01話:始まり ~出会い~
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
見渡す限りの荒野。
そこに生き物の姿はなく、荒涼とした大地が地平線まで続いている。
隙間なく暗雲に満たされた空には、一羽の鳥も姿を見せない。
瘴気に満ち、生命の存在を許さない暗黒の大地。
千年間、彼女はたった一人でこの地に在り続けた。
人からも、人ならざる者達からも、等しく恐れられ。
かつては"勇者"と呼ばれる人間が戦いを挑むこともあったが、その挑戦も無くなって久しい。
《あぁ……誰でもいいから会いに来てくれないかしら……》
それは"邪神"と呼ばれる存在がこぼした、ささやかなる願い。
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大陸西部、そこは"邪神"と呼ばれる強大な神によって支配された暗黒の領域。常に猛毒の瘴気が立ち込めており、一切の生き物を寄せ付けない領域である。
そんな暗黒の世界、本来生き物は存在出来ない世界を、一人の少女がフラフラとさ迷い歩いてた。
「うぇえ……気持ち悪い……」
彼女の名はスピカ。十五歳。
大陸東部出身の人間の少女である。
肩口で切り揃えられた青みがかった黒髪のボブに、色白の整った顔立ちが印象的な少女だ。大きな瞳はまるで夜空の様に深く吸い込まれそうな濃い青色を帯びている。
二の腕まで隠すフードの付いたマントに、胸元から股下まで一繋ぎになった革製の服。グローブとブーツの下は黒いインナーが全身を包んでいる。
動きやすさを重視した装いに、腰に下げられた刃渡り一メートル程の使い込まれた剣が、この少女が戦いに身を置く者であるということを物語っている。
年頃の男が見れば放ってはおかないであろう魅力的な容姿をした彼女だが、今はその顔色を青白く変えており、病的なその様子からは彼女本来の魅力を感じることは出来ない。
原因は周囲に立ち込めた瘴気である。視界が霞むほどの濃密な瘴気は、現在進行形で彼女の体を蝕んでいるのだ。
「こんなことなら……一度引き返しておけばよかった……ゴホッゴホッ」
彼女がここにいる理由、それは"勇者"としての旅の最中に起こった出来事が原因だ。
"勇者"
それは、大陸東部全域を支配する人間国家において広く信仰されている一大宗教"東部正教会"より認定された人間に与えられる特別な称号である。
人間社会繁栄のため魔物や魔女といった人ならざる者の打倒を掲げる東部正教会。
その理念の元存在する勇者達。現在正式に教会から認定を受けた勇者は約五百人にも及び、その有する戦力によって、五等級~一等級まで格付けがされている。さらに、東部正教会の信仰する神"正神"から直接神の力の一端を授けられた勇者が存在する。
彼らは"神託の勇者"と呼ばれ、一等級勇者すら軽く凌駕する力を持ち、東部正教会の理念実現に向けに日夜人々を導いているのである。
スピカもそんな勇者の一人として、一月程前に教会から五等級勇者としての認定を受けたばかりだった。
勇者として認定されたものは、同じく勇者として認定された者達とパーティを組み、一年間国を出て旅をするのが通例となっている。
大陸東部の外、人間国家を出て過酷な環境を生き抜くことで、また大陸中にはびこる魔物を討伐して回ることで、勇者としての力の底上げを図ることが目的である。
そうして一年間の旅を終えた五等級勇者は四等級勇者へと格上げされ、一人前の勇者として扱われるようになるのだ。
スピカも例外ではなく、時を同じくして五等級に認定された勇者三名とパーティを組み、大陸中央部を横断するように旅をしていた。
問題が起こったのはスピカたちが大陸中央部を抜けるころ、邪神が支配する領域に差し掛かろうとしていた頃である。瘴気に満ちた領域の少し手前、人間の拠点都市に立ち寄り休憩を取っていた一行だったが、パーティの一人が行方不明になったのだ。
行方不明となった勇者の痕跡を辿ると、瘴気に侵された領域に侵入した痕跡があった。そこで一行は、瘴気を和らげるマスクと瘴気濃度の濃い危険地帯を示した地図を用意し、分担して捜索を行うことにした。
初めは順調に捜索していたスピカだったが、どういう訳か途中からマスクがほとんど効果を成さなくなり、また地図を頼りに危険地帯を避けていたはずが、気が付けば濃い瘴気の中に足を踏み入れていたのである。
「っ……あ、足が……それに視界も……」
そうして瘴気の中をさ迷い歩くこと数時間、地図の通りに瘴気の濃い地帯は避けて進んでいるはずが、一向に瘴気が薄まる気配はない。長時間にわたり瘴気に晒され続けたスピカの体は、いよいよ限界を迎えつつあった。
歩くこともままならなくなり、転がる様に倒れるスピカ。
(もう……動けない……このまま……死ぬのかな……)
残った力で寝返りを打つ。仰向けになったスピカはぼんやりと霞む視界でよどんだ空を見つめながら思う。
(死ぬって……どんな感じなのかな……生まれ変われるなら……もう少しマシな人生が良いなぁ……あぁでも……人は死んだらお星さまになるんだったかな……だったら綺麗なお星様になる方が嬉しいな……)
いよいよ目を開けておくことも辛くなり、ゆっくりと瞼を閉じようとしたその時、唐突に頭の上から甲高い声がかけられる。
「嘘!? まだ息があるじゃない!」
瘴気の満ちる暗黒の世界。そんな世界には到底不釣り合いな可愛らしい声に、思わず閉じかけていた瞼を上げるスピカ。
霞む視界に映ったのは一人の少女だった。
歳のころは十二~三歳。丸みを帯びた幼い顔立ちに、垂れ目気味の目元が可愛らしい印象を際立たせている。
深い紫色をした長い髪を無造作に後ろに流し、紫を基調とした簡素な服に身を包んでいる、どこか不思議な雰囲気の少女だ。
「ちょっと大丈夫? 意識はある? どうしてこんなところに1人で……」
心配そうに眉尻を下げ、うかがう様に覗き込む少女。
(女の子? どうしてこんな場所に……瘴気の中なのに……なんだか不思議な女の子……もしかして天使様か神様かな……?)
ぼんやりと眺めながらその少女について考えると、ヘラリと笑みを浮かべるスピカ。一方の少女は危機感のないその様子にますます戸惑った様子を見せる。
「なんか笑ってるわね、死にかけてるんじゃないのかしら? うーん……」
どうしたものかと腕を組み考え込む少女。そうこうしている間にスピカの意識に限界が訪れる。
(天使様か……神様なら……お願いを叶えてくれるかな……このまま死んじゃうなら……生まれ変われなくて良いから……)
視界が暗転していく中、最後の力で口を開く。
「死……だら……お星さま……に……なり……たいな……」
頭に浮かんだ死に際の願い、その最後の部分だけを言葉に残したスピカは、糸が切れたように意識を失うのだった。
「えぇ!? ちょっと待って、お星様って……どういうことよ! 目を覚ましてよぉーー!!」
スピカの言葉に困惑の声を上げる少女。
完全に気を失ったスピカを起こそうと、騒いだり叩いたり喚いたりとしていた少女だったが、少し冷静になり思案すると、何かをひらめいたように「そっか!」と頷く。
スピカが意識を失う直前、最後の力で発した言葉。それは奇しくもスピカの、そして少女の運命を大きく変える言葉となる。
少女の名はトレミィ。
人間の"願い"を受け"神託"という力を授けることのできる存在。
"神"と呼ばれる大いなる存在、その一柱である。
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