墜ちる
━━ここ数日、夢を見る。
空を見下ろし、高く高く昇っていく夢だ。
風を感じて、ひたすら昇る。
しかし、何時も何時も、ある高さになるとぷつんと途切れる。
目の前が真っ暗になり、目が覚める。
始めはただの夢だと思っていた。しかし、毎度毎度、眠る度にそれを見ると、どうにもそのことが頭に残ってしまう。
考えずにはいられない。
それでも、その夢が何を意図するか、全く理解できなかった。
その時までは。
今私は、高層ビルの屋上にいる。
転落防止の柵を越えて、その向こう側に立っている。
上を見上げれば、白く輝く美しい月が浮かんでいる。
風は強く、しっかりと柵を掴んでいなければ、今にも落ちてしまいそうなほどだ。
まあ、遅かれ早かれそうなるわけだが。
ああ違う、そんな受動的な態度はよくない。
これはあくまで、私による能動的な行動なのだから。
止める人間はここにはいない。止めて欲しいとも思わない。
理由?疲れたからだ。今時の社会人にありがちな、ありふれた動機だ。
そんなことで?と思うかもしれないが、当人にとってみればそれで十分なのだ。
人は案外、簡単に死を選ぶ。
とはいえそんな悟ったようなことを言って自身の選択を正当化しようというのではない。
それこそどうだっていいことだ。
さて、そろそろいいだろう。
この世へのお別れも十分だ。
そうして私は、柵を離し、床を蹴った。
落下と、浮遊感。
どこか既視感のある感覚に、ようやく夢の意味を悟った。
こういう時に浮かぶのは走馬灯と相場は決まっているが、生憎私の頭の中にそんなモノはなかった。
ただただ、見上げた空の、月と星の輝きが、その間を埋める、深い深い藍色が、身の毛もよだつほどに恐ろしく、悲しいほどに美しかった。
このまま、何処までも遠ざかっていけると、手を伸ばした瞬間、意識は消えた。