七日目【後】
『ヒナ、お前……変な場所行っただろ? 肝試し的な』
まだ何も話していないのに龍之介が言ってきたので、コウタはスマホを握って凍りついた。
しずりと別れ地元の駅まで戻ってきても、真っ直ぐ家へ帰る気にならず。友達の一覧の中から『今の時間帯に話せそうな奴』を選んで、何となく電話しただけだったのに。
「な、何でわかんの?」
『さっきからラップ音すごいんだよ。どこ行ったんだ?』
「マジ!? アッキーわかる人だったの!? 万能過ぎない!? ていうか俺どうしたらいい!?」
『……今どこだよ?』
「地元の駅……」
『すぐ行くから移動するな。周りの迷惑になりかねない』
そんなインフルエンザみたいなことになるん……? と、駅前のベンチでコウタが15分も待っていると龍之介が来た。一目会うなり、学校の王子様からは汚物でも見るような目をされた。
「その靴捨てろ」
「裸足になるんですけど!?」
「家に入れると家族が苦労するぞ」
「俺の靴どうなってるの? ゲロとうんこダブルで踏んだよりひどいの?」
「聞くか? まず足元がどす黒い血溜まりで半透明の手が何本か……」
「処分してください」
降参したコウタは駅前の100円均一店でビーチサンダルを購入し、スニーカーはビニール袋に入れて捨てた。捨てるとき龍之介が何か紙切れを入れ細工していた。「このまま捨てるとゴミ収集業者の人が可哀想なことになる」と言っていた。
「こっち来い」と言われ、駅前の立体駐車場の陰へついて行く。龍之介が寺院で使われるような大型のマッチを取り出し、火を点けてコウタの顔に近づけた。
「ぎゃあ! 何!?」
「火傷したくなかったら動くな」
龍之介は口中でお経に似たものを転がす。マッチの炎が一瞬強くなり髪の毛の焦げる匂いが漂って
「よし、何とかなった」
何かが何とかなったようだった。コウタも、ふっと身体が軽くなった感じがあった。
「アッキー、そういう家の人?」
「専門家じゃない。でもウチは代々『見える』家だから、昔から自己防衛のために少し教わってる」
お礼としてコウタがおごった、がぶのみメロンクリームソーダを飲んで
「それで、どこ行ってたんだよ?」
龍之介が質問した。
「ちょっと、裏野ドリームランドに……」
コウタは今日の夕方電車でしずりに会い、廃園へ同行したことを白状した。コンビニの前でそれを聞いている間、龍之介はたまに溜息をつき難しい顔をしていた。「あの子か」と栗色の髪をかきむしる姿までモデルみたいで面白くないが、助けてもらう立場なのでコウタは黙っている。
「そうだったな……妙に条件の良いバイトだったっけ。『廃園のメリーゴーラウンドの管理』……? 何やらされてるんだ? こんなブラックだったのか」
龍之介の呟きに、コウタは不安になってくる。
「しずりんこそ、お祓いしないとヤバいよな? 時間的にまだ間に合いそうだし、呼んでいいか?」
「……うん……」
「急に大人しくなるなよ! 呼ぶぞ!? 呼ぶからな!?」
「わかったよ!」
立場が逆転し、挙動不審になっている龍之介の横でコウタはしずりへ電話した。
電話は繋がったが、しずりはいつもより水島屋敷を出るのが遅くなっていたそうで
『今、駅に来たところよ』
という。
「少し用事あってさ。こっち寄ってもらいたいんだけど、良い?」
コウタの頼みにしずりは不思議そうにしていたが、わかったと答えたので場所を伝えて通話は終わった。
しずりの到着を待つ間、コウタは肝試しの中学生達が言っていた『ドリームキャッスルの拷問部屋』の件も話した。しずりが観覧車やアクアツアーで見たり聞いたりしたことも、知る範囲で龍之介に伝えた。
「俺で対処出来るかな」
聞き終わった龍之介の反応は芳しくなかった。
「ダメなのかよ?」
「何とも言えない。でも、かなり長いことそんな廃園に通ってるなら、さすがに……」
もう手に負えないかもしれない、という。
「それに、ヒナにくっついてきた半透明の手や血溜まりが」
「やめろ」
「聞けよ。『手』の方は通りすがりみたいなものだった。けど『血』の方は……それなりに重みがあったというか」
空になったペットボトルをゴミ箱へ捨て、龍之介は言った。
「あの子にやつれたり疲弊してる様子は? 見た感じ異常は?」
「それは無かった」
「そうか……他には? ホンの少しでも、あの子に何かおかしなこと無かったか?」
繰り返し確認されるうちに、コウタは思い出す。
「言われてみれば……しずりん全然『怖がってなかった』」
遊園地にいた時の、しずりの行動と態度。
「あれ? って思ったんだよ。観覧車やアクアツアーで、ヤバめの奴にも会ってるのに平気な顔してるから。ドリームキャッスルの鍵かけて戻ってきたときも普通に笑っててさ。ちょっと怖かったんだよな」
――――何もなかったわ。
そう言って微笑んだしずりを見たとき、コウタの背筋を一瞬冷たいものが走ったのだ。
「それ本当か?」
「うーん……でもまぁ元々あんな感じでポ~ッとしてる子だから、考えすぎかもしんない」
中学の頃、学校の怪談などを聞いてもわかっていない顔をしていたしずりを、コウタは記憶していた。
「怖がらない人ってのはいる……けど。お前の勘はかなり精度が高いからな」
「あ、勘は良いよ俺。テストで『この辺出るかなー』ってとこ出るし、選択問題やマークシートも得意」
「少し鍛えれば、割と簡単に『見える』ようになるタイプだと思う」
褒められたと思ったコウタは、知りたくない才能を知らされる。
「さっき俺を選んで連絡してきたのも、お前がある程度素質あるからだよ。今日の電車であの子に会って急に追いかけたくなったのも、一種の『霊感』」
「え……それって『呼ばれた』ってやつ……? じゃあ、しずりんもあの遊園地に呼ばれてるのか」
「それは……あの子の場合は何か」
龍之介が言ったところで
「コウタ君」
聞こえてきた声に二人はそちらを見る。帰宅を急ぐ人波から出てきたしずりが色白の手を振り、小走りで駆け寄ってきた。
コウタの横に龍之介を見つけたしずりは少し驚いた顔をした後、「こんばんは」と挨拶した。白リュックを背負ったしずりに微笑みかけられた龍之介に動揺は見えなくとも、「おはよう」と返していたから、こいつ頭飛んでる……と、コウタはそこにぞっとした。
「しずりんの身の危険に関わることかもしれないから、聞いてほしくてさ」
無能状態に陥っている龍之介に代わり、コウタが経緯を説明する。しずりは大人しくそれを聞いていた。
「んで、どうなんだよアッキー? しずりんの状態」
コウタは龍之介が『見える』人であることも伝え、診断を仰いだ。
「私……危ない状態なの?」
しずりも心持ち不安そうに、龍之介を見上げる。
「……」
「喋れよ!」
背中を掌で思いっきり叩かれ、金縛りの解けた龍之介が言った。
「……っと、だ、大丈夫」
息切れしている。声と一緒に息まで出なくなっていたらしい。
「ん? だいじょうぶ? ……つまり平気なのか? 俺みたいな、血溜まりとかは?」
「無い。全然。キレイ……」
コウタとしずりを前に、龍之介も首を傾げていた。
「そ、それにしても、その……キミ、あんまり……吃驚してないよね? 何か、心当たり、あった?」
つっかえ気味な龍之介の質問に、しずりの表情が曇る。
「……さっき、お屋敷でね」
水島家へ戻ったしずりは、裏野ドリームランドでの出来事を、奥様に報告した。まず肝試しの中学生二人を通報しない判断をした事と、友達を園内へ立ち入らせた事をお詫びした。風邪が長引いているという奥様は、車椅子で気だるそうに『わかりました』とのみ答えていた。咎められると思っていたので肩透かしを食った気がしたが、奥様が重そうに頭を上げ『もし何だったら』と続けて
『お友達も一緒に行ってくれて構わないから、この調子で仕事は続けてちょうだいな』
そう言われたので、さらに驚いた。
――――奥様……私、ドリームキャッスルで生首を見たんです。
思い切ってしずりが切り出すと、水島夫人は鼻の先で小さく笑った。
『あら……そうなの? 大変だったわねぇ。でも随分落ち着いてるわね貴女。度胸が据わっていて良いわ』
車椅子の肘に凭れ掛かって言っていた。
裏野ドリームランドと何か関係があるんでしょうか? というしずりの疑問質問に合わせる感じで
『生首が? さあどうかしら? 昔お寺があったとは聞いたから、晒し首にされた人でも弔われていたのかしらね』
奥様は語っていた。
『オバケが心配になってしまったの? じゃあ貴女、今日はこれ何に見える?』
壁のポスターを指して問われた。何も見えないので、真っ白に見えます、と答えると
『それなら大丈夫よ。貴女はオバケに負ける人じゃないわ』
水島夫人はまた同じ事を言った。その紙は何なのですか? と尋ねても『お仕事が終わったら、お話しするわ』と教えてもらえない。
――――奥様は何が見えるんですか?
尋ねると『何も』と返答があったきりで、水島夫人から聞き出せたのはここまでだった。
「奥様は私にこの仕事を続けさせたいみたいで……でも理由は言いたくないみたいだし。どうしてなのかしらって、考えていたところだったから」
驚かなかったのだと、しずりは言った。