26話:襲撃者との戦い ~万能薬(エリクサー)~
※2019/10/18 タイトルと内容を微修正しました。
ジェルミーナの唇を通じ、虹色の液体が喉を通っていく。
「んっ……んぐ……ぷはぁっ」
口移しを終えたジェルミーナは、頬を赤く染めながら大きく息をつく。視線の先では抱きかかえられたままのスピカがゆっくりと息をしている。
「スピカ様……?」
不安げに顔を覗くジェルミーナ。しばらくゆっくりと息をしていたスピカだったが、突然大きく息を吐く。
「カハッ」
「スピカ様!?」
「おいっ、早く離れろ!」
ジェルミーナの襟首をつかみ、強引にスピカから引きはがす金髪の少年。引きずられる手を振り払い、キッと睨みつける。
「あなた! スピカ様に何を飲ませたのですか!? スピカ様が苦しんでいます!」
「黙って見てろ!」
言い争う二人の前で、スピカが体を大きくのけぞらせながら声を上げている。
「あっ……はあぁっ……ああぁっっ……」
「スピカ様!!」
駆け寄ろうとするジェルミーナ。しかし、ジェルミーナもまた自身の変化に足を止めるうずくまる。
「んっ……あぁ……んあぁっ」
頬を上気させ声を上げるスピカとジェルミーナ。そのスピカの肢体、内出血で赤黒く変色していた個所が、みるみる内に健康的な肌色に戻っていく。二の腕と太ももを貫いていた杭も、何かに押される様に自然に抜け落ち、次の瞬間には傷口が塞がっている。
黒く焦げていた体は新しい皮膚に修復され、あっという間に傷一つない綺麗な体へと再生されていた。先ほどまで青白く染まっていた顔色は、今はほんのりと赤みを帯びている。
うずくまっていたジェルミーナも、切り傷が全て治っていた。大きく息をつくその顔はスピカと同じくほんのりと赤みを帯びている。
「う……うん……」
ゆっくりと起き上がるスピカ。その姿を見て、涙を溢れさせながら駆け寄るジェルミーナ。勢い良く抱き着くと、体中をペタペタと触り怪我の具合を確かめていく。
「スピカ様ぁーー!! 無事でよかったですっ、お怪我は……お怪我はもう治ったのですか? どこも痛くありませんか? 苦しくありませんか?」
《スピカ!! 良かったわ、どこもおかしなところはない?》
「大丈夫だよ、どっこも痛くない」
そう言って立ち上がると、確かめる様に軽く体を動かす。すると、先ほどの少年が近づいてくる。
「よう、ちゃんと効いたみたいだな」
「うん、あなたは……?」
「あぁ、俺はリゲルって言うんだ。お前はスピカだろ? そこのエルフが何度も名前を呼んでたからな」
金髪の少年リゲルは、未だに泣きわめいているジェルミーナを指差しながらそう言う。
「リゲルね、さっきの薬はリゲルがくれたんだよね、ありがとう!」
「例には及ばねえ、俺も貴重な人体実験が出来たからな」
「「人体実験!?」」
リゲルの言葉に驚きの声を上げるスピカとジェルミーナ。そんな二人の体を確かめる様に触ってまわる。
「どこにも異常はなさそうだな……傷も完全に治ってる……」
「ちょっ、ちょっと! あなたどこを触っているのですか!?」
「あ? お前も少しだが口にしたんだ、効果を確認するのは当然だろう」
「そんな風に女性の体を触るなんてっ、破廉恥です! スピカ様もじっとしてないで何とか言って下さい!」
「私は別に平気だけど。それよりリゲル、私に飲ませてくれたのは何だったの?」
「あぁ、あれはエリクサーだ」
「エリクサー!?」
《やっぱり……》
驚きの声を上げるジェルミーナと、納得の声を上げるトレミィ。一人心当たりがないスピカが疑問を浮かべる。
(エリクサー? って何だろ?)
《エリクサーっていうのは錬金術の秘薬よ。万能薬とも呼ばれ、あらゆる傷や病を一瞬で治療してしまうの。でも、生成するための技術は大昔に失われたはずなのよ……》
首をかしげるスピカと驚きに目を見開くジェルミーナを見て、リゲルが説明を加える。
「エリクサーって言っても俺が作った偽物だ。作り方もかなり自己流が入ってるから、オリジナルみたいな効果は期待できねえし、正直ちゃんと効くかも怪しい代物だな」
「作ったのですか? ……エリクサーを……あなたが?」
「あぁ、だが本物のエリクサーには程遠い出来だな。それに、作ったは良いが使う機会がなくってな。悪いとは思ったが、実験も兼ねてスピカに飲んでもらった」
「あ……あなたはっ……エリクサーを……本当に……」
驚きのあまり言葉を詰まらせたままのジェルミーナ。スピカは納得した様に首を縦に振る。
「そっか……それで人体実験だったんだね」
「ああ、正直飲んだ瞬間に死ぬ可能性もあったが……結果は上々だな。傷も綺麗に消えてるし、内側のダメージも完全に治ってるみたいだ。副作用はあると思うが、それは合意の上だしな」
「副作用?」
「飲ませる前に言ったろ?寿命が縮むんだよ。癒すのに無理やりエネルギーを使うからな、傷や病気の程度次第だが数年か、あるいは十数年か寿命が縮んでるはずだ」
《そうね……あれほどの効果……少なからず副作用はあるわよね。それにしてもこの男、完全ではないとはいえエリクサーを作ってしまうなんて》
「うん……まあそれくらいは仕方ないよね。ところでリゲルはどうしてここに――」
「キャアアァァッ……」
スピカが訪ねている最中、村の中心部からかすかに叫び声が聞こえてくる。我に返ったジェルミーナが青い顔をしながらそちらの方向に目を向ける。
「そうだ、お兄様達が! 皆が!!」
「おっと、長話してる場合じゃねえな。悪いがスピカ、話の続きは後でゆっくりしよう。スピカに頼みたいこともあるしな」
「わかった、ありがとうリゲル。それと……」
そう言うと不安気なジェルミーナをぎゅっと抱きしめるスピカ。突然のことに狼狽するジェルミーナの耳元で囁く様に声を掛ける。
「ジェルミーナも、私のために命を懸けてくれてありがとう」
「あ……あぅ……スピカ様っ……」
「お礼はきちんとするからね、それと……」
顔を真っ赤にするジェルミーナ。そんなジェルミーナからそっと離れたスピカは、安心させるように肩に手を乗せる。
「ジャンルーカも村の皆も、絶対私が助けるから!」
そう言ってにっこりと笑顔を浮かべる。
「はうぅ~~」
ボンッと音を立て、顔から湯気を上げながらその場に崩れ落ちるジェルミーナ。
《スピカ……あなた相当な"たらし"ね……ちゃんと責任取りなさいよ……》
(責任?)
首をかしげるスピカだったが、頭を切り替える。
「よしっ」
《ちょっと待ちなさいスピカ! その格好で行く気じゃなでしょうね?》
「いや待て待ておい! その格好で行く気か?」
「ん? あぁ……」
勢いよく歩き出そうとして、トレミィとリゲルに呼び止められるスピカ。よくよく自分の姿を見ると、裸足で下着姿に長剣装備という何とも不格好な装いだった。
「そうだね、家がすぐそこだから着替えてくるよ。ついでにジェルミーナも休ませないと」
「いえ、私も連れて行って下さい!」
「ジェルミーナも?」
「はい、傷は全て治っています。足手まといにはなりませんから、お兄様を……皆を……」
消え入りそうな声のジェルミーナ、スピカはその手を取ると家に向かって走り出す。
「分かった! じゃあジェルミーナも一緒に行こう」
「はい!」
顔をほころばせるジェルミーナ、その手を引きながらスピカは自宅の前までたどり着く。
「じゃあさっと着替えてくる。リゲルは……」
「あぁ、俺はここで休ませてもらえると嬉しいね」
「うん、じゃあ一緒に入って」
そう言ってリゲルを家に上げようとするスピカ、しかしジェルミーナが待ったをかける。
「ダメですよ! スピカ様が着替えるのに一緒に入るなんて!! 外で待機です!」
《良いこと言ったわ! スピカの恩人とはいえ着替えの場に一緒にいるなんてっ、これ以上私のスピカがエッチな目に合うのは許せないわ!》
「んー、私は気にしないけど……」
《ダメよ! その男は外で待機ぃーー!!》
「気にしてください!絶対にダメですぅ!!」
「分かった分かった、俺はここで待ってるから、さっさと済ませてくれ」
そう言うと地面に座り込む呆れ顔のリゲル。その様子を一瞥するとスピカの背を押しながら、ちゃっかりと自分は家に入って行くジェルミーナだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
数分後。
着替えたスピカと赤い顔のジェルミーナが家から出てくる。スピカが初めてこの村を訪れていた時に来ていた装いだ。
「おう、中々様になってるな」
「どうも、それじゃあ……」
そう言うと夜空を見上げるスピカ。直後、スピカの周りを漂っていた光の粒子が数倍にまで膨れ上がる。
「スピカ様……綺麗です……」
「これも中々興味深いな……」
《スピカ、準備は良いわね!》
(うん! 体も治ったし、今度こそ!)
《ええ! やられた分はしっかり返して、いいえ! それ以上の目に合わせてやるのよ! 地獄を見せてやりなさい!!》
(分かった!)
ジェルミーナを下から掬い上げる様に持ち上げる、いわゆるお姫様抱っこだ。頬に手を当てあうあうと声を上げるジェルミーナをしっかりと抱きかかえる。
「それじゃあリゲル、ちょっと行ってくるね!」
「ああ、せいぜい死なねえ様にな」
「うん!」
そう言うと一気に跳躍する。
完全復活したスピカは、流星の様に尾を引きながら、勇者たちの元へ飛んでいくのだった。
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