滅ぼす、という単語が聞こえたから恐らく敵だろうと思う」
「そうか、その情報を伝えるために二日の距離をたった一日で、あれだけ疲弊しながらここまで走ってくれたのか」
労う様にサウロの肩に手を置くフェルナンド。一方のジャンルーカは難しい顔をしながら口を開く。
「そうすると現在奴らがいるのはこの辺りか、村から一日ほどの場所までは来ていると考えた方が良いな」
村とコントラカストラの中間地点、山岳地帯と荒野地帯の分かれ道がある場所から、少し東側を指し示す。
「三十人規模の集団となると迎え撃つのも難しいな。しかし、今から住人を全て逃がすのも現実的ではないぞ」
「分かっている、中には女子供もいるし、村を出れば魔物の襲撃もあるだろう」
「お兄様……」
苦々しい表情で方針を話し合うジャンルーカとフェルナンド。そんな二人を不安そうな表情で状況を見守っているジェルミーナ。
その様子を遠巻きに見ていたスピカ、その頭にトレミィの不安気な声が響く。
《ねえ、スピカ……》
(うん?)
《スピカはどうするの? 戦うの?》
(どうしよう、私はどっちでもいいけど、ジェルミは放ってはおけないし)
《私は……私はスピカだけでも逃げてほしいわ、だってこの前みたいなことになったら……》
先の勇者クライヴとの戦いを思い出し、言葉を詰まらせるトレミィ。
(大丈夫だよ、危険な戦いはしないって約束したもんね)
《ええ、心配させないで欲しいわ》
スピカの言葉を聞き、安堵の声を上げるトレミィ。一方のスピカはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとリゲルの方を向く。
「ねえリゲル、リゲルにお願いがあって」
「な、何だよ……気味が悪いな……」
不気味な笑みを浮かべるスピカに、顔を引きつらせるリゲル。
「出来るだけ危険じゃない戦い方で、かつ勝ちの見込める作戦を考えてほしいな?」
「はああぁぁ!?」
《ちょっとスピカ!?》
突然大声を張り上げたリゲルに、亜人達が戸惑いの表情を浮かべる。しかし、当のリゲルはそんなこと気にも留めずに、スピカに詰め寄っている。
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけねえんだよ!?」
「だってリゲルは私のパーティなんだから、一緒に戦ってくれるよね?」
「言ってることも相当無茶振りだぞこれ!!」
「だってリゲルは天才なんでしょ? だったらこれくらいできるよね?」
頭を抱え唸り声を上げるリゲル。そんなリゲルをニマニマとした笑顔で眺めるスピカ。
《すっごい無茶振りするわねスピカ、流石にこいつが可哀そうに思えてきたわ……》
(大丈夫、だってリゲルってツンデレだもん)
《理由になってないわよ……》
「あーもう、クソ!」
しばらく唸り声を上げていたリゲルだったが、突然大きな悪態をつく。そのまま騒めき立つ亜人達を押しのけ円卓の前に立つ。
怪訝な表情の亜人達が見守る中、じっと地図を眺めるリゲル。すると、おもむろに地図の一部を指差す。
「ここだな、ここでの戦闘であれば十分な勝率が見込める」
「なっ、本当かリゲル殿!?」
「ほら! やっぱりリゲルは天才だよ!」
「スピカは黙ってろ! 勝率が見込めると言ってもリスクは排除しきれねえし、時間との勝負にもなってくる。まずは作戦だ、お前らしっかり聞いてろよ」
そう言って亜人達に作戦を説明するリゲル。作戦の内容が進むにしたがって、次第に亜人達の目が驚愕に見開かれていく。作戦を聞き終えるころには皆が言葉を詰まらせていた。
「まさか、そんなことが可能なのか……」
「俺以外は不可能だろうな。それに最初が肝心だ、この役をやるやつは命がけになる」
真剣な表情で周囲を見回すリゲル。誰もが固唾を飲んでいる中、ジェルミーナが一歩前へ踏み出す。
「でしたら、その役は私がやります!」
「なっ、何を言うんだジェルミ!?」
声を裏返らせ驚くジャンルーカ。しかし、ジェルミーナは意志の籠った強い瞳でジャンルーカを見据え答える。
「お兄様、私だって村の役に立ちたいのです。何もできずに守られるのはもう嫌です!」
「しかし……ジェルミ、お前……」
ジェルミーナの迫力に言葉を失うジャンルーカ。長い逡巡の後、震える声を絞りだす。
「分かった……ジェルミ、お前に任せる……」
「お兄様っ、ありがとうございます!」
「ちっ、ホントにお前で、大丈夫かよ」
「お願いしますリゲル、この役は私にさせてほしいのです!」
「なっ、おいおい調子狂うな……」
悪態をつくリゲルだが、殊勝な様子のジェルミーナに困惑の表情を浮かべる。そこへ、軽い調子でスピカが口をはさむ。
「違うよジェルミ、リゲルはジェルミのことを心配して言ってるんだよ。やっぱりリゲルは優しいよね? ツンデレなんだもん」
「なっ、違うっつってんだろ! あーもう時間がねえ、さっさと行動開始だ!!」
スピカの言葉に顔を赤くしながらバタバタと指示を出すリゲル。
戦いの前夜、亜人達は静かに行動を開始する。
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