21話:勇者アランのその後 ①
※2019/10/18 タイトルと表記方法を修正しました。
スピカ達の村から東に二~三日ほどの位置にある、人間による拠点都市。正式名称"城郭都市コントラカストラ"は、東部正教会によって開発された、人口五千人程度の中規模都市である。
コントラカストラの主な役割は、邪神の領域に異変が起きていないかを監視し、異変があった際には速やかに東部正教会まで報告を行うこと。そして、北に位置する魔物達の領域から、敵が進行してくるのを防ぐことである。
そういった背景から、コントラカストラには二等級や三等級といった高位の勇者も多く滞在しており、東部正教会によって保護されたこの都市は、あらゆる脅威から人々を守る希望の都市として名を馳せていた。
しかし、街の実情は希望の都市という名とはかけ離れたものであった。全ての富と利権が東部正教会に集められており、一般市民は常に貧困に苦しんでいる。一歩路地を入ると、亜人奴隷の人身売買が当たり前のように横行している。
権力と暴力に支配された、腐敗した都市。それが、コントラカストラの実態であった。
時間は少し遡り、スピカがアラン達を撃退した四日後。
街の酒場では、昼間にもかかわらず酔った男達の下品な笑い声が響いていた。酒を煽っているのは、ウェーブのかかった金髪が映える長身の男と、黒い髪を短く切り揃えた、がっしりとした体格の男である。
「ヴィンス! さっきのはやりすぎだろう」
「お前に言われたくはねぇなクライヴ! お前に当たった女、最後はボロ雑巾みたいになってたじゃねぇか!」
金髪の男クライヴと、黒髪の男ヴィンス。二人の話している話題は、亜人達が働く娼館についてである。
奴隷として無理やり働かされる亜人の女性達。そして、奴隷に人権など存在しないという理由で、何をしても許される低俗極まりないその娼館。
クライヴとヴィンスが先ほどまで訪れていた、行きつけの店である。
「おいおい! ヴィンスに選ばれた女の方が可哀そうだろう! お前が遊ぶと漏れなく二度と店には出せない状態になるしな。その点俺の方がまだ優しいと思うぜ?」
「はっはっ! 俺様は大したことしてねえさ、脆すぎるあいつらが悪いんだろうが?」
「ま、所詮亜人だしな。どうなろうと知ったことではないけどな」
そう言うと再び笑い声を上げる二人。その横では、長い赤髪が印象的な妙齢の女と、長い茶髪を後ろで縛った壮年の男が、覚めた目で二人を見ている。
「ホンット下品! 嫌になるわ全く」
「そう言わないで下さいリンジー、男には息抜きが必要なのです。それに、亜人達は異教の徒です。ああやって亜人たちを苦しめてくれているのなら、むしろ推奨するべきことではないですか」
朗らかに笑う茶髪の男。その様子に赤毛の女、リンジーは「うげっ」と声を上げる。
「コリー、アンタの方がよっぽど質が悪いわよ! 知ってんのよ、あんたガキにしか興味ないんだって?そういう店ばっかり行ってるんでしょ」
「そう言うリンジーこそ、夜な夜な男娼の所を渡り歩いては、中々えげつない遊び方をしているようですね?あなたの相手をした男は二度と使い物にならなくなると噂になってますよ?」
「うるさいわね!」
茶髪の男、コリーの言葉に怒りの表情を浮かべるリンジー。そんなリンジーの様子に笑い声を上げるヴィンス。
「おいおいリンジー、あんまり怒ってるとどんどんシワになっていくぜ。溜まってるなら今夜俺様が相手をしてやろうか?」
「ヴィンスは黙ってなさい!」
キッと目をとがらせるリンジー。一触即発の雰囲気の中、あわただしく店に飛び込んでくる一人の人影があった。
「ハァッ……ハァッ……クライヴさん……っ」
「あ?何だ、アランか?」
訪ねるクライブの視線の先。そこには血と泥で汚れ、顔面を蒼白にした五等級勇者アランの姿があった。
「クライヴさんっ……ハアッ……皆さんもいてくれて良かったっ……ハアッ……お話ししたいことが……ハアッ……」
「ちょっと、落ち着きなさいよ。それにあんた凄く臭いわよ」
「そうですね、まずは落ち着いたらどうです? それとアラン、モーガンとラッセルの姿が見えない様ですが?」
「モーガンとラッセルは……」
俯いたまま話すアラン。一度言葉を切り、ゴクリと喉を鳴らすと顔を上げ口を開く。
「モーガンとラッセルは死にました! 殺されたんです!」
………………
アランの言葉に、場が静寂に包まれる。少しの間を開けクライヴが口を開く。その表情は先ほどの酔っていた表情とは打って変わって冷静な顔つきだ。
「アラン、詳しく説明しろ。確かお前達、逃げて行った亜人達を追っていたよな?」
「はい、そいつらを追って西に進みました。それから……」
そしてアランは、亜人たちを追った先での出来事を全て話した。
★ ★ ★ ★ ★ ★
静かな店内にアランの声だけが響いている。話を聞く四人はそれぞれ険しい表情でアランの話を聞いていた。
「それで、モーガンはその場で黒い大きな魔物に食い殺されました。ラッセルは両腕を食われてしまって……何とか連れて帰ろうとしたんですが、途中で魔物が襲ってきて……あいつは生きたまま連れ去られました……恐らくはもう……」
青白い顔でそう告げるアラン。黙って腕を組み話を聞いていたクライヴは顔を上げ口を開く。
「そうか……まずはお前が無事に帰ったことを喜ぼう。二人は残念だったが、勇者である以上そういう覚悟もしていたはずだ」
「クライヴさん……」
「それにしても、亜人達は西に逃げていたのですね。あちらは邪神の瘴気があるので避けるだろうと思っていましたが。しかしなぜ瘴気が無くなっているのでしょうか?」
「さぁ? そんなこと知らないけど。それよりその女勇者、亜人達と一緒にいたですって? 意味分かんないわよ、勇者なんでしょう?」
「黒い魔物というのも気にらねぇか? 特徴からしてガルムだと思うが、あれが人間や亜人に使役されるなんて聞いたことねえしよ」
思い思いに口を開く三人。すると、立ち上がったクライブが大きく手を鳴らし注目を集める。
「何にせよだ、その亜人共や女勇者が本当に邪神の領域にいるのであれば、それこそ邪教の者として粛清するべきだろう。話を聞く限り、脅威となりそうなのはガルムらしき魔物だが、一匹なら俺達のパーティでも十分対処ができる」
「ガルムくらいなら俺様一人でも十分だぜ?」
「ヴィンス! あんた黙ってなさい!」
にらみ合うヴィンスとリンジーを手で制すクライヴ。そのままコリーの方へ目線を向ける。
「コリー、セドリック達はまだ戻ってなかったな?」
「そうですね、二~三週間は戻らないと言っていましたから」
「おいおいクライヴ、セドリック達まで連れて行く気か? 俺様達だけで十分だろう」
「いや、不確定要素がある以上戦力は整えておいた方がいいだろう。俺達に加えセドリックのパーティも加われば……」
一度言葉を切ったクライヴは、ニイッを醜悪な笑みを浮かべる。
「薄汚い亜人共を一人残らず完璧に蹂躙できる。例の女勇者に黒い魔物もな」
クライブの言葉を聞き、笑みを浮かべる残りの三人。
「安心しろアラン、敵は俺とセドリックで取ってやるよ」
男の名はクライヴ。戦士ヴィンス・魔法使いリンジー・僧侶コリーら共にパーティを組み、コントラカストラを拠点とする二等級勇者である。
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