25話:襲撃者との戦い ~金色の髪の少年~
※2019/10/18 タイトルと内容を微修正しました。
「何だ貴様は……?」
スピカの姿を見て、警戒しナイフを構えるイアン。ジェルミーナはイアンの存在も忘れ、スピカの姿に目を奪われている。
「スピカ様!」
「待てエルフ! 逃が――」
スピカに駆け寄るジェルミーナ。そのジェルミーナを逃すまいと、逆手に持った両手のナイフを交差させ背後から飛び掛かるイアン、しかし。
ビュンッッ
「――さねぇ……え……?」
ドサッ……
風切り音が響く。驚きに見開かれたイアンの目に映るのは、首から上を失い血を吹き出しながら倒れる自身の体だった。
ジェルミーナもまた、一瞬のうちに姿を消したスピカに戸惑いの表情を浮かべるが、転がるイアンの頭部を目にし、小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……」
目にも留まらぬ早業で、イアンの首を跳ねたスピカ。アランの持っていた長剣を軽々と振り回し、光の粒子を散らせながらジェルミーナに向けてにっこりと微笑む。
「ふうっ、危なかったね」
「スピカ様……これは……これはいったい……?」
「ジェルミーナ、怪我……は……」
ジェルミーナに向かい歩き出そうとしたスピカだったが、突然力が抜けた様に膝をつく。
「スピカ様!?」
《スピカッ!!》
地面に這いつくばったまま動けないスピカにジェルミーナが駆け寄る。その体はいたる所に焦げ跡が残っており、二の腕や太ももには杭が突き刺さったままだ。
「うそっ……こんなっ……ひどいお怪我を……」
(う……体が……上手く動かない……)
《魔法剣のダメージが残ってるのよ……体の内側を焼かれてるから……》
悲痛な声を上げるトレミィとジェルミーナ。何とか起き上がろうとするスピカだが、ぐしゃりと地面に崩れ落ちると、口から血を吹き出しぐったりと動かなくなる。
(はぁ……体が熱い……力が入らない……)
《やっと……やっと夜になったのに……これじゃあ……》
「スピカ様! お願いですっ、目を開けて! しっかりして下さい!! あぁぁ……」
《駄目よスピカ! 眠っちゃダメ!! 私の声を聞いてっ、意識をしっかり保って……》
ボロボロと涙を流しながらスピカを抱きかかえるジェルミーナ。トレミィも嗚咽交じりの声でスピカに呼びかける。
魔法剣の直撃で体内に負っていたダメージが、急に体を動かしたことで一気に表面化したのだろう。内出血で皮膚を赤黒く染めながら、浅い呼吸を繰り返すスピカ。必死に声を掛けるトレミィとジェルミーナだが、徐々に呼吸の浅くなっていくスピカに絶望の表情を浮かべる。
消え入りそうな声でスピカを呼び続けるジェルミーナだったが、不意に背後から声が掛けられる。
「おい、そいつ死にかけてるのか?」
声に驚き振り向く。そこには、美しい金色の髪の人影が立っていた。
突如ジェルミーナの背後から現れたその人影。
幼い少女のような顔立ちに、綺麗な金色の髪を頭の後ろで無造作にくくっている。濃いオレンジのロングコートに大きなリュックを背負ったその人影は、警戒するジェルミーナを無視してずかずかとスピカの元へ近づいてくる。
「なっ、何ですかあなたは!?」
「あ? 俺の事なんかどうだって良いだろ、それよりもこいつだ」
「え? 男の子……?」
幼い顔立ちとはかけ離れた荒々しい口調。やや高めだが男の声色に、ますます戸惑いの表情を強めるジェルミーナ。少年はそんなジェルミーナを強引に押し退けると、素早くスピカの体を触り始める。
「ちょっと! 何をしているのですか!! 女性の体にそんなっ!?」
「黙ってろ、このままだとこいつ死ぬぞ」
「死っ……」
言葉を詰まらせるジェルミーナを無視して、スピカに声を掛ける少年。
「おい! 女! 俺の声が聞こえるか? おい!!」
「う……」
《ちょっと! こいつ弱ってるスピカになんてことするのよ!! でも良かった。スピカ、もうこのまま目を覚まさないかと……》
ペチペチと頬を叩かれ何とか意識を取り戻すスピカ。トレミィも一瞬怒りの声を上げるが、スピカが意識を取り戻したことに安堵する。少年はそんなスピカに聞こえる様、耳元に顔を近づける。
「いいか、お前はこのままだとすぐに死ぬ。体の内側がボロボロになってやがるから、ちょっとやそっとの回復魔法でも治せねえ」
「うぅ……」
少年の言葉に小さく頷くスピカ。
「だが、俺ならお前を助けることが出来るかもしれねえ」
涙を流しながら話を聞いていたジェルミーナは、その言葉に大きく目を見開くと、少年に縋りつく。
「お願いします! スピカ様を助けてください! 何でもしますから! お願いですぅ……」
「ああもうっ、お前うるせえ! ちょっと黙ってろって!」
まとわりつくジェルミーナを振り払うと、リュックを探りながら話を続ける。
「良いか? 助けることが出来るかもしれねえが、絶対じゃねえ。相応のリスクもある。それに、俺もただのお人好しじゃねえ、助ける代わりにこちらの願いも聞いてもらいてえ、それでも良ければ……」
そう言うと、背負っていたリュックから一本の試験管を取り出す。ぼんやりと虹色に光る液体をスピカに見える様に差し出す少年。
「この薬を飲め、そうすれば助かるかもしれねえ」
怪しく光る液体に怪訝な表情を見せるジェルミーナ。スピカもその液体を訝しむ様に眺めている。しかし、トレミィだけはその液体を見て別の反応を見せる。
《これは……本物かしら? だとしたら……》
(……トレミィ……?)
《スピカ、この液体が本物ならスピカは助かるかもしれないわ……でも本物じゃなかったら……》
(そっか……)
トレミィの言葉に小さく頷くと、少年の方へ眼を向け小さく口を開く。
「……わかった……」
「そうか」
スピカの返答を聞きニヤリと笑みを浮かべる少年。そのままスピカを抱きかかえ液体を飲ませようとするが、そこで小さく舌打ちをする。
「ちっ、飲む力も残ってねえのか……」
飲みきれずにスピカの唇を伝う液体を見ながら、苦々しい表情を浮かべる少年。一瞬考える様な仕草を見せると、隣で見守っていたジェルミーナへ視線を向ける。
「おいエルフ。お前、こいつを助ける為なら何でもするって言ったよな?」
「え? あ、はいっ」
突然話しかけられ驚きつつも肯定の意を伝えるジェルミーナ。
「つまり、お前はこいつの為なら命も懸けられるということだな?」
「命っ……」
命という言葉を聞き、一瞬だけ逡巡するジェルミーナ。しかし、すぐに強い眼差しで答える。
「もちろんです、スピカ様の為なら!」
「分かった。それじゃあ、お前がこいつに飲ませろ」
ジェルミーナの答えに頷くと、押し付ける様に試験管を渡す少年。意味が分からず、渡された試験管をじっと見つめるジェルミーナ。
「……え?」
「だから、お前が口移しでこいつにそれを飲ませろって言ってるんだよ」
「口移し……」
ボンッと顔を赤くするジェルミーナ。
「わっ……私がスピカ様とっ……口移し……その……キキキ……キスをっ……!!??」
「おい! 落とすなよ!!」
あわあわと手を振るジェルミーナに声を荒げる少年。しかし、その表情はすぐに真剣なものへと変わる。
「何を浮かれているのかは知らねえが、その薬はリスクもあると言っただろう? 確かに命を救う可能性がある。しかし、下手をすれば逆に命を奪う可能性もある」
真剣な声色に表情を硬くするジェルミーナ。
「口移しで飲ませるということは、少なからずお前にもそのリスクがあるということだ。だから命を懸けられるのかと聞いた。それに、たとえ命が助かったとしてもほぼ確実に寿命は縮む。口に含むのであればお前の寿命も縮むことになるだろう。その覚悟があるなら」
一度言葉を切ると、ジェルミーナに場所を空ける。
「命があるうちに早く飲ませてやれ」
少年の言葉に息をのむジェルミーナは、痛々しい姿のスピカに目を向ける。小さく首を横に振るスピカを見て、優しく微笑むジェルミーナ。
(ジェルミーナ……ダメ……)
「スピカ様、大丈夫です。今お助けしますから……」
そう言うと、一息に液体を口に含む。
そのままゆっくりとスピカを抱きかかえると、そっと唇を重ねるのだった。
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