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君がいた虹の夏に  作者: ほしがひかる
one more gray
7/10

 瀬名の通う高校も、八月末までの夏休みが始まった。

 今年の夏は例年よりも気温が低く、冷夏と呼べる季節になる。夜眠る時にブランケット一枚だけでは肌寒いほどに。そんな中でも、SMクラブの活動に対して瀬名の気持ちが冷めることはなく、参加し続けていた。

 コミュニティでバーベキューをしようという話が持ち上がった、夏休み二日目の昼下がり。アユムと瑞樹、そして瀬名の三者はファストフード店に集合していた。


「どこでするの?」瀬名は厚手の紙コップに注がれたホットティーを飲んだ。「どこかの河川敷とか?」


 バーベキュー開催は決定事項で、決まっていないのが日程と場所、とのことだった。

 アユムはハンバーガーにかぶりついて視線を上げて、正面から瀬名を見た。


「いまんところ、そんな感じだな。俺一人でぱっぱと決める方が早いんだけど、メンバーの予定がバラバラで把握できてないっていうのが現状。それで、とりあえずセナとアオイに訊いてみようかと」

「私は」と瑞樹が言った。「いつでも大丈夫。バイトもしてないし」

「そっか。じゃ、セナは?」


 初めてアユムやハジメと対面した日から二カ月以上が経過した。これまで計三回、コミュニティメンバーで集まる活動に瀬名は参加した。現在のSMクラブは瀬名を含め十八人から成り立っている。三回の活動参加で、コミュニティメンバー全員と顔合わせしている瀬名に返答の迷いはなかった。


「僕も、いつでも大丈夫だと思う。なるべくみんなに合わせる」

「助かる。いや、さすがにメンバー全員の予定を把握するなんて、なかなか鬼畜の所業でな。誰が、どの日、予定が合わないとかもう覚えらんねえよ」


 基本的に、コミュニティの活動はアユムが仕切ることになっている。設立者であるが故の定めだろう。瀬名が驚いたことは、アユムが生徒会長も兼任している──本来ならば、そちらの方が本分なのだから、コミュニティの方が兼なのかもしれない──ことだ。アユム曰く、人望もあり、教師からの信頼も厚いらしい。本人が言うことではないかもしれないけれど、納得できるだけのカリスマ性がアユムにあるのも事実だった。そうでなくては、自ら率先してセクシュアルマイノリティのコミュニティを築くこともできないだろう。

 そういえば、と瀬名は言った。


「今日、ハジメは? グループでメッセージしてたときは来るって言ってたけど」


 何気なく訊いたことだったから、それ相当の、適当な返答でよかったが──瑞樹やアユムが、一斉に視線を落とした反応で、瀬名は察した。


 ──生理、か。


 以前も一度、同じようなことがあった。「まあ、あいつの体のことを考えてやれ」とアユムに諭されて瀬名は理解していたが──どれだけ不便、理不尽な運命なのかまでは忖度することができなかった。正確には、推し測らないようにしていた。それは同情、すなわちハジメを「彼女」として見ていることになると、瀬名は考えていたから。


 ──理解と同情は、まったくの別物なんだ。


 それが、瀬名がコミュニティに入ってから二カ月で学んだ教訓だった。

 不用意に誕生させてしまった空気のよどみを晴らすためか、ふとアユムが歯を見せて話題を切り替えた。


「そういや、まだメンバーの誰にも言ってなかったんだがな、もしかしたら新しくコミュニティに入ってくる人がいるかもしれない」


 嬉々として反応したのは瑞樹だった。


「ほんと? 男子、女子?」

「女子。どういう経路か不明だが、うちのコミュニティのことを知ったらしくてな。ツイッターでDMを送ってきて、参加させてほしいとのことだった」

「やったね、また新しい仲間が増える」


 瑞樹ほどではないが、瀬名もまた、胸中に嬉しさを覚えた。自分がSMクラブに参入して以来、新人はいない。僕自身がそうであったように、新しく入ってくる人も新しい場所に不安を覚えることもあるだろう、その不安を取り除いてあげるのが僕の役目だ、と一番後輩である瀬名は自然に思い至った。


「まだ俺も直接会ってないけど」アユムが言う。「ツイッターでやり取りしてた限りの情報だと、彼女は俺らの一個上──つまり高校三年らしい」

「へえ、私たちよりも上の人なんだ。じゃあ、コミュニティの中でも年長者になるね」


 SMクラブに高校三年のメンバーはいなかった。というのも、設立者であるアユムが二年生だと年上の人が入ってくるのに躊躇してしまうからだろう。瀬名が彼から聞いた話では、メールやメッセージでのやり取り時点で遠慮してしまって参加希望を取り下げる人が多数いたという。


「いつ頃から、その人は参加するつもりなのかな」 瀬名が問うた。

「そうだなあ」アユムは顎に手を当てて唸る。「俺的には、バーベキューの当日がいいと思ってるんだけどな。みんなが和気あいあいしてるときの方が相手としても気が楽っていうか、打ち解けやすい雰囲気になるだろ」

 

 たしかに僕のときもそうだったな、と瀬名は思う。通常活動のときではなく、メンバー同士がプライベートで遊ぶときに瀬名も加入した。そこらへんの感覚や有難さは人それぞれなのかもしれないが、普遍的に考えれば、アユムの提案に概ね賛成だった。


「いいんじゃないかな、バーベキューのときで。きっと、その人もそういう方が助かると思う」

「だろうな。それに、今回に限ってはお前の助力が最重要視されるかもしれないぜ、セナ」


 瀬名は首を傾げた──どうしてまだ入ったばかりの僕のサポートが最重要なんだ?


「僕と瑞樹と同じ高校の人なの?」

「いや」アユムは首を振った。

「僕の知り合い、とか」

「まったくの他人だと思うぜ」


 わからなくて、瀬名は隣に座る瑞樹と目を合わせた。

 ストレートに、瀬名は訊く。


「なんで僕の助力が必要なの?」


 いや、それはメンバーであれば新人を歓迎するのは当然の話で、もちろん参加後の精神的な支えも積極的に試みる。しかし、なぜ特定的に自分なのか、不可解だ。

 アユムが瀬名を指して、見据えて言った。


「セナと一緒だからだ」


 極めて真面目な表情で、アユムは続ける。


「おそらく、彼女もA──無性愛者だ」


更新が遅くなってしまい、申し訳ありません

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