33話:プルートの憂鬱
※2019/10/13 表記方法を修正しました。
分厚い雲に覆われた空の下。
草木一本生えていないだだっ広い荒野に、大きな黒い影が横たわっていた。
体高一メートルを超えるその大きな生き物は、普段であれば見る者を圧倒する威圧感を放っているが、今はどんよりと沈鬱な雰囲気に満ちている。
「ガフゥ……」
ため息の様にくぐもった鳴き声を上げるプルート。
伏せた体勢のまま、悲しい目で曇った空を見上げたかと思うと、再び地面に視線を落とす。そんな動作を繰り返している。
「いたいた! プルート、探したんだよー」
ぐったりと項垂れるプルートの耳が、聞き馴染んだ良く通る声をとらえる。プルートの主である、勇者スピカの声だ。
チラリと視線を向けるプルート。大きく手を振りながら歩いてい来るスピカと、その隣を歩いてくるオレンジ色のシルエット。しばらく前からスピカと一緒に暮らしている、錬金術師リゲルの姿が見える。
《こんなところにいたのね……って、なんだか元気がないわね》
(うん、最近ずっと下を向いてたり、勝手にどこかに行ってたりしてて……)
「おい、こいつが例の魔物か?」
「そうだよ、プルートっていうの。プルート、こっちはリゲルだよ。まだきちんと挨拶してなかったと思って探してたんだよ」
「クウゥン……」
下を向いたまま、か細い声で鳴くプルート。そんなプルートの顔を心配そうに覗くスピカと、興味深そうに観察するリゲル。
「なるほど、こいつはガルムだな。かなり凶暴な魔物のはずだが、やたら元気がないみたいだが?」
「うん、すごく落ち込んでるみたいで……」
《そうね、きっと勇者達に負けたのが悔しいのよ》
「勇者達に?」
小さく疑問の声を上げるスピカ。それを聞いたリゲルが疑問を重ねる。
「勇者? ああ、そういえばこいつも勇者と戦ったんだっけか、負けちまったのか?」
「グァ……」
図星、といった雰囲気で、ばつが悪そうに目を伏せるプルート。
「ところで、こいつはスピカの言うことなら聞くんだろう? それも興味があるな、理由は?」
「少し前にガルムの群れが村を襲ったことがあってね、ほとんど倒しちゃったんだけど、その時の生き残りだよ。私が群れのボスを倒したみたいで、それ以来私の傍にいてくれてるの」
「ガルムの群れか、それはそれで凄い話だな、だが……」
腕を組み考える仕草を見せるリゲルは、合点がいった様に頷く。
「なるほど、魔物の中にはそういう習性をもつものもいるらしいからな。そうすると、勇者達に負けたのは相当堪えてるな」
「そうなのかな? 気にしなくても良いのに……皆無事だったんだから私は十分だよ?」
落ち込むプルートをそっと抱き寄せ、優しく撫でながら声を掛けるスピカ。しかし、プルートは納得がいかない様子で首を横に振る。
「おいスピカ、そういうことじゃないし、それじゃ慰めになってないぞ」
《そうね、リゲルの言うとおりだわ》
「?」
疑問の表情を浮かべるスピカに、トレミィ、リゲル、それぞれが答える。
《プルートはスピカを主だと思ってるのよ? なのに、その主を守ることができずに、命の危険に晒してしまったのよ? 無事だったって言われても落ち込むわよ》
「勇者達に負けたことよりも、スピカを守れなかったことが問題なんだ。こいつにしてみれば、スピカは守るべき主だが、その守るべき主から逆に守られてしまってんだぞ? 悔しくて当たり前だろ」
「そっか、私を守れなかったことが……、私を守ろうとしてくれたんだね、ありがとう」
感謝の思いを伝えながら、プルートの頭をギュッと抱きしめるスピカ。その様子を見ながら、顎に手を当て考えるリゲル。
「ところでこのガルム、まだ成長途中なんじゃないか?」
「ガルムじゃなくてプルートだよ! でもそう言われると、確かに私が戦ったガルム達よりも少し小さいもんね」
リゲルの言う通り、本来は体高一・五メートルほどまで成長するガルムだが、プルートは体高一メートルほどの小柄な固体である。種としては強力な魔物だが、個としてはまだまだ成長途中なのだろう。
「それはつまり、まだこれから成長するということだろ? ならそんなに落ち込む必要はない」
「そっか、プルートはまだ強くなれるんだもんね」
プルートから体を離し、正面から向き直るスピカ。
「ねえプルート? プルートはもっと強くなりたいのかな?」
「ガルゥ!!」
「そうだよね!」
肯定の意を込めて頷くプルート。同じ様にスピカも頷くと、口に出してトレミィとリゲル、二人に問いかける。
「ねぇ、プルートはどうすれば強くなれるのかな?」
「ガルルゥ?」
プルートも首を傾げながら、すがるような目でリゲルを見る。
《私は、魔物のことはそこまで詳しくないから、何とも言えないわね……》
「そうだな……こいつはまだ成長途中みたいだから、順当に育てば普通に強くなるだろ、何年かかるかは分からねえが」
「ガウルゥ……」
リゲルの答えを聞き、「そんなぁ」という声が聞こえてきそうな勢いで落ち込むプルート。
「あとは……ガルムっていうのはそもそもが変異種だろ? ということは、さらに突然変異が起きて強い個体に進化する可能性もあるだろうな」
「ガガッ、ガウガルルゥッ!?」
「本当か!?」とでも言う様に、勢い良く顔を上げるプルート。期待に目を輝かせながら、リゲルにすがり寄る。
「おい! あんまり近づくな、圧迫感が凄いんだよお前!」
抵抗を見せるリゲルだったが、プルートの勢いに押しつぶされ、そのまま身動きが取れなくなってしまう。そんなプルートを宥めながら、引きずる様にしてリゲルを救出するスピカ。
「それじゃあ、まだまだ強くなれる可能性はあるってことだね?」
「まあそうだな、だがその方法は分からないぞ? 何せ突然変異だからな」
ゼエゼエと息をしながら乱れた衣服を整えるリゲル。疲れ切った暗い表情だったが、何かを閃いた様にその顔が明るくなる。
「いや、待てよ……方法ならあるかもしれない」
「本当!?」
「ガルルウッ!!」
再び飛び掛かろうとするプルートを手で制しながら、リュックから何かを取り出すリゲル。出てきたのは、渦のような模様を描きながら、ぼんやりと光る謎の液体だ。
《うわっ、きっと変な薬よ……濁ってるのに光ってるもの……》
(プルートのために出してくれたんだから、そんなこと言っちゃダメだよ)
《でもスピカ、今までこいつが出した薬で成功したのって、最初のエリクサーだけじゃない! それ以外は歯が虹色になったり、左足だけ何故か伸びたり、ロクなものが無かったわよ?》
「うーん……リゲル、その薬はどういうものなの?」
聞かれたリゲルは自慢気にその薬を見せびらかす。
「良い質問だスピカ! こいつは俺が作ったもので、生物の細胞を発達させる薬だ。これを飲めばたちどころに全身の細胞が発達して、すぐにでも強くなれるぞ」
「おぉ!」
「グアゥ!」
喜びの声を上げるスピカとプルートだったが。
「ただ、細胞の発達は一度始まると止まらないから、ほぼ確実に異常発達で死ぬ。それから、臨床実験をきちんとやってないから、他にどういう効果があるかイマイチ分かっては……」
「却下!!」
「ガウガウゥッ!!」
「おい! なんでだ!?」
《ほらやっぱり!!》
リゲルの説明を聞き一斉に突っ込み入れる一同。リゲルだけが不服そうに表情を曇らせている。
「プルート、これからはたまに夜一緒に訓練をしよっか!」
「ガア! ガアウゥ!!」
「おい! 無視するなお前ら!!」
グイグイと薬を押し付けてくるリゲルに、ペシペシと平手を食らわせるスピカ。
優しい主と騒がしい同居人。
そんな二人の賑やかな雰囲気に、思わず明るい吠え声を上げるプルートだった。
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