10話:西の地での生活
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
神託を受けて一週間、スピカは無人の廃村で悠々自適な生活を送っていた。
まず懸念したのは食料の問題だが、一週間前から今日まで、日が経つにつれ動物や魔物がこの地を訪れていた。
廃村の周りはプルートが縄張りにしている為、他の魔物が寄り付くことはなかったが、少し廃村を離れると鳥や獣が数多く見られ、毎日のように大量の獲物を狩ることが出来た。
また、廃村近くの丘陵には植物が自生しており、そこで見つけた木の実や葉等も食料として調達する様になっていた。瘴気の中で育ったせいか歪な形状の物が多かったが、食べてみると意外や意外、おいしく食べることが出来たのだ。
しかし実は、何を食べても平気な顔をするスピカを良い事に、腐り気味の肉や食べられそうにない木の実等をこっそりとスピカに回していたプルート。そんな事とはつゆ知らず、何を貰っても喜ぶスピカは、毎日お腹いっぱいの幸せな生活を送っていたのだった。
また、神託の力もかなり使いこなせるようになっていた。力のコントロールを覚え、初日のように地面をえぐることもなくなり、今では効率的に力を使える様になっていた。
食料に困ることもなく、敵が来ても返り討ちにするだけの力を得たスピカ。スラム街にいた頃と比べると快適すぎる生活に幸せを感じながら、崩れかけの廃屋で眠りにつくスピカだった。
そしてその日の晩、大雨が廃村に降り注いだ。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「うぇー、びしょびしょで気持ち悪い……それに臭い……」
翌朝、全身をびっしょりと濡らしながら起床したスピカは、昨晩までの幸せな気持ちは何だったのかと言わんばかりの不機嫌な表情を浮かべていた。
《だから夜中に何度も起こしたじゃない! あんなに雨漏りしてたのにずっと爆睡してたわよ!》
(全然気付かなかった……)
昨晩、スピカが神託を受けて以来初となる雨が降った。雨雲で星空が見えなかった為、早々に眠りについたスピカだったが、その直後からぽつぽつと雨が降り始めたのである。
次第に強くなる雨足に、長年放置されていた廃屋ではいたる所から雨水が漏れ始める。日付が変わるころには豪雨となり、寝ているスピカの頭上からも滝のように雨水が落ちてきていた。
事態に気づいたトレミィがスピカを起こすべく呼びかけたが、雨水程度では気にならなかったのか、スピカはそのまま朝まで眠り続けたのだった。
《気付かなかったって……滝みたいになってたわよ? あれで気付かないってどういう神経してるのよ!?》
(雨の中で寝るなんてしょっちゅうだったから……濡れたからって死ぬ訳でもないし)
《そういう問題じゃないでしょ!!》
会話を続けながら、グッチョリと肌に張り付いた髪をかき上げ外に出る。外ではすっかり雨が上がり、太陽に照らた空には大きな虹がかかっていた。
(これならしばらくすれば乾くかな? でも……)
じっとりとした目で廃屋を見つめる。
(雨が降ったらまたビショビショになっちゃうね……)
《でもここにある家はどこも同じ様なものよ? 家は余ってるけど、変えたところでまた雨漏りするわ》
(うーん……ご飯が食べられれば大丈夫だと思ってたけど、やっぱり衣・食・住が整ってないとダメなのかな……)
頭を悩ます二人だったが、おもむろに別の廃屋に向かうスピカ。確かめる様に壁や柱に触れると、うっすらと笑みを浮かべる。
(ねえトレミィ、この家って壊してもいいの?)
《別にかまわないわよ、誰も住んでないし……え? 壊すの?》
(ううん、あの家を少し改装しようと思って、でも材料が無いからこの家から貰おうかなって)
《あぁ、良いわねそれ! でもスピカ、家の改装なんて出来るのかしら?》
(やったことはないけど、雨漏りくらいだったらきっと大丈夫だよ、それじゃあ……)
すぅっと息を吸い大きな声を張り上げる。
「プルーートーー! おいでーーーー!!」
おいでーーーー……
おいでーーー……
おいでーー……
おいでー……
良く通る声が周囲の廃屋に響き、村の外までこだまする。そのまま数秒待つと、遠くから軽やかな足音が聞こえてくる。
「ガウッ ガウガウガウッ」
嬉しそうに駆け寄ってくるプルート。あっという間にスピカの前まで来ると、素早い動きでお座りの姿勢を取りながら元気よく吠える。
「早い! 偉かったねプルート!」
顎の下をわしゃわしゃと撫でられ気持ち良さそうに目を細めるプルート。しばらくプルートを撫でた後、二つの家の間に立ちそれぞれの廃屋を指すスピカ。
「今日はね、この家を壊してあっちの家を改修するの。ブルートの小屋も作ってあげるから、一緒に手伝ってね?」
「ギャウッ!」
「今日は、衣・食・住の"住"を何とかする日にしよう!!」
スピカの号令で突発的な大改装が始まった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「出来たーーーー!!」
「ガぅ……」
スピカの声が響き渡る。時刻は昼過ぎ、昼食も忘れ作業に励んでいた甲斐もあり、あっという間に改装が完了した、のだが。
《出来……ってないわよ! 何よこれは!》
自慢げに腰に手を当てるスピカ。その前あるのは、ゴミの山と謎のオブジェであった。
ゴミの山はプルートが体当たりで破壊した廃屋の残骸である。そこから回収に使えそうな木材などを抜き取ったのだからまあこれは良いだろう。
問題は謎のオブジェである。かつて廃屋があった場所に置かれたそれは、廃屋の屋根らしきシルエットを残し下部分が潰れてしまっていた。さらには所々から木材が飛び出しており、もはや家の原型をとどめておらずオブジェとしか言い様のない状態になっていた。
(これで雨漏りはしないはず!)
《雨漏り以前の問題よこれは! まず入り口が無いじゃない! 何にも考えずに屋根に色々くっつけるから重さで下が潰れちゃったのよ!》
(そこの隙間から潜り込めば良いじゃない?)
《それはもう家とは呼べないわよ……》
自信満々のスピカに苦言を呈するトレミィ。納得がいかないスピカはプルートに同意を求める。
「プルートはこのお家良いと思うよね?」
「ガ……ガアゥ……」
引きつりながらもコクコクと頭を縦に振るプルート。頷かされてる感満載だが、スピカはその反応に満足した様子だ。
(ほらね! プルートだって良いって言ってるよ? トレミィがおかしいんだよ)
《無理して頷いてるに決まってるじゃない! ほら見なさい、プルートも顔が引きつってるわよ!》
(……ホントだ……なんだか元気がない……)
トレミィの言うとおり、口角をピクピクとさせそっと目をそらしているプルート。そんなプルートの様子を見てスピカは見当違いな方に考えを巡らせる。
「そっか! プルートは羨ましかったんだね」
スピカの言葉にギョッと目を見開くプルート、ブンブンと首を横に振るがスピカに抱きしめられ動きを封じられる。
「遠慮しなくても良かったのに、プルートもこの家が良かったんだね。それじゃあ今日から一緒にこの家で寝よっか!」
「キャヤヤイイィン!?」
素っ頓狂な声を上げて身をよじらせるプルート。そんなプルートを見てトレミィは思う。
《プルート……いつもスピカに変なもの食べさせてたの知ってるのよ、罰が当たったのよ……》
神様からも見放され、げっそりとうなだれるプルートだった――
「じゃあ早速お家に入ってみて」
げんなりとしたプルートを引きずりながら新居(?)に向かうスピカだったが、唐突に足を止める。
うなだれていたプルートも素早く立ち上がりスピカと同じ方向を凝視している。
《スピカ?》
(声が聞こえる、話し声みたい)
スピカとプルートが見つめる先、村の入り口にあたる方角からかすかに話声が聞こえていた。
《嘘っ!? もしかして誰か……》
(うん、きっとそうだよ! 瘴気がなくなったからここに住みたいって人かもよ)
《ホントに……ホントに人が……》
「あ、プルートは怖がられちゃうから隠れててね」
期待に胸を膨らませるトレミィ。プルートを物陰に隠したスピカは、訪問者を驚かせない様ゆっくりと村の入り口まで歩いて行く。
やがて十人ほどの人影が姿を現す。向こうもスピカに気づいたのか驚きの表情で声を上げる。
「なっ、なんだ貴様は!?」
「これって……」
スピカに声を掛けた人影。
それはエルフと呼ばれる亜人だった。
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