02話:始まり ~邪神~
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
千年間、たった一人でこの地に在り続けた。
"邪神"と呼ばれ、人からも人ならざる者達からも、等しく恐れられ。荒涼としたこの地に、一人孤独に在り続けた。
しかし、そんな永遠とも思える孤独にも終わりの時が来た。
「嘘!? 人間が倒れてる、まだ息があるじゃない!」
孤独に生きてきた私の前に唐突に現れたその人間。しかし今にも息絶えそうな様子だ。
「あぁ……このままだと死んでしまうわ……でもせめて少しでもお話しがしたいわ」
どうにか意思の疎通が図れないかと声を掛けてみるが、返事が返ってくることはない。そのうちにうっすらと開いていた瞼も落ちて行く。
もうダメなのかと思ったその時、小さく口が開いた。
「死……だら……お星さま……に……なり……たいな……」
そう言い残すと、完全に意識を失ってしまう人間。
「って、えぇ!? お星さまって、どういうことよ? でも何百年ぶりかにお話ししちゃったわ、フフフっ……じゃなくて! お星さまって……お星さま……」
数百年ぶりの会話に浮かれる自分を諫め、掛けられた言葉を反芻する。そして一つの答えに辿り着く。
「そっか……それがこの人間の願いなら……」
それは、私にとって数百年待ち望んだ出会いだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「うぅん……」
スピカが目を覚ました場所、そこは今にも崩れそうな廃屋の一室だった。
キョロキョロと周囲を見渡すスピカ。今にも崩れそうな壁からは風が入り込み、穴の開いた天井からはどんよりとした曇り空が垣間見えている。
(ここは、どこだろ?)
ぼんやりとする頭を晴らすように頭を振り、ギシギシと怪しげな音を立てるベッドから身を起こす。そのまま立ち上がると大きく伸びをする、しかし体のどこにも異常はない様子だ。
スピカが気を失う直前、限界を迎えていたはずの体、しかしどういう訳かすっかり回復している様子である。
(どういうことだろ、もう死んじゃうのかと思ってたけど……そういえばあの女の子は、幻だったのかな?)
頭を捻りながら廃屋の外に出るスピカ、すると同じような廃屋が点々目に入る。どうやら打ち捨てられた廃村の様な場所であると予想を立てるスピカ。
《ぁー……あー……聞こえるかしら? 聞こえるかしら?》
服や装備に異常が無いか確認していると、どこからともなく響いてくる声。その声にギョッとするスピカは、周囲を見回すが人影らしきものは見つけられない。
不審に思い小首をかしげるスピカ。すると再びどこからともなく甲高い声が頭に響く。
《ちょっと! 聞こえてるなら返事をしなさいよ!》
「ひぇ! 何? 誰?」
はっきりと聞こえたその声に、小さく悲鳴を上げ再び周囲を見回す。そこでスピカは違和感に気付く。
(あれ? でも今、なんだか頭の中だけに声が響いていた様な……)
《なんだ、ちゃんと聞こえてるんじゃない》
三度目の声。意識を向けていたこともあってか、今度ははっきりと頭の中で響いたその声を聞き取ったスピカ。
「え、何この声……幻聴?」
頭を捻るスピカ。トントンとこめかみを叩いていると、四度目となるその声が頭の中に響く。
《良かったわ、ちゃんと声が届いて。体の調子はどうかしら? どこかおかしいところはないかしら?》
「うん、体の調子は良い……じゃなくて! その前にあなたは何!?」
思わず返事をしてしまい、慌てて問いただすスピカ。眉間にしわを寄せキョロキョロと周囲を警戒していると、声の主から返答が来る。
《そうよね、そうなるわよね、ちゃんと順番に説明するから。それと声に出さなくていいわよ、考えを読み取って会話ができるから》
「そうなの?」
(じゃなくて、そうなの? 今考えてることわかる?)
《えぇ、分かるわよ》
(わぁ! 不思議な感じ……)
《フフッ、それじゃあそうね、どこから話しましょうか。まずあなた、お名前はなんて言うのかしら?》
(私はスピカだよ、あなたは?)
声の主と意思疎通ができ、少し落ち着きを取り戻したスピカは、そのまま謎の声からの話に耳を傾ける。
《私はトレミィ、一応昔からこの辺りにいる神様なの。スピカが倒れる前に少しだけ直接会ったけど、覚えているかしら?》
(ああ、あの時の女の子)
《覚えていたのね、良かったわ。実は私ずっとこの辺りに独りでいて、そんな時にスピカと出会ったの。見つけた時にはほとんど死にかけてたけど》
(独りで?)
《ええ、だってここ誰も来てくれないんだもの……それでまあ、ちょっとだけ寂しかったりして、スピカともなんとかお話がしたいって思って色々話しかけてみたのよ。でも全然反応がなくて、どうしようかって思ってたら、一言だけ言葉を言ってくれたのよ》
(一言だけ?)
《そうよ、それが「お星さまになりたい」って、それっきり気を失ってしまったの》
(ああ! そう言われればそんなことを言った気がする……、私もう死ぬんだと思って、それで生まれ変わったりするよりもお星さまになれた方が嬉しいなって思ったんだ)
《そう、それは何というか、変わってるわね……》
(昔から星空が好きだったから。それで、トレミィのことを天使様か神様なのかと思って言っちゃったんだよ。でも本当に神様だったなんて……本当なの?)
《ま、まあね、正真正銘の神様よ! 千年以上も神なのよ? 昔は結構有名な神だったのよ? 例えば八百年前なんかは……》
(思い出話はまた今度で良いよー)
《むぅ、それもそうね……じゃあ今のはまた今度にでも……》
嬉しそうに話を脱線させていたトレミィだったが、スピカの指摘でやや不満そうな声を上げながらも話を戻す。
《それで、気を失っちゃってどうしようかと思ってたのよ。でも私って神様だから、良いアイデアが思い浮かんだのよね》
(良いアイデア?)
《ええ、「お星さまになりたい」って、つまりスピカから神である私への"願い"ってことでしょ? そして神である私なら、その願いを受けて力を授けることが出来るのよ "神託"っていうのよ》
(神託の勇者っていうのは知ってるけど)
《そう! その神託よ、普通の人間をはるかに超える力を授けることが出来るのよ。生命力も上昇するからスピカを助けられると思って、それで神託の儀式をしようとしたのよ。だけど……その……》
(うん?)
言葉を詰まらせるトレミィに、怪訝な表情を浮かべるスピカ。
《何ていうか……私はその……今まで一回も神託の儀式したことが無くて、とりあえず何となくの雰囲気で儀式をしてみて、一応無事に神託を授けることは出来んだけどね……》
(何となくの雰囲気って……)
《せ、成功したんだから良いじゃない! それで、ただちょっと力を授けすぎたというか、今度は私が体を保てなくなったというか……それで今スピカの中にいるというか……そんな感じなのよ……》
だんだんと声が小さくなりながらも、話を締め括るトレミィ。一方のスピカは、確かめる様に手を閉じたり握ったりしている。
(そっか……ということは、私は神託の勇者になったんだ)
《え!! スピカってもしかして勇者だったの?》
(そうだよ、五等級になったばかりだったけど、トレミィの話が本当なら今はもう神託の勇者だね!)
そう言って嬉しそうに胸を張るスピカ、しかしすぐに小首をかしげる。
(でもトレミィ、私全然特別な力とか感じないよ? いつもと変わらない……)
《おかしいわね、私の力のほぼ全部を持っていったんだから、相当すごい力を授かっててもおかしくないんだけど……》
(うーん……ところで……)
《うん?》
手をかざしたり振ったりしていたスピカは、そのままズバリな質問をする。
「トレミィってさ、神様は神様でも、邪神なんでしょ?」
しかし、あまりにも自然な流れでされたその質問に、トレミィも自然に答えてしまう。
《えぇそうよ、世界中から恐れられる邪神とはまさに私のこと……》
言いながらハっとするトレミィ。実は話の中でもあえて言わなかったその事実を、たった今自慢げに話してしまったことに気づく。
《違ったわ! 邪神なんかじゃないわよ! 普通の神なにょお!》
「ぷっ、アッハハハハハ!!!! なにょおて、何それ!?」
トレミィがどもりながら訂正していると、お腹を抱えて笑い出しすスピカ。
「そんなに隠さなくていいのに、はぁ~苦しい……どうして隠すの? 別に邪神だって良いと思うけど」
《え? だって人間は邪神を怖がるから、だからスピカも知ったら怖がるかもって……ホント? ホントにそう思うの? 私の事が怖くないの?》
「全然怖くないよ。むしろホントに神様なの? って思ってる、だって全然邪悪感が無いんだもん」
笑いが収まってきたのか「ふぅ」と息を吐くスピカ。呼吸を整え顔を上げると、曇り空の隙間からうっすらと太陽の光が目に飛び込んでくる。
(私ね、トレミィと出会えて良かったと思ってるんだ)
やんわりと太陽に照らされた地平線を眺めながら続ける。
(死なずに済んだっていうのもあるけど、だけどねトレミィ、話してて思ったんだ。トレミィは邪神なんて呼ばれるような怖い神様じゃないよ。ちょっと話しただけでもすごくいい子なんだってわかったもん!)
《スピカ……私「子」なんて呼ばれるような年齢じゃないわ……》
(そうかなー? 強がりで寂しがり屋の、おっちょこちょいな可愛い神様って感じだよ?)
《ちょっと!》
「アハハっ」と笑い声を上げるスピカ、そんなスピカにつられるように、笑い声を返すトレミィ。
(それにねトレミィ、私も同じなんだ。ずっと一人でいたし、周りから怖がられてるのも同じ。だから私たちは一緒だと思うんだ、だからね……)
《え?》
トレミィが怪訝な声を上げるが、スピカはそのまま話を続ける。
(こうしようよ! 今日から私はトレミィの勇者になるよ、だからトレミィは私の神様になるの、どうかな?)
そう提案するスピカ。しばらく返事は返ってこなかったが、途中からトレミィの震えた声が聞こえてくる。
《うぅぅ……うぅぅー……スピカァー……そ、そんなに言うならスピカの神様になってあげる……だからぁっ、私の勇者でいさせてあげてもいいわよぉーー!!》
(ちょっとトレミィ、泣いてるの?)
《泣いてなんかないわよぉーっ、ぐすっ、別に寂しかった訳じゃないわよぉーっ、ぐすっ、うぅぅーー》
嬉しさに泣き出してしまったトレミィ。嗚咽交じりに強がるトレミィの姿を思い浮かべながら、にっこりと微笑むスピカだった。
「フフッ、これからよろしくね? トレミィ」
こうして、邪神の神託を受けた勇者が誕生したのだった。
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