29話:勇者アランのその後 ②
2019/10/18 タイトルを修正しました。
※今回も残酷な描写があります、ご注意ください。
勇者クライヴの敗北から少し時間が経ったころ、薄暗い森の中で一人目を覚ますアラン。
「ぐっ……うぅ……」
起き上がろうとするが、全身を襲う激しい痛みにうめき声をあげる。
周囲を見回すと、鬱蒼と茂る木々の間から星明りが差し込んでいる。自身の周りには折れた木の枝が散乱していた。
霞む意識の中、記憶を辿るアラン。
「そうだ……あの女っ……」
女エルフを追い詰め捕らえようとした矢先、背後からの強い衝撃に放り飛ばされたことを思い出す。その一瞬、視界に映ったスピカの姿を思い出すと苦々し気な表情を浮かべる。
「木がクッションになったのか、助かった……」
痛む体を無理やり起こすと、あらためて周囲を観察する。星明りが差し込むとはいえ、一歩踏み入ればたちまち視界を覆うであろう濃い闇。武器も失った今、魔物に襲われでもしたらひとたまりもない状況である。
不安に駆られ一人森の中をさ迷っていると、遠くからくぐもった声が聞こえてくる。
「これは、ヴィンスさんの声だ」
聞き覚えのあるその声に表情を緩めると、声の方へ足を進める。しかし、間もなく声の元へと辿り着くかといった所で異変を感じ足を止める。
ぐちゃり、と何かを引きちぎるような音が聞こえてくる。音のする方を見ると、暗闇に紛れて大きな影がうごめていいた。
「何だ……? あれ……は……」
闇に慣れてきたアランの目が、影の正体をはっきりと捕らえる。その正体を見て、顔を青くしながら後ずさるアラン。
そこにいたのは巨大な熊型の魔物。グズリーが二頭、互いを押しのける様にしながら何かを一心に貪っていたのだ。
二頭が一心に貪る先、肉の引きちぎられる嫌な音に紛れ、聞き覚えのあるうめき声が聞こえてくる。
「そんなっ……まさか!?」
「ぅ……ぁ……助け……」
二頭のグズリーが貪っていたもの、それは紛れもなく勇者クライヴのパーティであった戦士ヴィンスだった。見る間に食い荒らされていくヴィンス。切り裂かれ、噛み千切られ、次第にうめき声も聞こえなくなる。
「な、何が……一体何が……!?」
「いやああぁぁ………………!!!」
恐ろしい光景を前に固まっていると、脇の茂みから女性の叫び声が聞こえる。グズリーに気付かれない様、そっとその場を離れたアランは、ゆっくりと茂みに分け入っていく。
すると間もなく、飛び散った血痕と脱ぎ散らかされた女性物の衣服が目に留まる。何事かと目を見開いていると、茂みの奥でうごめく影が目に留まる。
「助けてぇ! 助けてええぇ!!」
茂みの奥に目を凝らすと、十匹近いゴブリンの群れがぞろぞろと茂みの奥に消えていくところだった。そしてその中心には、衣服をはぎ取られ、血を流しながら叫び声を上げ続けるシェリーの姿が。必死で身をよじっているようだが、抵抗虚しくゴブリン達に引きずられていく。
また、その横にはもう一人ぐったりと意識を失った裸の女性が、同じ様にゴブリン達に引きずられていた。顔は潰れて判別がつかないが、鮮やかな赤い髪色を見てその女性がリンジーであるとすぐに気付くアラン。
「ひっ……リンジーさん、シェリーさん……ひいぃ!」
半狂乱になり闇雲に走り出すアラン。しかし、すぐに何かに躓き、転がりながら木に激突することになる。
「いっ……つうぅ……何が……」
痛みに顔をしかめながら地面を確かめる。そこにあったものを見て、固まったように動かなくなるアラン。
「コリー……さん……?」
何かの魔物に襲われたのだろうか。血だまりの中、ぼろきれの様になったコリーの姿があった。もはや原形を留めていない状態だが、着ている衣服から何とかその死体がコリーであると判別できる。
「あ……あぁ……コリーさんまで……」
腰を抜かし這いずるアラン。そこへ木々の間を抜け人影が走り込んでくる。
「ジェロームさん!」
現れたのは魔法使いであるジェロームだ。しかし、その全身は青白い炎に包まれている。焦点のあっていない目でぐるぐると周囲を見回すと、前が見えていないかの様に再び走り出す。
「ジェロームさんっ、どうしたんですか!」
「ぃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!??」
まるでアランの声が聞こえていないかの様に、よだれを垂らしながら奇声を上げるジェローム。すると、その体を包んでいた青白い炎が一斉に周囲を飛び回り、ジェロームの顔に集まったと思いきや大きな炎を上げた。
「ええぇぁああああ!?あぎいいぃぃぃぃぁああ!!??」
顔中を包む青白い炎。その正体である死霊型の魔物"ウィルオウィスプ"によって、みるみる生気を吸い取られていくジェローム。
生気の無いくすんだ顔色となったジェロームは、そのまま糸が切れた様に倒れ動かなくなる。
「ひぃっ、ひいいぃぃぃぃ!!」
叫び声を上げ逃げ惑うアラン。木々の間を抜け開けた場所へ出るが、そこでとぐろを巻いた巨大な影に遭遇する。頚部にフード上の皮膚が張った、巨大な蛇型の魔物"アスピス"だ。
ガルムに匹敵する強力な魔物であるアスピスだが、今はアランの事など眼中にない様子で、自身の巻くとぐろの中心に視線を向けている。
その視線の先、とぐろの中では体中に焦げ跡を残した人影が身動きの取れない状態で顔を覗かせていた。
「そんな……クライヴ……さん……?」
「アラン……助けろ……」
うつろな目でアランの姿をとらえたクライヴは、かすれる声で助けを求める。しかし――
「アレ……ン……ぅがっ!? あぁぁああっ、ぉご……」
とぐろに締め上げられうめき声を上げるクライヴ。体中からバキバキと骨のへし折れる音が聞こえると、口から血を吐いて動かなくなる。獲物が十分に弱ったことを確認したアスピスは、チロリと舌を出すと大きく口を開きクライヴの頭にかぶりつく。
「ぁあ……嫌だ……」
かすかに声を上げたクライヴだったが、なす術もなく生きたまま丸のみにされてしまった。
「何が……何が起きてっ……」
次々と起こる凄惨な事態にパニックを起こすアラン。そんなアランに追い打ちをかける様に、目の前に何か重たいものが落ちてくる。
「え? ……ひっっ、ひいいぃぃ!!?」
突然落ちてきたそれは、スピカによって切り落とされ、そして最後に投げられたイアンの頭部だった。
(地獄だ……ここは地獄だ……)
過呼吸気味になりながらも、開けた場所からそのまま森を抜けたアラン。
「きょ……教会に……伝えないと……」
スピカの思惑通り、まさに地獄を見せられたアランは、恐怖に駆られたまま一目散に逃げてゆくのだった。
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