36話:錬金術師と素材探索 ~採集~
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
「うぅー……」
「おい、まだ調子悪いのか?」
村を出発して三日。スピカとリゲルは、深い森を抜け殺風景な岩山を登っていた。
「悪くはないけど、変な感じはずっとしてる……」
「ったく、ちゃんと煮沸消毒しねえからそんなことになるんだ。お前、こんなところで昨日みたいに色々撒き散らすなよ」
《なっ! こいつ、女の子になんてこと言うのよ!》
デリカシー皆無なリゲルの発言に怒りの声を上げるトレミィ。当のスピカは大して気にした様子もなく、お腹をさすりながら岩山を登り続ける。
「結局魔法も使えないし……飲んで損したよ……」
「おい! その腹痛は生水が原因だって言ってるだろ!!」
「違うよ、お水くらいじゃお腹壊さないもん! 絶対あの変な薬だよ」
《そうよ!》
言い争いながら岩山を登っていた二人だったが、不意にリゲルがその足を止める。後ろを歩いていたスピカも足を止めると、何事かと顔を覗かせる。
「わぁ!」
《へえ……こんな所が……》
「目的地、到着だな」
二人の視線の先、岩山の中腹に、斜面を削る様にしてできた大きな窪地があった。その窪地の中心部、岩と岩の隙間にポッカリと口を開ける洞窟が見える。
良く見ると、洞窟の周りには"インプ"と呼ばれる、悪魔型の魔物が何匹か飛び回っていた。蝙蝠の羽を持ち、小型だが素早い身のこなしをする油断ならない魔物である。
また、洞窟の暗がりに紛れて、複数の光が蠢いている。
「あの光ってるの、全部魔物の目だよね」
「ああ、あれはインプだな、大した魔物じゃないが、数が多いと厄介な相手だ」
そんな言葉とは裏腹に、嬉々とした笑みを浮かべながら斜面を滑り降りていくリゲル。慌てて後をついていくスピカだが、そんな二人にインプ達が気付かないはずもない。
「ギャギャッ」
《ちょっと! あいつ何一人で勝手に!!》
(大丈夫、任せて!)
鳴き声を上げ襲い掛かってくるインプ。リゲルを追い抜いたスピカは、素早く剣を引き抜き、迫りくるインプをまとめて切り伏せる。
「あれ? 弱い!」
洞窟の手前。インプの死体を前に、あまりのあっけなさにポカンとしていると、追い付いてきたリゲルが、リュックから薬品を取り出し混ぜる。
「よし、その調子で頼むぞ」
そう言いながら、フラスコの中で混ざり合う液体を観察するリゲル。そうしている間にも、洞窟の中からは次々とインプが這い出てきては襲い掛かって来る。
「ちょっと! リゲルも手伝ってよ!」
「うるせえ! 俺は今忙しいんだ」
《何なのよこいつ! 放っときなさいよもう》
(そういう訳にもいかないでしょ!)
一通りインプの群れを切り倒し、リゲルの方へ眼を向けるスピカ。すると、混ぜ合わされて薄く濁っていた液体が、強い光を放つ。
「おお! 何これ?」
「ただの光る液体だ。洞窟内で火を燃やすと酸欠になるからな、火を使わない方法で光を確保する必要がある」
「へー」
「それよりスピカ、ここからはお前の出番だ、しっかり頼むぞ」
「うん、でもさっきみたいに勝手に進まないでよ?」
グッとガッツポーズをして見せるスピカ。リゲルが今回の探索にスピカを同行させた一番の理由が、洞窟内での戦力確保である。
リゲルが主とする戦闘方法、薬品を利用した戦い方には弱点がある。それは、洞窟の様に、狭く密閉された空間では、気化した薬品の影響を自分も受けてしまうという点だ。
そこで、比較的小柄な体形で、かつ素早い身のこなしが出来るスピカに、洞窟内での戦闘役を依頼したのだ。
「おい、これやるから、首から下げてろ」
リゲルが手渡したのは、蓋の付いた丸い小瓶だ。紐が括り付けてあり、中には先ほどの光る液体が入っている。丁度首から下げると、正面が明るく照らされる様な仕組みだ。
「うん、準備オッケー!」
「よっしゃ! それじゃあ行くぞ!!」
こうして、じわじわとテンションを上げるリゲルを先頭に、洞窟探索に突入するのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「うおおおおぉぉぉぉい! 最っ高だなこりゃ!!」
ガンッ
ガガンッ
ガガガンッ
ケタケタと笑い声を上げながら、一心不乱につるはしを振り下ろし、洞窟の壁を削って回るリゲル。二人が洞窟に入って早五時間、リゲルは休みなく洞窟の壁から素材となる鉱石を回収していた。
「もうっ、リゲルはいつまでああやってるの!」
《あの様子、まるで何かに憑りつかれたかの様ね……錬金術のことになると、結構やばいわね……あいつ》
襲い掛かってくるインプを切り伏せながら、呆れた声を上げるスピカ。真横でインプの死体が積みあがっていくが、眼中にないといった様子で、次々と光る鉱物を集めていく。
洞窟を入って少し進んだ先、広場の様になっているこの場所は、壁面のいたる所に鉱物の光が輝いており、さながら夜の空に光る星々のような光景が広がっている。
その光る鉱物の一つ一つが貴重な錬金術の素材らしく。ここへ辿り着いたリゲルは、目を輝かせながらつるはしを振るいだしたのだった。
「ふううううぅぅぅぅー……」
もはや数えきれないほどのインプを撃退したころ、リゲルの口から長い長い溜息が漏れる。見ると、大量に集めた鉱物を綺麗により分け、持ってきた大きなリュックに無理やりしまい込むところだった。
「あれ? もういいの?」
「いや、正直まだまだ集めたいが、これ以上は持って帰るのが難しい……今回はここまでにするさ」
少し悔しそうに、だがそれ以上に嬉しそうな声で答えるリゲル。詰め込みすぎで蓋の閉まらないリュックだが、適当に縄で補強し強引に背負う。小柄なリゲルでは持ち上げることも難しそうな大きさだが、流石はドワーフといったところだ。
「よし、行くか」
「私は何も持たなくて良いの?」
「アホか! お前まで手が塞がったら誰が俺を守るんだ? ほら、さっさと先に行け」
「はいはーい」
《こいつっ、ホントに失礼な奴ね!》
(別に良いよ、私あんな荷物持てないし)
《そうね、荷物は男に持たせておけば良いのよね! さ、行きましょ》
(うん、行こう!)
こうして長い長い素材採集を終えた二人は、出口に向かい洞窟を登っていくのだった。
そして数分後。
スピカとリゲルが洞窟を抜けるころ、外はすっかり暗くなり、夜空には星が瞬いていた。星明りを浴びて、スピカの髪がキラキラと光りを帯びる。
「外だ!」
「マジか、いつの間にかこんな時間かよ」
《もう完全に夜じゃない、いったいどれだけの時間洞窟の中にいたのよ……》
(うん、何だか目がシパシパする……暗いところにいすぎたのかな?)
呆れ声を上げるトレミィと、目をしばたたかせるスピカ。後ろを歩くリゲルは、星の力を発現するスピカを見て、興味深そうに顎をさする。
「ほぉ、やっぱその現象は興味があるな、どういう原理なのか……」
《毎回この反応もちょっと面倒よね、逆に力を抑える訓練とかもした方が良いかもしれないわ》
(確かに、トレミィがまともなことを言ってる……)
《そう……って! 私はいつもまともでしょ!?》
(そうかな? 結構変なことで騒いだりするじゃない……あ、でも最近はすごくまともかも!?)
《へんにゃこちょってなによ!》
(にゃこちょ?)
《ちょっ、しゅピカのせいでかんだにょよ! ぐぅ……》
「しゅピカ!?」
勢いあまって噛み倒すトレミィに、声を上げて笑うスピカ。その様子を見て「また奇行か……」と憐れむ様な視線を向けるリゲルだが、すぐにその表情は緊張の色に包まれる。
突如、ズシンッと重たい衝撃音が周囲にこだましたのだ。何事かと身構える二人、すると、窪地の上からスピカ達を見下ろす様に、巨大な人型の影が姿を現す。
「うわぁ、何あれ……」
「おいおいマジか」
《ちょっと、嘘でしょ!?》
三人が驚きの声を上げる。視線の先には四メートルほどの無機質な巨影。
それは"ゴーレム"と呼ばれる魔物の姿だった。
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