15話:新たな住人、新たな信者
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
「ス……ススッ……ススススピカ様??」
アラン達を撃退したスピカは、食事を終えたプルートをワシャワシャと撫でていた。
そんなプルートの食事風景を見て、戦々恐々の表情を浮かべ固まっていた亜人達だったが、ジェルミーナが震える声で話しかける。
「うん?」
「あ……あの……それは魔物……ですよね? ……その魔物はいったい……?」
「うん、ガルムって言う魔物なんだって。名前はプルート」
「いえ……そういう意味の質問ではなく……」
自慢気に答えるスピカだったが、亜人達の顔には恐怖の色が浮かんだままだ。
《違うわよスピカ、どうしてスピカが魔物と仲良くしてるのかが疑問なんじゃないかしら? 相当怖がられてるみたいよ》
(ホントだね、こんなにおとなしいのに……)
《さっきまで人間を食い殺してたからじゃないかしら……》
トレミィの言葉に納得の表情を浮かべるスピカ。そのままプルートを連れてジェルミーナに近付いて行く。
「ジェルミ!」
「だっ……大丈夫です……お兄様……」
ジャンルーカが不安気に声を上げるが、ジェルミーナ自身がそれを制する。目の前までやってきたスピカとプルートにしっかり目を向けるとスピカの言葉を待つ。
「ゴメンね、怖がらせたね。でもこの子は大丈夫、私のお友達だから」
「お……お友達? 魔物がですが?」
「そうだよ、魔物だけど私のお友達なんだ」
そうしてプルートと出会った経緯を説明するスピカ。トレミィのことや神託のことは省いて話したが、それでもガルムの群れを一人で撃退したという話には驚愕した亜人達。
一通り話し終えると、プルートの頭を撫でながらあらためて紹介する。
「と言うわけで、プルートは私のお友達なの。怖くないから大丈夫だよ?」
「ガフゥッ」
撫でられて嬉しそうに小さく吠えるプルート。しかし、亜人達は変わらず怯えたままの様子だ。
(んー……まだ怖がられてるのかな……)
《そうね、そう簡単には魔物への恐怖は拭えないでしょうね》
「あの……」
うーんと頭を捻っていると、恐る恐ると言った様子でジェルミーナが声を上げる。そのままゆっくり頭を下げると、俯いたままお礼の言葉を述べる。
「先ほどは兄を救って下さり本当にありがとうございました。心より……心より感謝いたします」
うっすらと目に涙を浮かべそう言うと、顔を上げプルートに向きなおる。若干ためらいを見せるも、プルートにも同じように頭を下げる。
「プルート様。先ほどは失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。兄を救って下さりありがとうございました」
「ガルッ」
プルートの鳴き声に一瞬ビクリと肩を震わせるジェルミーナだったが、ゆっくりと手を差し出すとスピカの方を向き尋ねる。
「スピカ様、プルート様を触ってもよろしいですか?」
「うん、良いけど……怖くないの?」
「怖くない……と言えば嘘になります。しかし、助けていただいたことに変わりはありませんから」
そう言うと、そっとプルートに触れるジェルミーナ。ジャンルーカや他の亜人達がハラハラとその様子を見守っている中、頭や顎の下をクシャクシャと撫でるジェルミーナと、気持ち良さそうにしながらジェルミーナに体をすり寄せるプルート。
《へぇ……この子、中々肝が据わってるわね》
(うん、度胸がある)
しばらくプルートを撫でていたジェルミーナは、皆に聞こえる様、声を張り上げる。
「皆様! 見ての通りプルート様には危険はございません、どうぞこちらにいらして下さい!」
「え……えぇ……」
ジェルミーナの言葉を聞き少しずつ集まってくる亜人達。ジェルミーナの先導でプルートに手を伸ばす。段々と落ち着いていく雰囲気にジャンルーカとジェルミーナも安堵の表情を浮かべるのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
時は少し経ち、夕刻。
場所を移した一同は、廃村の中心に集まり休んでいた。怪我を負っていたジャンルーカも亜人達から治療を受け、落ち着いた様子である。
問題なく会話も出来る様になったところで、ジャンルーカ達が廃村を訪れた経緯が語られていた。
――――――
ジャンルーカがエルフの隠れ里を飛び出したのは、今から約一ヶ月前の事であった。
大陸中央部の森林地帯にある里。そこでひっそりと暮らしていたジャンルーカだったが、妹のジェルミーナが忽然と姿を消したのだ。
人間による亜人狩りの痕跡を残して。
怒りのままに里を飛び出したジャンルーカだったが、手掛かりもなく土地勘もなく、ジェルミーナを見つけ出すのに一ヶ月という長い期間を要してしまった。
やっとの思いでジェルミーナを発見したジャンルーカ。そこで目にしたものは、同じ様に連れ去られたであろう女性の亜人達と共に、暴行を受け、男たちの慰み者となっていたジェルミーナの姿だった。
必死に怒りを堪え、救出の機会を伺ったジャンルーカ。すると翌日、三人の男が女達を買い取りに来たのだ。
好機と取ったジャンルーカは、女達が引き渡された直後を狙い、魔法による奇襲で女達の救出に成功したのである。
しかし、勇者であった三人の男達は、逃げ道を狭めるようにジャンルーカ達を追い詰めていく。最後には、邪神が支配するという西の大地の手前まで追い詰められてしまう。
死を覚悟したジャンルーカだったが、どういう訳か逃げ延びた先に瘴気は無かった。そうして行き着いた先でスピカと出会ったのだ。
――――――
滔々と語るジャンルーカ。周りの亜人達は涙を流しながら話を聞いていた。そんな亜人達にスピカは思いつきを提案する。
「話は分かったよ。行くところがないんだったら、ここの家を好きに使って貰ってもいいよ」
「……もはや故郷に帰る手段も持ち合わせていない、その申し出は非常に助かるが……本当に良いのか?」
「うん、でもその代わり……」
言葉を切ったスピカは、ジェルミーナの方を向くと。
「約束はきちんと果たしてもらうからね?」
スピカの言葉に、事情の呑み込めないジャンルーカは怪訝な声を上げる。
「約束? 約束とはなんだ?」
「お兄様、私が説明いたします」
ジャンルーカを助ける為、スピカと交わした約束を説明するジェルミーナ。黙って話を聞いていたジャンルーカだったが、邪神の件で声を上げる。
「待て! 邪神の信者だと? どういうことだそれは!?」
「それは……私にもよく分からないのです。ただ、スピカ様が邪神を信仰せよと……」
戸惑いの表情を見せつつスピカの方を伺うジェルミーナ。その様子に「ん?」と首をかしげるスピカ。
「言葉通りの意味だよ。今日から皆、邪神を信仰してくれればいいだけだよ?」
「そうは言うが、邪神を信仰するなど聞いたことが無い……邪神を信仰とはどうすれば良いのだ?」
(どうすれば良いの? トレミィ?)
《え!? あー……ちょっと待って……えーっと……んーっと……》
(考えてなかったの!?)
わたわたと慌てるトレミィ。中々答えが出せないでいると、突然押し黙ったスピカを心配するようにジェルミーナが訪ねてくる。
「スピカ様? どうかなさいましたか?」
「あ、ううん何でもない! えっと……」
そうしている間もあーだこーだと悩み続けるトレミィ。待ちきれなくなったスピカは、少し考えて口を開く。
「じゃあ、毎日邪神が見守ってくれてると思って。感謝しながら生きていって」
《あ! ちょっとスピカ!?》
(だってトレミィ、考えるのが長いんだもん。ダメだったかな?)
《ん……まあダメとは言ってないわよ、スピカが考えてくれたものだし……》
満更でもない様子のトレミィに、スピカも頬を緩める。
「え? それだけで良いのですか? てっきり生贄でも求められるものかと……」
「ああ……それだと本当にただ信じるだけだが……」
「生贄なんていらないよ。あとはお家とか服とかもよろしくね」
「はい、それはもちろんお約束いたしましたから」
「そういうことであれば私も力を貸そう。私を救ってくれるための条件だった訳だしな」
ジャンルーカとジェルミーナ、そして亜人達からも承諾の声が上がる。
(トレミィ、信者が増えたよ!)
《ええ! 私の信者が!》
こうして廃村に新たな住人と、そしてトレミィに新たな信者が増えたのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
また、ブックマークやpt評価、感想も是非によろしくお願いします。