ひざの傷(ホラー?)
ほんまになんでも許せる人むけ。
純粋なホラーを読みたい人が読んだらきっと怒る。
あなたが読み返す率97%(当社比)。
※どんでん返しあり。
「痛い!」
カズヤが転んでまた膝をすりむいている。最近転ぶことが多くなったと、母親の紀久子は憂い顔を隠せない。
紀久子は公園の遊具でかまわず遊んでいる子供たちの中に入っていき、べそをかいているカズヤの横にしゃがみ込んだ。
「カズヤ大丈夫?」
「だめ」
その返答に思わず笑みが浮かんだ。カズヤの腕を取り立たせ、水道に向かう。
カズヤの膝には横一線にはっきりとした切り傷ができていた。薄い皮膚が裂け、赤い肉が見えて血が滲み出ている。
蛇口を捻って水を出し、膝についた砂や汚れを落としながら紀久子はティッシュで傷を軽く拭った。
「いたい~」
まだまだ甘えん坊の盛りだ。必死に痛みに耐えながらも泣き言を言う息子の姿は日々の成長を見るようで、紀久子はそれを可哀想でありながら可愛いと感じていた。
そのとき、傷口から何か黒いものがちらりと見えた。
(なにかしら)
水を止めて傷を見る。洗われた傷口には血液がじわじわと溢れていたが、血の赤の中に似つかわしくない黒い糸のようなものが数ミリ飛び出ている。
ティッシュで血を拭いながら紀久子はそれを摘まんだ。
カズヤは唇を噛んでうなっている。
「カズヤ、ちょっと我慢してね」
紀久子はそれを引っ張った。
ズル、ズル……と黒いものが傷から引き出される。はじめの一本に絡まるように、わずかな手応えの後、瘤のように固まった部分がブツンと現れた。
(なによ、これ)
血を纏ったそれはカズヤの傷口から繋がって延々と出てくる。
蒼白になりながら指にそれを絡めて引き出している紀久子は、その感触に覚えがあった。
「ーー髪の毛……」
長い髪の毛がカズヤの膝から出てくる。
時折瘤を作って何本かまとまり、痛々しいカズヤの傷を押し開いて現れる。
それははじめに出てきた一本からずっと繋がっていた。
「なに……なに、これ!」
紀久子が声を荒らげた。
カズヤが怯えて「ママ!」とすがりつく。
異変に気づき、遠くにいた母親の集団が何事かと近づいてきた。
震える紀久子が「救急車……救急車を呼んでください!」と訴えかけるとすぐに母親たちが反応してくれた。
紀久子はカズヤを支えて公園の出入り口まで移動する。
「ママ、こわいよ、ママ」
カズヤが怯えていたが、やがてその意識がぼんやりとしてきた。
「カズヤ、しっかり!」
「……」
カズヤから返答は無い。瞳は閉じられ、体はぐったりと力ない。
ーーいや、それどころか顔色は真っ青でーー
「奥さん、救急車きましたよ!」
母親の集団に声をかけられて紀久子がハッと顔を上げる。
目の前には救急隊員が立っていた。
「大丈夫ですか、お名前言えますか」
「杉浦紀久子です……」
救急隊員がカズヤを見る。
「そちらの方ですかね」
「はい」
呆然と返事をしている紀久子の前で、ストレッチャーが準備されていく。
「お名前お願いします」
「杉浦カズヤ……」
「ご関係は」
「息子です……」
「どうされたんですか」
救急隊員の言葉に紀久子は縋るような瞳を向けた。
「膝を、切ってしまって……水で洗っていたら、傷口から……髪の毛のようなものが……!」
震える紀久子の手には一握りの髪の毛が捕まれている。
突拍子もないことだったが、救急隊員は笑わずに真剣に話を聞いてくれている。
カズヤの体をほかの隊員が三人がかりでストレッチャ-に乗せ、救急車の中に収容していく。
息子の姿を見ながら紀久子は救急隊員にすがりついた。
「息子の前髪が無くなってるんです」
「ーーえっと」
「私が膝の髪の毛を引っ張ったら、どんどん前髪が無くなっていったんです」
救急隊員の表情は困惑したような、真面目と笑いの微妙なところをさまよっている。
しかし紀久子の言葉を一笑に伏すことはなかった。
「息子さんのご年齢は」
「49歳……」
「なるほど……それは、違う理由がありそうですね」
「違うんです、本当に、カズヤはそんな子じゃないんです」
「それは検査をしてみないとわかりません」
救急隊員が紀久子の腕をそっと支えて救急車に同乗させた。
ストレッチャーの上で無意識に膝を動かしたカズヤの前髪がわずかに短くなったことに気付いた者は誰もいなかった。
<おわり>