➁
川魚を捕まえる仕掛けとしてセルビン、もしくはもんどりというものがある。ペットボトルでも作れるとして手軽なトラップである。入り口が狭く、中は広い。一度なかへ入ってしまったら外へ出るのは困難な仕組みになっている。
状況説明に適した言葉として、袋小路のネズミ、なんて言い方も他にはあるかもしれない。
まさしくハマったな、と瀬名は思う。学校の教室もセルビンのような構造になっていることに気付いたのは遅く、帰りのホームルーム直後だった。瀬名の机は窓側、瑞樹の机はどちらかと言えば廊下側に近い。そして教室の出入り口は前方と後方のふたつしかない。机のフックにかけていた通学鞄を勢いよく手に取り、椅子から腰を上げた時には、教室のドア付近ですでにスタンバイしている瑞樹がいた。
──あ、目で訴えかけられてる。
言うまでもなく、彼女がドア前で仁王立ちしているのは瀬名を逃がさないもとい帰さないためである。彼女はまるで観賞用のメダカ入りの袋を見つめる幼い女の子の目をしていた。もしかしたら一層執心的な意を込めているかもしれない。
逃げられない。
さすがに、女の子に追い込まれたからというくだらない理由のために二階の窓から飛び降りる必要性を感じず、瀬名は観念したように再度席に腰を下ろした。すると瑞樹が教室の入り口から離れ、その足でこちらへ近づいてくる。
「帰ろうとしてたでしょ、上坂くん」
明朗な声色に瀬名を咎める色は見当たらず、いじらしい笑みを浮かべている。
「だって、昨日のメッセージ内容じゃあ、あまりに怪しいよ」瀬名は肩をすくめた。「すっぽかそうとしてたのは、ごめん」
「ん、いいよ。ちょっと訊きたいことがあっただけだし」
部活動や帰宅に向けて大半のクラスメイトが波の様にドアへ押し寄せる中、瀬名はひとつの視線に気づいた。船越圭太のものだ。彼が友人と談笑しながらこちらを一瞥してくる。
上坂くん、と呼ばれて瀬名は意識を目前へ戻す。
「ここじゃなんだし、場所変えて話そうよ」
否応なく、瑞樹は会話を進めていく。
「ここじゃダメなのか?」
「ちょっとね」今度は瑞樹が肩をすくめた。「昨日送った通り、個人的な、深い部分の話になると思うから」
数瞬のあいだ、思考が一気に活発化する。その深い部分の話って、だから一体何なんだよ。このまま彼女に付き従うのは善策だろうか? それとも、やっぱり拒むべきだろうか? いや、正直に言えば瑞樹の言う「個人的な、深い部分の話」というのが気にかかる。ああ、もう──。
そして、瀬名は項垂れた。同時に、諦めの頷きでもあった。
見上げなくてもわかる、瑞樹が微笑して零れるような吐息が聞えた。
「それじゃ、行こ」
彼女が踵を返して瀬名も椅子から立ち上がった。チラリと猥談──おそらく、おおかた、たぶん、っていうか絶対そう──を続けている船越を見た。彼が何度か目配せをして、それから口パクでこう言った。
う・ま・く・い・け・よ。
瀬名も返す。
や・か・ま・し・い・よ。