17話:衣・食・住の "衣" のお話
※2019/10/18 表記方法を修正しました。
お風呂を満喫した翌日。スピカはとある亜人の元を訪れていた。
「おっ、来たね。さあ上がって上がって!」
スピカの目の前にいるのは、身長一・一メートルほどの若い小柄な女性。暗い茶色の髪と瞳をしたハーフリングである。二週間ほど前に住人となったそのハーフリングは、周りから"姐さん"と呼ばれ親しまれていた。
ハーフリングは、その低い身長と器用な手先が特徴の種族である。エルフやドワーフ、獣人と同じく大陸中央部の森林地帯に集落を構え、細々と生活をしていた。
しかし、手先の器用さに目を付けた人間により、戦闘能力の低いハーフリングは格好の獲物として、亜人狩りの標的になることが多かった。
また、ハーフリングの女性は小柄で愛らしい容姿に育つことから、愛玩用の奴隷とされてきた歴史もある。
"姐さん"ことマイヤは、村から東にある人間の拠点都市で縫製業を行う奴隷だった。初めは愛玩奴隷として連れてこられたマイヤだったが、主人から乱暴をされそうになった際、耳を噛み千切ったとして下働きの奴隷に落とされ縫製工場で働かされていたのだ。
そんなある日、西の地に亜人の村が出来たと噂を耳にしたマイヤ。元々行動力があり向こう見ずな性格だった彼女は、その日のうちに工場を抜け出すと、そのままたった一人で村まで辿り着いてしまったのだ。
そうして村の住人となったマイヤは、村を訪れるまでの大胆すぎる行動に加え、豪放磊落な性格から、いつしか"姐さん"と呼ばれる様になっていた。
そんなマイヤの元をスピカが訪れた理由。それは、村に住まわせる条件として提示していた衣服を受け取るためである。
縫製業の経験があったマイヤは、縫製や製織の技術を持った亜人達を束ね、衣・食・住の"衣"に関する仕事を一手に引き受けていた。そんなマイヤから昨日、服が出来たから取りに来いと呼び出されていたスピカは、楽しみにしながらマイヤの元を訪れいているのだ。
「それで、どんなのが出来たの?」
「まあ待ちなさいな、まずはこれだよ」
そう言って差し出されたのは、紫色の亜麻布で作られたシンプルなワンピースだった。体にあてがってみると、ピッタリとサイズが合う。
《あら? 可愛らしくて良いじゃない。私とお揃いだわ!》
(そう言われれば、トレミィもこんな服着てたね)
《そうね、私は着替える必要がなかったからあれしか持ってなかったけど。スピカとお揃いは嬉しいわ~》
鏡の前でくるくると回りながらワンピースを合わせていると、マイヤから声を掛けられる。
「どうだい?」
「うん、良いかも!」
「まだまだあるよ、これも持っていきな! そらからこれだよ、後はこれも、これもだね」
「えっ、ちょっ、ちょっと多いよ!?」
どさどさと積まれていく服にたまらず声を上げるスピカ。しかし、マイヤはお構いなしに次から次へと服を積んでいく。
「何言ってるんだい? まだまだあるんだから、全部持って行っておくれよ」
両手いっぱいの服がスピカに手渡される。必死で服を抱えていると、さらに奥から別の服が出てくる。
「アンタそう言えば、今下着を着けてないだろ? ついでだからこっちも用意してやったよ」
そう言うと今後は大量の下着を持ってくるマイヤ。実はスピカ、元々来ていた服を洗いに出す際、着続けて痛みきっていた下着を処分していたのだ。結果、昨晩から今日にかけて下着無しの生活を送っていたのだが、それにしてもな量の下着である。
「女だったら下着くらいきちんと身に着けるんだよ。アンタその体形で下着も着けずにその薄手は、流石にアタシも目のやり場に困るからね」
《マイヤの言う通りね、凄いわよ……破壊力が……》
(破壊力っていうのが良く分からないんだよ……)
首をかしげるスピカだったが、大量の下着をまとめて手渡され、服の山に埋もれてしまう。
「あっはっは! 流石にその量は持てないか。お待ち、今何かに包んであげるからね」
スピカの様子に笑い声を上げるマイヤは、散らばっていた服を大きな風呂敷に一まとめにする。
「これで持てるだろう? どうだい?」
「うん、ありがとう姐さん!」
「良いってことさ。それとアンタが着てた服だけどね、エルフの子達がきれいに洗ってるよ。破れやほつれはアタシが直してジェルミに預けてるから、後で取りに行っておいで」
大きな風呂敷を渡すと、スピカの背中をポンッと叩くマイヤ。その豪快な立ち振る舞いは、まさしく姐さんであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
マイヤから服を受け取ったスピカは、その足でジェルミーナの元を目指していた。
《それにしても、山ほど服を貰ったわね……》
(そうだね、これだけあったら一生服には困らないかも)
《一生ってことは無いわよ流石に……》
頭の中で雑談をしながら歩いていると、向こうからジャンルーカとジェルミーナが歩いてくるのが見える。
「ジェルミーナ! 丁度良かった!」
元気よく声を上げるスピカ。向こうもスピカに気付いたのか軽く手を振り応える。
「スピカ様、丁度今スピカ様の所へ向かっていたのですよ」
「うむ、私は特に用事はなかったのだが、ジェルミの付き添いだ」
「私も丁度ジェルミーナに用事があったの、多分その手に持ってるやつを取りに行こうとしてたんだ」
ジェルミーナの手元を指差すスピカ。そこには先日までスピカが着ていた服一式がきれいに折り畳まれていた。
「はい、これをスピカ様に届けに行く途中でした」
「うん、きれいに洗ってくれたんだね」
嬉しそうに顔をほころばせるスピカ。そんなスピカの背中をずっしりと覆う巨大な風呂敷に、ジャンルーカが疑問の声を上げる。
「スピカ殿、その風呂敷は何か?」
「これは私の服だよ、さっき姐さんに貰ったんだ。それで、私の服を直してくれててジェルミーナに預けてあるって聞いたから取りに行こうと思って」
「姐さん……あぁ! マイヤ様の事ですね。それにしてもマイヤ様、こんなに大量に用意しなくても……」
「下着も沢山くれたんだ。私今下着を着けてないから、ちゃんと着けなさいって怒られちゃった」
「当たり前です!スピカ様の破壊力は凄まじいのですから、もう少し気を付けてください。ねえお兄様?」
「っあ!? あぁそうだな!」
ジェルミーナの言葉にビクリと体を震わせるジャンルーカ。そんな兄の様子にじっとりとした目を向ける妹。
「……お兄様?」
「な……何だジェルミ?」
「……今どこを見ていましたか?」
「ん? どこも見ていないぞ?」
キョロキョロと目線をさ迷わせる兄。その様子に益々目を細める妹。
「……スピカ様、背をそらせながら軽くジャンプしてもらえますか?」
「?、……良いけど」
ジェルミーナの言葉に首をかしげるも、言われた通りジャンプするスピカ。ピョンッと勢いよく飛び跳ねるその姿は年相応に可愛らしくも見える。しかし、たぷんっと揺れる年相応ではないその胸元。
「っ!!」
「お兄様!!」
とっさに目を逸らすジャンルーカだったが、そんな兄の様子を見逃さず、怒りに目をとがらせるジェルミーナ。
「ほら見なさい! やっぱりスピカ様のお胸を見ていたのではありませんか!」
「いや! 見てなどいないぞ? 目線に入っただけだっ」
「嘘おっしゃい! じっと見ていたではありませんか!!」
「私はそんなことはしないぞ! 神に誓って……いや、邪神様に誓って!」
「!! こんな時だけ邪神様とっ……」
やいのやいのと言い争う兄妹。ふと周囲を見回すと、ばつが悪そうな表情で遠くを見ている男の亜人達。そして、そんな男達を冷めた目で見ている女の亜人達。
(皆どうしたんだろうね?)
《っ、ちょっと待って……鼻血が……》
(トレミィ、体がないんだから鼻血なんて出ないでしょ)
二日連続で無自覚な色気を振りまくスピカ、今日もまた一人小首を傾げるのだった。
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