44話:正教会からの刺客 ~日常の終わり~
※2019/10/18 表記方法を修正しました。
「リゲルっ、いい加減にしてください!」
「ああもう、朝からうるせえな!」
スピカの家に早朝から鳴り響く怒号。声の主はもはや怒鳴り合いが恒例となった二人、リゲルとジェルミーナだ。
苛立たし気な表情で声を張り上げるリゲル。一方のジェルミーナは、顔中を土まみれにしながらキリキリと目を吊り上げている。
《もう、また朝からケンカしてるのねこの二人は》
「ううん……二人とも朝からどうしたの……」
眠たそうに目をしばたたせながらフラフラと起き上がってくるスピカ。そんなスピカにすがりついてくるジェルミーナ。リゲルはというと不機嫌そうにそっぽを向いている。
「スピカ様! 聞いてください、リゲルが酷いんですよっ」
「お前が間抜けなだけだろうが」
「あなたの常識が欠落しているだけです!!」
「ちょっとちょっと落ち着いて、それからジェルミ、土がいっぱいついちゃってるよ……」
「え? ああっ、スピカ様が土だらけに!」
慌てて土を落としにかかるジェルミーナを何とか落ち着けて、まずは何が原因でこうなっているのか話を聞くスピカ。
事の発端は今朝のこと。一番に目覚めたジェルミーナが天候を確認しに家のドアを開けたところ、ドアを出てすぐのところに開いていた大きな穴にスッポリと落ちてしまったのだ。
無警戒な状態で罠にかかったような状態のジェルミーナは、無抵抗で顔面から地面に激突。そのまましばらく気を失ってしまったのである。
その後、意識を取り戻したジェルミーナがリゲルを問い詰めたところ、ジェルミーナが落ちた穴は錬金術の実験によるものだとあっさり白状したのだ。さらに、たまたま穴を開けたのが家の前だっただけ、その程度でこける方が悪い、と開き直る始末だ。
そんな訳で、朝から怒り心頭のジェルミーナと、実験による寝不足でイライラ状態のリゲルは怒鳴り合っていたという次第である。
「そもそもですね、常識的に考えてドアを出てすぐの所に穴をあけるなんて、どう考えてもおかしいでしょう? そんなことも分からないのですか!?」
「あのなあ、俺みたいな天才ってのはお前みたいな一般エルフじゃ想像もつかない深い考えを持ってるんだよ、だから細かいことでギャアギャアわめくんじゃねえよ」
「誰が天才ですかっ、あなたなんてただの常識欠落変態ドワーフでしょう!!」
「はあ!? お前俺の錬金術の腕知ってんのかよ? 天才じゃなけりゃあ何だってんだよ、そして俺は変態じゃねえ!!」
「そんなことは知りませんっ、そしてあなたは変態です!」
興奮のあまり話の論点も迷子になりつつある二人。そんな二人を呆れた目で見ながら、手早く寝間着から着替えてしまうスピカ。
《まったく、相変わらず騒がしい連中ね》
(うん、仲が良いんだか悪いんだかだよ)
《スピカ、これは決して仲が良いとは言わないのよ……》
(そうなの?)
《そうでしょう、逆にどこをどう見たら仲が良く見えるのよ》
二人の事を呆れた目で見るスピカ。そんなスピカに呆れた声を上げるトレミィ。そうこうしていると、熱の上がった二人がスピカに詰め寄ってくる。
「おい! スピカはどう思うよ?」
「スピカ様はどう思いますか? 私は間違っていませんよね?」
「もう、私は知らないよ、先に出るからね」
そう言いながらドアを開けるスピカ。二人を適当にあしらいつつ一歩を踏み出す、そして。
《スピカッ、前!》
「え? ぶぎゃっ!!」
リゲルの開けた穴に躓き、顔面から盛大に地面に突っ込むスピカなのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
その事件は、亜人達が狩りを終えた夕暮れ時に起きた。
スピカとジェルミーナがリゲルの開けた穴に落ちた、その日の夕方。村の中心に位置する広場に集まり、今日の成果を分け合っていた亜人達。この日は狩りに参加したスピカとプルートも一緒である。
「やはりスピカとプルートが狩りに参加してくれると捗るな」
「そんなことないよ、隊長がいればいつもうまく行ってるでしょ?」
「もちろん隊長がいれば狩りは成功間違いなしですよ! でもスピカさん達だって負けないくらい凄いですからね」
和やかに談笑するスピカとフェルナンド、そして若い女性の獣人。いつもと変わらない日常の風景、しかし、終わりの時は突然訪れる。
「ん、なんだ?」
村の入り口を見つめ、怪訝な表情を浮かべるフェルナンド。すると、次第に村の入り口から騒がしい声が聞こえてくる。何事かと不穏な空気が流れる中、慌てた様子のマイヤが駆け込んでくる。
「あんた達、大変だよ!」
「どうした、何があった?」
「はぁっ……はぁっ……とりあえず来ておくれ」
息を切らせたまま、フェルナンドの腕を引っ張るマイヤ。ただ事ではない雰囲気にスピカとプルートも後を追う。
村の入り口には多くの亜人達が集まっていた。中にはジャンルーカとジェルミーナの姿もある。
「フェルナンド、来てくれたか」
「ジャンルーカ、これは何事だ?」
「私も今来たところなのだ、いったい何が起きているのか」
「あんた達こっちだよ、早く来ておくれ!」
亜人達をかき分け進んでいくマイヤ。するとその先には、くたびれた様子の獣人が三名地面に座り込んでいた。いずれも泥にまみれ満身創痍といった雰囲気である。
そのうちの一人。三人の中では最も年上と思われる、狐の様な大きな耳をした男の獣人が声を張り上げる。
「ああ、さっきの人か……っておい! 何だこの魔物は!?」
「あ、ゴメンッ、プルート、ちょっとあっちに行ってて」
「キュウゥン……」
スピカの指示に従い、寂しそうな声を上げその場を離れるプルート。その様子を見て、驚きのあまり口を大きく開け目を丸くする獣人達。そんな彼等へジャンルーカが声を掛ける。
「驚かせてすまなかったな、ところで君たちは?」
「ああ、俺たちはコントラカストラから逃げてきたんだ、この村の噂を聞いてな。あんたは?」
「申し遅れた、私はこの村のリーダーを務めているジャンルーカというものだ」
「あんたがリーダーなのか、良かった!」
声を張り上げる狐耳の獣人。その勢いにやや驚きつつも、姿勢を低くし獣人達の話を聞くジャンルーカ。
「ああ、一応リーダーということになっている。コントラカストラから逃げてきたということは、この村への移住希望ということだろうか? それであれば私達は……」
「いや、ちょっと待ってくれ! 確かに俺たちはこの村の噂を聞いて住人になれればと思って来たが、今はそれどころじゃないんだ」
「どういうことだ?」
怪訝な表情を浮かべるジャンルーカ。周囲で聞いていた亜人達も同様に眉をひそめている。スピカだけがいつもの無表情で話を聞く中、狐耳の獣人は緊迫した様子で口を開く
「人間の集団がこの村に向かってきている」
「なっ!?」
それは日常の終わりを告げる言葉だった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
また、ブックマークやpt評価、感想も喜んで受け付けております。
執筆の励みとさせていただきますので、どうぞ応援よろしくお願いします。




