⑤
ファミレスのあと、四人で近くの複合商業施設へ向かってゲームセンターでシューティングゲームをしたり、徒にUFOキャッチャーをしたり、瀬名たちはありふれた高校生の休日を過ごした。
駅でそれぞれが別れたのは、空が暮色に染まり始めた頃だった。アユムは上り線、彼以外の三人は下り線の電車に乗って、ハジメは瀬名と瑞樹の降車駅よりふたつ手前で降りた。
瀬名、と瑞樹が言った──コミュニティでは本名で呼ばないため、彼女も瀬名と呼ぶことにした。
「今日、どうだった?」
車窓から夕陽が差し込む車内は人の姿がまばらだった。彼女のソプラノの声がよく通る。
「よかったよ。たぶん、いつものコミュニティの集まりとは全然違うんだろうけれど」
瀬名の率直な感想に、瑞樹は大層嬉しそうに口角を上げた。
「そうだね。けど、雰囲気とかは今日とあまり変わらないよ。雑談したり、取り留めのない議題で話し合ったり、今日みたいにどこかへ行ったりするくらい。たまにアユムが専門家とか、他のコミュニティの人を招いてくることもあるけれど」
「なんだか僕の思ってたのと、結構違うね、コミュニティって」
セクシュアルマイノリティの高校生が集会を開いて、お堅くディスカッションするような、あまり楽しいとは言えないものだと思っていた。だがそうではなかったと、瀬名は実感した。
お堅く想像していたのは、やはり瀬名が頭のどこかでセクシュアルマイノリティを特別視していたからだ。特別な人が集まって、特別なことをする。そう予想していた。
でも、それは偏見だったと、いまになって自覚した。
普通の人が集い、普通のことをする。なにも特別じゃない。なにもおかしくない。とても普遍的な、高校生を過ごす。きっと、他のコミュニティでもそうなのだろう。性的指向について議するのは避けて通れない道であるけれど、それ以外はなんでもない。
それを今日、この目で目の当たりにしたのだ。
「僕も参加していいかな?」
一瞬の間が空いてから、
「大歓迎だよ。瀬名が入ってくれるなら、アユムも、ハジメもきっと喜ぶよ」
興奮気味の瑞樹の声が車内に響いて、少し離れた場所に座っていた年配の男性がこちらを一瞥した。
ごめん、嬉しくてつい、と瑞樹が言うも、やっぱり零れる笑みを抑えきれないようで。謝意が込められているのかよくわからなかった。
「次にコミュニティメンバーが集まるのって、いつだろう?」
「たぶん、再来週かな。基本的に週末に集まることになってる。メンバーのみんなは県内に住んでるけれど、部活があったり、他に予定が入ってる人もいるからね。県内って言っても、距離あるところから来る人もいるし」
みんなで集まるのは月に二、三回くらいかな、と瑞樹は対面側の窓を見て言った。
街は夕陽の陰で黒く塗りつぶされている。時間の経過が速いと感じたのはいつ以来だろうか。瀬名も紅緋色のグラデーションが始まる遠い空を見ていた。
──綺麗だ。
景色を見て、美しいと自然的に感じた。
そういった芸術的感覚、美的感覚、綺麗だと判別できる感情はある。
なのに。
──どうして、僕には愛がないんだろう。
厳密に言えば、性愛が無い。
恋愛感情については、好きという感覚については、まだ知らないだけなのかもしれない。
だとしても、どうしようもなく、虚しく感じた。
隣に座る少女が見ている景色は、自分のものとは違うのだろうか。
愛さえあれば、また違った景色が見えてくるのだろうか。
自分を知れば、なにか変わるのだろうか。
わからない。
窓に電車より遅い速度で飛ぶ二羽の鳥が映った。夫婦仲良く飛んでいるようにも見えた。
鳥でさえ、当たり前に愛を知っている。
「瀬名は」瀬名の深まっていく思考を断ち切るように瑞樹が開口した。「私たちのコミュニティで色んなものを探していけばいいんだと思う。SMクラブのコンセプトって、自分と向き合って自分を知っていく、だから」
まるで心情を悟られたみたいで、瀬名はなにも返答できなかった。その必要もなかった。
「私だって探してる途中だもん。色んな人がいる中で、色んな人と関わり合って、狭い世界の中でも見つけられるものがあるはず。ゆっくり前進していけばいいんだよ」
達観している言葉をチョイスできる瑞樹の強み、それは彼女がSMクラブで得たもののひとつなのだと瀬名は思う。居場所、と呼ぶにはいささか早急すぎるかもしれない。けれど、いずれSMクラブという風変わりな名前のコミュニティが僕の居場所にもなるのだとすれば、そこで自分を知っていきたい。多様な性を目に焼き付けたい。
瀬名は息を漏らすように微笑んだ。「じゃあ、今日が最初の一歩だ」
瑞樹も目を細めた。「そうだね」
斯くして、上坂瀬名の「性旬」が始まった。