35話:錬金術師と素材探索 ~錬金術~
※2019/10/18 内容を微修正しました。
村を出発して二日。
錬金術の素材探索に向かうスピカとリゲルは、深い森の中を歩いていた。
「リゲル、本当にこっちで道はあってるの? 目印もないし、これじゃ元の場所にも戻れないよ?」
「大丈夫だろ、今のところ地図通りに来れてるし」
「ホントかなー?」
「おいおい、お前が持ってた地図だぞこれ?」
「でも私のじゃないもん」
《地図があったとしても、こんな深い森の中じゃ普通迷うわよ……》
不安そうな様子のスピカとトレミィ。そんな二人とは対照的に、リゲルは意気揚々と先を進む。
「お! この先に湖があるみたいだ、そこで休憩しようぜ」
「うーん……ホントに湖なんてあるのかな……」
リゲルについて歩くスピカ、しばらく進むと開けた場所に出る。うっそうとした森の景色とは打って変わり、大きな湖が姿を現したのだった。
「凄い! 本当に湖があった!!」
《本当に凄いわ、あの森の中を目印無しで正しく進むなんて》
「よし、とりあえず少し休むか」
荷物を降ろし、鉄製の容器に水を汲むリゲル。テキパキとした動作で火を起こすと、水を火にかける。
「少し待てば飲めるな」
《この男、思った以上に有能なのかもしれないわね……》
「うん? 何が?」
リゲルの様子を見て、感嘆の声を上げるトレミィ。一方のスピカは、湖から汲んだ水をそのままゴクゴクと美味しそうに飲んでいた。
「おい! お前まさか、湖の水をそのまま飲んでんのか? 正気か!?」
「え? 何で?」
「水は煮沸するなりして、消毒してから飲むのが基本だろうが! 感染症になるぞ!?」
《そう言われれば普通はそうなのかしらね、スピカは泥水でも平気で飲んでしまうから、つい忘れてたわ》
「大丈夫だよ、美味しいよ?」
「お前……マジで腹下しても知らねえからな……」
ケロリとした態度のスピカに、呆れ声を上げるリゲル。そのまま木の陰に腰を下ろすと、小休憩に入る。
「ねえ、リゲルって錬金術師なんだよね? 錬金術ってどういうものなの? 私よく知らなくて」
「それよりお前、マジで腹は大丈夫なのか?」
「うん、平気だけど?」
「はぁ……それならまあ良いけど」
ため息をつきながら、錬金術について話すリゲル。
「錬金術っていうのは、実は魔法の一種だ。元々は金を生み出そうとして編み出された技術だから、錬金術という名前が付いた」
「魔法なんだ?」
「ああ、だが通常の魔法とは根本的に違う部分がある」
「違う部分?」
「魔法を使うためには魔導力と魔法力が必要だろう? だが、錬金術に魔法力は必要ない。魔導力があれば誰でも使える」
「そうなの?」
《へえ、それは私も知らなかったわね》
「魔導力が錬成陣を経由することで、それぞれの錬成陣に対応した現象が発現するんだ。メジャーなところだと、形態や状態、性質を変化させる錬金術だな」
《あれ? ということは、スピカにも使えるのかしら?》
「そうだ! 私にも使えるのかな?」
期待に満ちた声を上げるスピカだが、リゲルは小さく首を横に振る。
「スピカは魔法を使いたいのか? だがそう簡単にはいかない。なぜなら、錬金術は極めて難易度が高いからだ」
「難易度?」
「そうだ。錬成陣の正しい理解や、現象に対する知識、魔導力の操作等、基本的な錬金術を成功させるだけでも、普通は長い年月がかかるもんだ」
「そっか……魔法か錬金術……使ってみたかったな」
《そうね、残念ね……》
残念そうに顔を伏せるスピカ。しかし、すぐに顔を上げると、再び口を開く。
「それじゃあ、錬金術の素材っていうのは何?」
「質問が多いな……気になるなら教えてやるけどよ」
そう言うと、リュックから小さな試験管を取り出す。中には、ねっとりとした水色の液体が揺らめいている。
「基本的な錬金術なら錬成陣だけで発動できるが、こういう特殊な物を作ろうと思ったら、それに応じた素材が必要になる。錬金術の難易度が高いと言われる理由の一つだな」
「なるほど、私達はその素材を集めに行くんだね」
ゆらゆらと謎の液体を揺らすリゲル。それを見てトレミィが疑問の声を上げる。
《ところで、その液体は何かしら?》
「そうだ、それは何?」
スピカの質問に、怪しい笑みを浮かべながら答えるリゲル。
「良い質問だ……これはな、以前俺が作った、飲んだ対象の魔法力を底上げする薬だ」
「魔法力を!?」
《あ、怪しすぎる!!》
驚きの声を上げるスピカとトレミィ。リゲルは怪しい笑みを浮かべたまま、誘う様に液体を差し出す。
「スピカが魔法を使いたそうにしてたからな、出してみたが……飲むか?」
「飲む!」
《駄目!》
慌てて制止するトレミィだったが、スピカは試験管を受け取ると、一息に飲み干してしまう。
《ああぁ~~!! なんで飲んじゃったのよ!?》
(だって……魔法使いたかったんだもん……)
「ま、失敗しても腹を下す程度で済むはずだ、死ぬことはないから安心しろ」
《全然安心できないわよ! 何なのよこの男――》
「しっ」
《――スピカ?》
トレミィの話を遮り、人差し指を口元にあてるスピカ。鋭く見つめる視線の先には、先ほど水を汲んだ湖がある。スピカの様子を怪訝に思いながらも、湖に注視するリゲル。すると、静かに揺らめいていた水面が徐々に泡立つ。
《何!?》
「何かいるな」
「魔物だと思う」
素早く立ち上がり、臨戦態勢を取る二人。すると、泡立つ水面からゆっくりと魔物が姿を現す。
水面から上半身だけを出し、睨み付ける様に視線を向けるその魔物。鬣以外、全身灰色をした馬型の魔物である。鬣だけが特徴的な緑色をしており、植物を思わせるその鬣は、うねうねと不気味に動いている。
《こんなところにまで魔物が!》
「ちょっと気持ち悪いね……」
「こいつは"ケルピー"だな。危険度は中の中ってところか、かなり珍しい水生の魔物だ。すこし前まではここも瘴気に覆われて、魔物も住めなかったはずなんだが、あっという間にどこにでも住み着くな」
一人関心して頷くリゲルだったが、鬣の動きが激しさを増したのを見て、警戒の体制を取る。直後、うねうねと動いていた鬣が、一気に伸びたかと思うと一斉に襲い掛かって来た。
素早く剣を引き抜き、切り捌いていくスピカ。テンポ良くスパスパと剣を振るうスピカだが、その顔色は優れない。
「ねえこれ! 防ぐのは簡単だけど、反撃が出来ないよ!」
《あいつ! 水の中から出てこないじゃない! ムカつくわね~》
水面から上半身だけを出した状態で、鬣による攻撃を続けるケルピー。中々反撃に出られないスピカを見て、前に歩み出るリゲル。
「なら俺がやろう、スピカはそのまま防いでてくれ」
そう言うと、煮沸消毒したばかりの水に軽く手を当てる。すると、着ていたコートの一部が薄く光を放つ。
よく見ると、コートの表面に細かく刺繍された様々な模様が、何かの信号の様に、チカチカとランダムに点滅している様だ。
「よし、もう少しそのままだぞ!」
スピカに念押ししたリゲルは、勢い良く水の入った容器をケルピーに向かって投げつける。
「え!?」
驚くスピカの視線の先で、ケルピーに降り注ぐその水。ブルブルと体を震わせ水気を飛ばしていたケルピーだったが、次第にその様子が変わる。
力強く生えていた緑色の鬣は、見る間に茶色く萎れていき、その動きを止めてしまう。また、ケルピー本体も苦しそうな鳴き声を上げると、力なく湖に沈んでいく。
「やっつけた! 何今の!?」
あっけない決着に、驚きの声を上げるスピカ。
「大したことはしていない、除草効果のある薬品をぶっかけただけだ。馬みたいな姿をしているが、ケルピーは植物性の魔物だからな。ああやって枯らしてやれば簡単に殺せる」
《それよりさっきの液体を作った方法よ、あれも錬金術なの?》
「さっきのは錬金術?」
「ああ、コートの刺繍が全部錬成陣になっててな、魔道力を通せば発動する仕組みだ」
「ふーん」
良く分からないといった表情で頷くスピカ。しかし、トレミィは驚きに言葉を詰まらせていた。
《スピカ! さらっと言ってるけど、凄いことしてるわよこいつ!》
(そうなの?)
《そうよ! あの刺繍、ものすごく複雑でしょう? どういう風に魔道力を通すか 数えきれないほどの組み合わせがあるはずよ。それを、狙い通りの効果が出る様に一瞬で判断して、適切な魔道力で発動する、しかも戦闘中によ? はっきり言って異常だわ》
(異常って……)
「それってすごいんだ?」
トレミィの言葉を引き継ぎつつ訪ねるスピカ。それに対して、リゲルは腰に手を当て自慢げに答える。
「まあな! そもそも、実用レベルで錬金術を使える奴は世界中に十人もいないと思うぜ。戦闘に応用できるのは、まあ俺くらいだろうな」
《まず、錬金術師が錬金術を使って戦うっていうのが意味不明なのよ……》
リゲルとトレミィ、二人の言葉を聞いて「ほぉ」と声を漏らすスピカ。そんなスピカを置いたまま、水を汲みなおそうとするリゲルだったが。
ゴロゴロゴロ……
「うぅぐっ……」
背後からの不穏な音と唸り声に足を止める。
「どうした?」
《スピカ?》
二人の問いかけに、顔を青くしたスピカは、お腹を押さえながら答える。
「お……お腹が……痛い……気持ちも悪い……」
「ほら見ろ! やっぱり生水が当たったんだろ!!」
《ほら見なさい! やっぱりさっきの薬が当たったのよ!!》
「うっ……うぇ……」
お互いの主張を叫ぶトレミィとリゲル。
緊急事態なスピカは、冷や汗を流しながら木陰に駆け込んでいくのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
また、ブックマークやpt評価、感想も是非によろしくお願いします。