18話:衣・食・住の "食" のお話
※2019/10/18 表記方法を修正しました。
「そっちだ、逃がすなよ!」
「ちっ、素早いぞ、気をつけろ!」
「隊長! こっちに来ます!!」
村から少し離れた丘陵地帯。木々が生い茂る森の中を、緊迫した声が飛び交う。
声の主は獣人達。彼らは今、狩りをしている最中であった。
ズズゥンッ……
地鳴りのする方を見ると、獲物に体当たりされた巨木がバキバキと音を立て傾いていた。
「すみません! 抜けられました」
「あっちは確か崖が……隊長!」
「分かっている、回り込むぞ!」
声と同時に駆け出す五人の獣人達は、素早い動きで木々の間を縫う様に移動する。やがて目の前に大きな崖が現れるが、身体能力に優れる獣人達はものともしない。
勢い良く崖を飛び降りると、飛び出た岩を足場に飛び跳ねる様に移動する。そのまま斜面の中腹を横切るように駆け抜けると、一息に崖の上まで飛び上がる。
五人が揃ったのを確認すると、そのまま目の前の森へ飛び込む。少し進むと、木々の間から巨大な影が飛び出してきた。体長二メートル以上もある巨大な猪型の魔物、レイジボアである。
赤と焦げ茶のまだらな体毛が特徴のレイジボアは、非常に俊敏かつ獰猛な魔物である。その巨体から繰り出される体当たりは巨木を薙ぎ倒すこともあり、鋭い牙は鎧も簡単に貫いてしまう。非常に危険な魔物である。
そして、その肉は極めて美味としても知られている魔物である。
「よし、正面だ!」
「行けます、隊長!」
上手く回り込めたことで喜びの声を上げる獣人達。しかし、隊長と呼ばれた目に傷のある大柄な男性の獣人だけは、険しい表情のままレイジボアから目を逸らさない。
「お前たち、油断するなよ……!」
「分かってますよ、隊長……」
若い男性の獣人が答えるが、言い終わる前にレイジボアが動き出す。後ろ足に力を籠め、跳ねる様に飛び出したレイジボアは、勢いに乗って若い獣人に牙を突き出す。
「っ!!」
とっさに両手の短剣を交差させ防御の姿勢を取るが、突き上げられた牙に弾き飛ばされ、そのまま自身も吹き飛ばされてしまう。
「ぐあぁっ!」
数メートルの距離を吹き飛ばされ、木に激突する若い獣人。隊長と呼ばれた獣人が救助に駆け付けるが、それより早くレイジボアが若い獣人に突進していく。
「くそっ、間に合わねぇ!」
一瞬で距離を詰めるレイジボア。もうダメかと思われたその時、脇の茂みから黒い影が飛び出し、レイジボアの胴体に体当たりを食らわせた。
「ブフォオッ!」
音を立て地面を転がるレイジボア。現れた黒い影は、素早くレイジボアに接近すると鋭い爪の生えた前足でレイジボアの体を抑え込む。うめき声を上げるレイジボア。その真上を取るように、黒い影の背中から人影が飛び出してきた。
飛び上がりながら剣を抜くその人影は、落下の勢いを利用しレイジボアの喉元に剣を突き立てる。深々と根元まで刺さる剣。一瞬、苦しそうな鳴き声を上げたレイジボアだったが、次第に動きが鈍くなると、そのまま脱力したように動かなくなる。
「ふうっ、大丈夫だった?」
「ああ、助かった。見事なものだなスピカ」
「私よりもプルートのお陰かな?」
そう言うと剣を引き抜き、レイジボアの上から飛び降りるスピカ。レイジボアを抑えていたプルートも、獲物が絶命したことを確認すると、その場を離れスピカの横で伏せの体制を取る。
「そうだな、助かったよプルート」
「ガフゥッ」
「隊長、あっちの子は放っといて良いの?」
"隊長"ことフェルナンドは、スピカの問いに「あぁ」と曖昧に返事をすると、倒れ伏す若い獣人の元へ向かう。
「う……隊長……」
「まったく、油断するなと言ったはずだ」
「すみません……俺……」
悔しそうに顔を伏せる若い獣人。その様子にフェルナンドは大きくため息をつくと、鋭い目つきで若い獣人を見ながら声を上げる。
「命を拾ったことに感謝しろ!二度と戦闘中に油断などするな!今日拾ったその命を無駄にせず、今度はお前が誰かの命を救ってやれ!!」
「っ……はいっ」
若い獣人は顔を上げると、意志の籠った声で答える。その様子を見ていたスピカは感嘆の声を漏らす。
「おぉ~、流石隊長、かっこいい!」
「茶化すな。それに、隊長だったのは昔の話だ。今は周りが勝手にそう呼んでるだけだ、スピカも俺の事を隊長とは呼ばなくて良い」
「えー、隊長は隊長だよー」
「……好きにしろ……」
スピカの返答に照れ臭そうに頬を掻くフェルナンドだった。
フェルナンドは、灰色の髪と瞳が特徴の、狼の遺伝子を持った獣人である。
元々は人間の都市で獣人部隊の隊長を務めていたフェルナンド。しかし、半奴隷という扱いだった獣人部隊は、常に最前線で死兵として魔物との戦いを強制されていた。
休みなく戦わされ続け、最後には捨て奸として使い捨てられることとなったフェルナンド。部下を全て失い、一人生き残った彼はあてどなくさ迷った先でスピカ達の村に出会ったのである。
初めの頃は無気力に過ごしていたが、活き活きと暮らす若い亜人たちの姿を見て、彼らの為に何か出来ることは無いかと考えるようになっていった。そして、自身の戦闘経験を若い世代に伝える為、狩猟部隊の隊長を買って出たのである。
「それよりスピカ、こいつをプルートに乗せてやってくれないか? 恐らく骨が折れている、内臓も痛めているかもしれない」
「良いよ。プルート、お願いね」
「ガルゥ」
クシャクシャとプルートを撫でるスピカ。嬉しそうに鳴き声を上げるプルートは、そのまま若い獣人の傍で腰を落とす。
「すまない……」
そのまま若い獣人をプルートに乗せると、先に村まで帰らせる。残ったスピカと獣人達はレイジボアの死体を前に顔を見合わせる。
「さて、どうやって運ぼうか?」
「うむ……どうするかな……」
狩りの成果に喜びながらも、大きすぎる成果に頭を悩ます一同であった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
夕暮れ時。
地平線が赤く染まる頃、村ではレイジボアの肉を使った鍋が振舞われていた。鍋にはエルフ達が採ってきた野菜もふんだんに使われている。
「おっ……美味しい!!!!」
美味で知られるレイジボアの肉、その味に声を上げ感動するスピカ。向かいではフェルナンドが静かに食事を取っていた。
「スピカのおかげで獲れた獲物だ、存分に味わうが良い」
「うん! そうする!!」
頬をほころばせていると、頭の中にトレミィの声が響く。
《良いわねぇ……じゅるり……美味しそうねぇ……じゅるり……》
(うん! ……美味しいよ! ……とっても!)
はふはふと鍋を掻き込むスピカ。すると、しばらく唸り声を上げていたトレミィが大きな声を上げる。
《あぁーーーっ!! 羨ましいわ!! スピカばっかりそんなに美味しそうに食べて、私も食べたい食べたい食べたい食べたいたべためためぁーー!》
騒ぎ立てるトレミィ。そんなトレミィに悪いと思いながらも、スピカの手は止まらない。
(トレミィは食べられないもんね、でもこんなに美味しいの初めてだから止まらなくて……)
《初めて……》
(うん、今まで食べ物の味なんか気にしたことが無ったから。とりあえずお腹が膨れれば何でも良かったし)
スピカの言葉に、騒ぐのを止めるトレミィ。しばらくすると沈んだ声が返ってくる。
《そうよね……スピカは苦労したのよね……そう言えば少し前まで腐りかけの生肉とか食べてたわね……分かったわ、今日は思う存分食べなさい……ぐすんっ》
(もちろんそうするよ……ってあれ? トレミィまた泣いてるの?)
《泣いてないわよ……黙って食べなさいよ……》
(ふーん、変なトレミィ)
首をかしげながらも勢いよく食べ続けるスピカ。
そんなスピカを優しい目で眺めるフェルナンド。
数週間前とは比べ物にならないほどの向上を見せる食事事情。
誰もが笑いあいながら、夕餉の時は過ぎていくのだった。
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