03話:始まり ~スピカという勇者~
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
一番古い記憶はゴミの山から覗く星空だった。思えばこの時から星空が好きになったのかもしれない。
自分で言うのもなんだけど、私は中々に過酷な人生を送ってきたと思う。
両親もいなければ頼れる人もいない。生きていく術も持っていない。そんな状態で身一つ、スラム街に放り棄てられたのが五歳の頃だったと思う。
とにかく毎日生きることに必死だった。当時の思い出は辛いものしかないけど、おかげで生き抜くための術を嫌というほど学ぶことが出来た。
勇者の素質を見出されたのは本当に幸運だったと思う。何せ教会が衣食住を確保してくれるのだから。
教会にいても良い扱いはされなかったけど、周りを気にしなければ特別悪い思いもせずに済んだ。
そうして気が付くと五等級勇者になっていた。しかし、何か目的があるわけでもなく、それこそ教義を信仰しているわけでもない。ただ何となく勇者になっていただけだった……
でも今は違う、人生で初めて一緒にいたいと思う相手が見つかったのだから。
★ ★ ★ ★ ★ ★
《ふぅ……》
(落ち着いた?)
《えぇ……じゃなくて、最初から落ち着いてるわよ! 泣いてないわよ!》
(フフッ、そうなんだね)
《そうよ? なによ!》
(なんでもないよ)
顔を赤くするトレミィを想像して頬が緩むスピカ。トレミィが落ち着くのを見計らうと周りを見渡す。
(ところで、ここはどこなんだろう?)
《スピカが倒れていた場所から少し西よ。昔は村があって亜人達が住んでいたのよ、でも今はすっかり廃れてるけど》
昔を思い出し少し寂しそうな声で答えるトレミィ。だがスピカとしては別のところに疑問を感じた。
(西なの? でも瘴気が全然ないよ?)
《瘴気はね、あれは漏れ出した私の力が原因なのよ。でも今はほとんど力を失った状態だから、瘴気も晴れてしまったのね》
(そんなことがあるんだ……)
《私も力が抑えられなくて、瘴気として溢れ出していたのよ……悪気はなかったし何でそんなことになったのかも覚えてないんだけど、でも私の瘴気で人間も亜人も魔物も皆死んでいって、いつの間にか邪神なんて呼ばれるようになっていたわ》
寂しそうな声で話をするトレミィ。そんなトレミィの声を聞き悲しそうに眉を下げるスピカ。
(全然邪悪な感じがしないのに、邪神って呼ばれてるのはそう言うことだったんだね)
《年々瘴気が広がっていったのもあるわ。昔はこの辺りにも亜人達が住んでいたけど、何百年も前に住めなくなって去っていったわ》
話を聞いていたスピカは合点がいったように手を叩く。
(そっか! トレミィが独りだったのって、瘴気が広がらないようにするためだったんだ! それでずっと一人でいたんでしょ?)
《じゃっっ、違うわよっ! 別にそんなんじゃないわよっ!》
「アハハハっ、変な声が出てるよ、それに嘘が下手だよ」
思わず声を上げて笑いだすスピカ。「むぅ」とトレミィは不満そうな声を上げるが、スピカはニコニコと笑みを浮かべたままだ。
(嘘つかなくていいのに、それにトレミィが優しい神様だって分かって嬉しいよ。やっぱり怖がられるような神様じゃなかったね)
《あ、うぅ、そうかしら……?》
(それに、瘴気が晴れたなら亜人達も戻って来るかもよ? 他の生き物だってやって来るかもしれないし。それか、私と一緒に世界中を旅しても良いかもよ!)
《そうね……そうかもしれないわね! そうしみゃしょぉ!》
「アハハハっ、また噛んでるよトレミィ」
瘴気の晴れた空の下、声を上げて笑うスピカと抗議の声を上げるトレミィだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
太陽が頭上を通り過ぎる頃。ひとしきり現状を把握したスピカは、目が覚めた廃屋に戻っていた。今後の方針について相談するためである。
強力、と思われる神託を得たとはいえ、未だその力の詳細は不明のまま。腰に差した剣以外まともな装備もなく、このまま夜になれば動こうにも動けない状況になってしまう。
さてこれからどうしようかと考え込むスピカ。そこへトレミィから質問が上がる。
《ねぇスピカ、今さらだけど本当に私で良かったの? 邪神の神託なんて、まず人間の国にはいられなくなると思うわ》
心配そうな声色のトレミィをよそに、肩までかかる髪を指でクルクルと遊んでいるスピカ。
(全然気にしなくていいよ。言った通り、私もトレミィと同じで一人だから)
《それってどういう……そもそもどうしてスピカはこんなところに一人でいたのかしら?》
(じゃあ少しだけ私の昔話でもしようかな?)
そう言ってベッドに腰掛けると、思い出す様に口を開く。
「覚えている最初の記憶は、スラム街のゴミ山から覗く星空かな。親の顔は覚えてなくて、何で自分がそんな場所にいたのかもよく分かっていなかった……覚えていたのはスピカっていう自分の名前で、分かっていたのは自分が両親に捨てられたっていうことと、このままだとすぐに死んじゃうだろうなってこと」
遠い目をしながら語り続けるスピカ。
「スラム街での生活は結構地獄でね、その日の食べ物もろくに手に入らない毎日で、生きるために口に入れられるものは何でも食べてたよ。腐ってても汚染されてても、とにかく食べられるものは何でも食べたかな」
当時を思い出すスピカは「うえっ」と舌を出す。
「もちろん体が受け付けるはずもなくて、何度も吐いたりお腹を壊したりして、数えきれないくらい死ぬ思いをしたかな。でもいつのまにか何を食べても平気になっていたけど」
そう言ってヘラヘラと笑うスピカ。
「それから、生きるために犯罪みたいなこともやったよ。盗みなんかしょっちゅうだったし、裏社会に関わるような危ない仕事もしてた。人が死んでいく姿も毎日見てた……何回も酷い目に合ったけど、生きるための術は嫌っていうほど学ぶことができたよ」
《そう……》
「そんなある日ね、炊き出しに行った教会で勇者としての素質を見出されたの。勇者として教育を受けることになれば教会が衣食住を確保してくれるって聞いて、それで勇者になったんだ」
重い内容にもかかわらず、スピカは飄々とした様子で話を進めていく。
「スラム街出身だったから色々嫌がらせをされたけど、スラム街にいたころに比べれば天国だったよ。それから、魔法は残念ながら使えなかったけど、運動神経と戦闘センスは凄く誉められて、だから毎日一人で剣を振ってたかな」
嬉しそうに微笑みながら腰の剣に手を添える。
「その後五等級勇者として認定されて、一年間の旅に出ることになったの。皆私とパーティは組みたがらなかったけど、一組だけ荷物持ちとして入れてくれて。でも二日前、近くの街でパーティの一人に行方不明になっちゃって、それで探すためにこっちの方まで来てたってわけ」
そう話を締めくくると、持っていた地図とマスクをベッドの上に並べる。
(でも結局、行方不明っていうのも嘘だったんだと思うな。このマスクも細工がされてるみたいだし、地図も瘴気が濃い方へ誘導するような書かれ方をしていたから。きっと私の事が嫌いで殺そうとしたんだね)
何でもないことのように語るスピカだったが、聞いていたトレミィの胸中には怒りの感情が渦巻いていた。
《……おかしいわよ……》
(うん?)
《おかしいわよそんなの! なんでスピカがそんな目に合わないといけないのよ!? だってスピカは何も悪いことはしてないじゃない!!》
(そんなことないよ、小さいころから悪いことばかりやって生きてきたから)
声を張り上げるトレミィだったが、カラカラと笑うスピカの様子に言葉を詰まらせる。
《でもっ……》
(過ぎたことだし私は気にしてないよ、どうでもいい人達だったしね。それに、おかげでトレミィと出会えたんだから、悪いことばかりじゃないよ)
《そうかもしれないけど……》
(そういうわけで私もずっと一人ぼっちだったけど、でも今は一人じゃなくなったから。だからトレミィはずっと私の神様でいてね?)
ニッコリと笑顔を浮かべたスピカは、ベッドから立ち上がると目の前に相手がいるかの様に語りかける。すると、一瞬の間を開けてトレミィの声が頭の中に響き渡る。
《もっちろんよ! 任せなさいよ!》
スピカにとって、これまでの人生はとても空虚なものだった。
しかし今日、人生で初めて一緒にいたいと思う相手に出会うことが出来たのだ。
強がりで寂しがり屋で、おっちょこちょいな女の子の神様。彼女のための勇者でいよう、そう心から思うスピカだった。
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