04話:始まり ~神託とは~
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
崩れた壁の隙間から、徐々に日の落ちてゆく空が覗く。
すっかりくつろぎモードに入っていたスピカは、大きく伸びをしてベッドに横たわる。ギシッと大きな音が鳴り木くずとほこりが盛大に舞うが、気にせずゴロゴロと転がっている。
《遅くなってきたわね、今日はこのまま休むことにする?》
(ん~、まだ大丈夫かな、他に聞きたいこともあるしね)
頭の後ろに手を回し、足をプラプラさせながら頭の中で会話を続ける。
(神託についてちょっとね。私ってトレミィの力をほとんど受け継いでるんだよね? なのに全然何にも感じないんだよ。トレミィの力ってどういうものだったの?)
《うーん……神託っていうのは願いに応じて力を授ける儀式だから、私がどういう力を持っていたかはあんまり関係ないはずなのよね、私もうろ覚えであってるかわからないんだけど……》
そう前置きした上で神託について語るトレミィ。
《神託っていうのは、願いを受けた神が人間に与えることのできる特別な力の総称なのよ。邪神である私と後は、東部正教会に正神っていう神がいて、その二柱だけが儀式を執り行うことができるわ。儀式を行うと、人間に一定量の力が委譲される……はずよ》
(私の場合は、お星さまになりたい、が願いになるのかな?)
《そうなるわね、例えば「力が強くなりたい」だったら、人間の限界を超える膂力だったり、「魔法が使いたい」だったら強力な魔法の力だったり。そういう風に力が授けられる……だったと思うわ。その力がどの程度強力なものになるかは、神側から委譲される力の量によって変動する……んだと思う》
自信なさ気な声で説明を続けるトレミィ。
(つまり、儀式の時に何を願ったか。それと、神様がどれだけの力を授けてくれたかによって、どういう力になるかが変わるってことだね)
《そういうこと……のはずよ。だから、願いの内容によってどういう神託かも予想がつくかもしれないわ……多分》
(私の願いか……お星さまになりたい、なんだけど)
トレミィと出会った時の事を思い出すスピカ。仰向けになり、崩れた天井の隙間からうっすらと暗くなりつつある空を見上げながら怪訝な表情を浮かべる。
(ねぇ、ということは、私は今お星さまになってるのかな? あんまり自覚がないけど……)
《そうね、どう見ても普通の人間に見えるわね》
(そもそもお星さまになりたいっていう願いは、どういう神託になるのかな?)
《想像がつかないわね……ピカピカ光り出すわけでもないでしょうし》
「う~ん」と唸り声を上げる二人。しばらく頭を悩ませていたが、そのうち考えてもらちが明かないと外に飛び出していく。
(やっぱりいろいろ試してみるのが一番だよ、時間はあるから何でもやってみよう!)
《それもそうね、それじゃあまずは……?》
(まずは……)
スっと手を前に掲げると、集中するように目を閉じるスピカ。しばらくすると目を見開き叫び声をあげる。
「はあっ!!!!」
………………
…………
……
静寂の中、しばらくじっと姿勢を保っていたスピカだったが、何事もなかったかのように次に移ろうとする。
《って、何よ今のは!?》
(いや、集中したら何か出るんじゃないかなーと思って、ちょっと恥ずかしいね)
ケラケラと笑うスピカは、今度は腰に下げた剣をゆっくりと引き抜く。刃渡り一メートルほどで女性であるスピカでも扱いやすそうな、鈍く光を反射する鉄製の剣だ。その剣を低く構えると、次の瞬間目にもとまらぬ速さで横一線に剣を振り抜く。
勢いのままに二度三度、縦に、横にと縦横無尽に剣を振るうが、その速度が落ちることはない。むしろ徐々にキレを増している様である。
一通り剣を振り終えたスピカは「ふぅっ」と短く息を吐くと剣を鞘に納める。終始無言だったトレミィはその姿を見て嬉しそうに声を上げる。
《す、凄いじゃないスピカ! 今のが神託の力なのかしら!? 目にもとまらぬ速さとはこのことよ! 何がどうお星さまになってるのかはよく分からなかったけど……とにかく凄いわ!》
興奮し、まくしたてるトレミィだったが、返ってきた答えは予想外のものだった。
(違うよトレミィ、今のはいつも通りの速さだったから、これも神託の影響はなさそうだね)
《いつも通りって》
(うん、いつも通り)
さっさと次にいこうとするスピカ。そんなスピカに対してトレミィは驚きの声を上げる。
《ホントにさっきのがいつも通りなの? だって……勇者になりたての女の子が振るう剣ではなかったわよ! それこそトップクラスの剣士と比較しても遜色ないくらいに感じたわ》
(そんなことないよ、でも剣の腕は誉められたことがあるんだ。きっと向いてるんだと思う!)
剣を鞘に納めたスピカは、今度は崩れた廃屋に向かい、落ちている丸太を持ち上げようとしている。膂力を試しているようだが、トレミィは先ほどの斬撃が頭から離れずにいた。
《向いてるなんてそんなレベルではないわね。当然訓練もしたんでしょうけど、明らかに飛び抜けた才能……》
(ん? 何か言った?)
《いいえ、何でもないわ》
気にはしつつもスピカの邪魔をしない様に引き下がるトレミィ。その間にもスピカは何かしらの動きで神託の影響を確かめていくのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「はあああぁ!!」
両手を掲げて気を発するが不発に終わる。
「とりゃあ!」
足を蹴り上げ叫んでみるが不発に終わる。
「そおりゃっ!」
思い切り跳躍し体に力を込めてみるが不発に終わる。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
くるくると回転しながら意味不明な声を上げてみるが不発に終わる。
そんなことを繰り返しているうちに、太陽が地平線近くまで落ちてゆく時間となっていた。
夕暮れに照らされ赤く染まった廃村で、ぐったりと地べたに座り込むスピカ。色々と試したが、結局神託の力と思しき何かを感じることは出来なかったのである。
「あぁー、疲れたぁー、もうすぐ夜だーー」
《そうね、結局神託の力はつかめなかったわね、もしかして私の儀式が失敗してたのかしら……》
勢い良く立ち上がったスピカは、落ち込んだ声のトレミィを慰めながら廃屋に向かい歩いていく。
(失敗なんてしてないよ、だってちゃんと私が生きてるからね! きっとまだうまく力が使えてないだけだから、そんなに落ち込まないで)
《うん……じゃなくて! 落ち込んでなんかないわよ! 心配してあげてんるぅっ》
強がりながら盛大に噛むトレミィに思わず笑みがこぼれるスピカだったが、廃屋の手前で急に足を止める。
先ほどとは一転、真剣な表情を浮かべると、何かを警戒する様に周囲を観察している。異変に気付いたのか、トレミィも周囲を探りつつ疑問を投げかける。
《どうしたのよ? 何かあったのかしら?》
(うん、多分だけど魔物がいる。村のすぐ周りに近づいてきてる)
《嘘っ……》
トレミィが驚くの無理はない、何せ千年以上まともな生き物は侵入してこなかった場所である。それが、瘴気が晴れてわずか半日で魔物が侵入してくるなどとは想像もしていなかったのだ。
一方のスピカはゆっくりと剣を引き抜くと、静かに村の入り口まで向かう。村の正面が見える辺りで、前方から大きな黒い影が姿を見せた。
「あれは……」
そこにいたのは紛れもなく魔物の影、それも変異種と呼ばれる強力な力を持った魔物の姿。
「グルルルルゥ……」
漆黒の毛皮に覆われた巨大な狼犬、"ガルム"の唸り声が響き渡る。
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