32話:二人の夢
※2019/10/13 表記方法を修正しました。
とある日の深夜。
亜人達の村から少し離れた場所にある丘陵地帯。小山を上った先の花畑には、月明かりに照らされた白い花が一面に咲きほこっていた。
幻想的な白い花々が地面を覆う中、ぽつんと突き出た岩場の上に、一つの人影がある。
夜の光よりもさらに眩く、キラキラと光の粒子を舞い散らせながらぼんやりと夜空を眺めている少女。邪神トレミィの神託を受けし勇者、スピカである。
《スピカ、こんな夜中に散歩だなんて、急にどうしたのよ?》
「特に意味はないけど、何となく?」
寝間着姿のままのスピカは、岩の上に腰掛けながら靴を脱ぐと、リラックスした様子で足をぶらぶらとさせる。誰もいない深夜の花畑、周りの目を気にする必要のないスピカは、声に出してトレミィとの会話を続ける。
「最近村にも沢山の人が増えて、ずっと騒がしくしてたから。たまにはトレミィとゆっくりおしゃべりがしたいなって思っただけだよ」
《そっ、そうなのねっ。まあ私も? スピカとゆっくりおしゃべりしたいって思ってなかった訳じゃないのよ?》
照れくさそうな声を上げるトレミィ。その様子をクスクスと笑いながら、夜空を見上げるスピカ。
「私達が出会って、もう二か月以上経つんだね……」
《そうね……あっという間だったわね……》
「今でも出会った時のことは、はっきり覚えてるよ。神様か天使様みたいって思ったんだ。邪神っていうのは未だに信じられないけど」
《ちょっと!》
「だってトレミィ、すぐ泣いちゃったり噛んじゃったりするし。見た目だってかわいい女の子だったし。だから、邪悪な感じが全然しないっていうこと、悪い意味じゃないよ?」
《まぁ……昔に色々あったのよ。それに、私から言わせてみれば、スピカの方がよっぽど邪悪な感じがするわよ? 主に戦い方とか、時々本気で怖いわよ……》
「あれはトレミィが、メチャクチャにやっちゃえ! とか、地獄を見せろ! とかって言うからだよ?」
《そうかもしれないけど……生きたまま餌にしちゃうとか、普通はそんな事思いつかないわよ》
「そうなのかな?」
涼やかな風のそよぐ中、二人だけの静かな時が流れていく。
《そういえば、スピカに聞いてみたいことがあったのよ》
「うん?」
《どうしてスピカは、私の事を他の亜人達に言わないのかしら?》
「トレミィの事を?」
《スピカって亜人達に、私の信者になる様に言ってくれてるじゃない? でも、私がスピカの中に存在していて、会話もできるっていうことを周りに言わないじゃない》
「うーん……別に言っても良いんだけど……」
《良いんだけど?》
「だって、せっかくトレミィとお話しできるのは私だけなのに、それを他の皆に知られるのは何だか嫌だなって思ったの。二人だけの秘密の方が嬉しいな」
《二人だけの秘密……っ》
「トレミィは嫌? 二人だけの秘密」
《いいい嫌じゃないわよ! 全然嫌じゃないわ!! そっ、そうね、むしろその方が嬉しぃ……》
「最後の方があんまり聞こえなかったけど……」
《もうっ、そこは良いのよ! とにかく二人だけの秘密っ、それでいいでしょ!》
「うん、もちろん」
小さく笑い声を上げるスピカと、嬉しそうに声を上げるトレミィ。星々に照らされながら、二人は言葉を紡いでいく。
「それじゃあトレミィ、次は私の話も聞いてくれる?」
《もちろんよ、改まって、らしくないわね》
「うん……前も話したと思うけど、私はスラム街で育ったんだ」
《ええ、そう言っていたわね》
「毎日生きる事に必死で、生きてさえいれば他はどうでも良くて、ずっとそんな風にして生きてきたの」
《……》
「勇者になったのも、毎日ご飯が食べられるとか、屋根のある場所で寝られるとかそういう理由だったし、特に目的とかも無くて」
《……》
「でもね、今は違うんだ、トレミィと出会えて変わったの」
《私と?》
「うん! トレミィと出会ってから毎日とっても楽しいし、今はやりたいこともあって。トレミィに出会えて良かったって思ってる」
《やりたいこと?》
「そう、いつかね……いつかトレミィと一緒に、世界中を旅してみたいんだ」
《私と……》
「今のままじゃなくて、ちゃんと体を取り戻したトレミィと一緒に二人で世界中を旅して回りたい。トレミィも私もずっと一人だったから。だから今度は二人で、一緒に色々見て回りたいって思うの」
《……ふぐぅ……》
「トレミィ?」
《違うわよ! 泣いてないわよ!》
「泣いてるなんて言ってないよ? ふふっ、やっぱり邪悪な感じは全然しないよね」
《うっ……ぐすっ……ちょっと……ちょっと待ってて……》
ぐずぐずと泣き声を上げるトレミィ。少しすると、落ち着いた様子で話し始める。
《スピカはさっき言ってくれたわ、私と出会えて良かったって。それは私も同じよ、スピカと出会えて本当に良かったと思ってるわ。あの時神託を行ったのは間違いじゃなかった》
「うん」
《一緒に色々見て回りたいって言ってくれたことも、本当に嬉しいわ。もちろん私だって、スピカと一緒に色んなところを見て回りたいわ!》
「うん!」
《スピカが来てから、力は失ってしまったけれど、毎日が賑やかで楽しくて、本当に幸せなの。こんな私にも信者が出来て、ちょっと変わってるけど家族みたいなのも出来て、本当に幸せよ……》
「そうだね」
《だから、私の勇者になってくれて、本当にありがとう》
「こちらこそ、私の神様になってくれて本当にありがとう」
《ふふッ、なんだか照れくさいわね》
「そうかな? そうかも? ふふっ」
そう言って笑いあう二人。
《あっ、でも一つだけ言わせて》
「ん?」
《お願いだから危険な戦い方はしないで、危ないと思ったらちゃんと逃げてほしいわ。これまでだって何度も死にそうな目にあって、本当に死んでてもおかしくなかったんだから……》
「そっか、私は大丈夫でもトレミィが心配するんだよね」
《大丈夫じゃないわよ!》
「分かった、心配かけない様に努力するよ」
《絶対よ! 絶対だからね!!》
「もちろんだよ、一緒に世界中を旅するんでしょ? 死んじゃったら出来ないんだから無茶はしないよ」
《そうよ、私達の……その……夢なんだからっ》
「そうだね、私達の夢だね! トレミィも元の体を取り戻せる様に頑張ってよ?」
《そうね、でも……どう頑張れば良いかもよく分からないわよ……それに、元に戻ったらまた瘴気が……》
「大丈夫! 何かあっても私がついてるし……そうだ!」
《?》
「トレミィが復活して、万が一瘴気が発生しても大丈夫な様に、助けてくれる仲間を集めようよ。私は勇者なんだから、パーティがいても良いはずだよね?」
《それは……良いわね! きっとスピカと、スピカが信頼できる仲間がいれば大丈夫よね。いつか必ず体を取り戻すから、その時は》
「うんっ、一緒に世界中を旅して回ろう!」
夜の明かりに照らされながら、二人の夢を約束しあうトレミィとスピカだった。
「スピカ……お前……」
「スピカ様……あぁ……」
「あれ、リゲル? ジェルミも、どうしたの?」
不意の声に振り替えると、木々の間からリゲルとジェルミーナが顔を覗かせていた。その顔には憐れむ様な、嘆く様な、そんな表情が浮かんでいる。
「夜中に突然いなくなったので、心配して探しに来たのです。そしたら……」
そう言うと、涙を浮かべながら駆け寄ってくるジェルミーナ。
「悩みがあるなら言ってくださいっ、何でも相談に乗りますから!」
「お前、誰もいないのにずっと一人でしゃべって……突然笑い声を上げて……よく分からんが大変だったんだな、今まで気付けなくて悪かったな……」
「どうしたの二人とも!? 悩みなんてないよ?」
戸惑うスピカに、すがりついて声を上げるジェルミーナ。
「嘘です! 悩みが無いのだとしたら何ですか先ほどの奇行は!? きっと大変な目に合いすぎて、おかしくなってしまっているのですぅっ」
「明らかな異常行動だったぞ……正常な精神状態とは思えねえ……」
わんわん泣き声を上げるジェルミーナと、柄にもなく悲痛な面持ちのリゲル。そんな二人にぐったりと困り果てるスピカ。
《スピカ……これからは二人の時も声は出さない方が良いわね……》
(うん、そうだね……ところでどうしようこれ……)
それから、どうにかこうにか説得し、まともな状態であると納得してもらえたのは、太陽が昇り始めるころだった。
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