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七日目【前】

 何故今まで調べる気にならなかったのか。

 検索してみると裏野ドリームランドの『噂』は簡単に、且つ大量に見つかった。明らかなガセを除外して、有名どころは7つの噂。


『遊園地で度々、子供がいなくなる』

『ジェットコースターの事故について、誰も正確なことを知らない』

『開園していた頃から、アクアツアーで謎の生物が目撃された』

『誰もいない観覧車から聞こえる声』

『ミラーハウスに入った人が、別人のように変わってしまうことがあるらしい』

『ドリームキャッスルには地下室があって、拷問部屋になっている』

『誰もいない遊園地でメリーゴーラウンドが勝手に動いている』という噂もあった。


「お掃除まで手伝ってくれて、どうもありがとう」

「どういたしまして……」

 遊園地を歩きながらしずりが言うと、隣のコウタがテンション低く返してくる。


 今日しずりは『例の仕事』へ向かう電車で、コウタに会った。

 しずりは「バイトのお使い」と説明し、カラオケ帰りというコウタは「大変だね」と笑顔だった。そして目的の駅に到着し、しずりは「バイバイ」と手を振ってコウタが乗った電車を見送った。バスに乗り込み『裏野ドリームランド前』のバス停に到着しようかという頃。


――――しずりん、どこ行くの?


 コウタが隣の席にやってきた。次の駅で降りて引き返し、まだ駅のバス停にいたしずりを探し出して追いかけてきたのだ。コウタには本当に驚かされてばかりいる。もっとも、しずりの『目的地』を知ったコウタの方が驚愕していたが。


「コウタ君は怖い話、嫌いなんでしょう? 無理しないで先に帰ってくれて良かったのに……」

「一緒にいさせて! お願い! ここまで来たら! つうか一人で帰る方が怖いから!」

 必死の形相で懇願される。


 しずりはバスに乗っていた時点で、コウタに帰るよう促した。だが彼は勢い込んでついて来たのだ。そこまでして来たは良いが、本格的な夜を迎えた廃園で怯えまくっている。貸してあげた懐中電灯は両手に一つずつ持っていた。


「今までよくこんなバイトやってたな……」

「メリーゴーラウンドを動かすだけなら簡単だもの。綺麗だし」

 びくびくしているコウタには悪いが、話し相手がいてしずりは楽しかった。


「こんなバイトやめなよ。アクアツアーや観覧車で変なモノも見てるんだろ? 面接のテストも変だし」

「ここまで来て投げ出すのも……それに、あれは何かの見間違いや、空耳だったんじゃないかなって」

「でも気味悪いじゃん。こういう時期こそ侵入者増えるんだから、専門業者頼むべきだろ。何で素人のアルバイト使うわけ? おかしいよ」

 不満そうなコウタの言葉で、しずりも少し考える。


「そこは私もちょっと思ったわ。それと少し……気になることもあって」

「気になること?」

「バスの運転手さんから聞いた『お寺』が無いの」


 検索すれば噂とセットで出てくると思っていた『寺』。それが全く表に出てこなかった。


「自治体ホームページの『地元の歴史』にも、ここにあったはずのお寺の事が書いてないの。図書館でこの辺りのお寺や神社について調べても、名前は見つからなかったわ」

「運転手が適当なコト言ったんじゃない?」

 返事するコウタは周囲の暗闇に注意を払っている。


「でもね、この前フリーマーケットで見つけた本にだけ『お寺』の名前が載っていたの」


 よく見つけたと思う。

 先日しずりがフリーマーケットで見つけたのは、『裏野郷土史』という半世紀以上前に出版された古本だった。題名が目に飛び込んできて、手に取った。土地に愛着のある個人が地元向けに少数印行した本。


 その本によると裏野ドリームランドとなった土地には、『無間寺』という寺があった。

 数百年以上の歴史があり、本が書かれた当時すでに住職もいない寺だった。敷地内には他に『髑髏塚』という塚も建っていたようである。昔の地図も載っていて、川の位置等から判断してここ以外ない。とはいえ、これは個人が書いた本の記述。資料として、どこまで正確か。


 そのとき、しずりは黒く聳えるドリームキャッスルの前辺りに、白い光がちらちら動いているのを見つけた。


「あれ……何かしら?」

「え、行くの!?」

 躊躇無くドリームキャッスルへ歩き出したしずりに、コウタは「あーもう!」と喚き後へ続く。


『ドリームキャッスル』は西洋の城に似せた白い建造物だった。遊園地の中心に建つランドマーク。営業当時1階はレストラン、2階と屋上は記念撮影や展望室として使われていた。たくさんの窓は外側と内側から全て板で塞がれている。


 入口前には本物の石で作られた優美な噴水があり、今は水は流れていなかった。その噴水に誰かいる。動く光はどう見ても人工の光で、懐中電灯とわかった。何か小声で話している。


「どうかなさいましたか?」


 携帯電話の非常ボタンに指をかけ、しずりは声をかけた。

 「キャーッ!」「うあ!」と叫んだ人は二人いた。懐中電灯で照らした彼らは見るからに年下。やんちゃな顔つきの金髪の男の子と、シルバーに毛先だけアッシュピンクなグラデーション髪の女の子だった。逃げる様子はない。


「私はこの遊園地の設備管理の一部を、所有者の方から委託されている者なんですが……」

 管理委託証明書を見せて告げる。

「中学生か? ダメだよ、こういうの不法侵入になるんだぞー」

 コウタも似たようなもののくせに、相手が年下なのと『肩書き』のある人が同行しているため強気になっていた。噴水に座り込んでいた女の子が、涙声で話し始める。


「みんなで……肝試しに来たんだけど、みんな……逃げちゃって」

 二人だけが置いていかれたという。しゃくりあげる彼女の横で、男の子も鼻をすすっていた。


「私はここで何かあったら、警備会社や警察に報せるよう所有者さんから言われているんです。直通連絡も出来るんですけど、今回だけはやめておきます。もう入らないでね。お友達にも伝えておいてください」

「はい……」

「すみません……」

 注意勧告に、二人は素直に謝る。『肝試しをする人というのは実在するのね』と感心し、建物へ懐中電灯を向けてしずりは驚いた。


「え? 扉が……」

 ドリームキャッスルの扉が半分ほど開いている。金髪少年が弱々しく言った。


「友達の中に鍵開け出来る奴がいて、そいつが開けたんです……地下室探そうぜって言って」

「あー……『ドリームキャッスルの拷問部屋』か」

 コウタが『噂』の一つを口にする。

 少年の友達が、どうしてそんな技術を持っているのかは触れないでおくことにして。


「閉めてくるわ」

「あ! い、行かない方が!」

 慌てた男の子の声に引っ張られ、しずりの足が止まる。シルバーピンクの女の子も彼の腕にしがみつき、何度も首を横に振っていた。


「行っちゃダメ! あそこダメ! ヤバい、ホントに……さっきも、ね? タツヤも聞いたんだよね? ね?」

「うるせーよ、ミキ!」

 話す二人は揃って足が震えている。さっき声をかけた時この子達は逃げなかったのではなく、逃げられなかっただけとわかった。


「何かあったの?」

 引き返して二人の前に膝をつきしずりが尋ねると、まだ頬を引き攣らせて金髪の男の子が口を開いた。


「……みんなで、手分けして地下室探してたんです」


 グループ8人で肝試しに来た彼らは正面突破を避け、川の浅瀬を探して廃園へ忍び込んだ。懐中電灯や鍵開け道具の他に、バールや釘抜きまで準備していた一行。無事潜入に成功して盛り上がり、意気揚揚とドリームキャッスルへ侵入した。


「厨房があった場所で、下に降りられる階段見つけて。『地下室だ』と思ってみんなで降りて行ったんです。でもそこは配電盤なんかのあった、倉庫みたいな部屋で。もっと他に扉あるんじゃないかと思って探してる途中で……いきなり地下室の床下で……何か、ドン! ドン! て叩くみたいな音がし始めたから」


 彼らが地下室だと思っていた場所の更に下から聞こえてきた、強く叩きつけるような何かの衝撃音。

それと同時に


《死なんぞ、死なんぞぉ!》

り殺してやるからなぁーッ!》

 狂ったように喚き散らす怨嗟の絶叫。


「男や女の人の悲鳴がして……部屋がガタガタ揺れ始めたんです。それでみんな地下室飛び出して……」

 一人が叫び声をあげると恐怖はたちどころに引火し、先を争って逃げ出した。


「レストランの辺りまで来たら、今度は部屋にあったパネルがこっちにバンバン倒れてきて、オレ誰かに突き飛ばされて転んで、逃げ遅れるし」

 閉鎖工事の残りと思われる板が次々倒れ掛かってくるのを掻い潜り、彼らは外に逃れた。


「そ、それで他のみんなは、ビビって逃げちゃったのな?」

 コウタが言うと、金髪の男の子は「はい」と頷く。逃げ遅れた彼と、恐怖で動けなくなっていた彼女が取り残され、二人が助け合い噴水まで辿りついたところに、しずり達が来たのだった。


「消毒用のアルコール? どこか怪我したの?」

 足元にあった薬品容器に気付いて、しずりは尋ねる。女の子の方が首を横に振った。


「ううん、お祓いになるかと思って持ってきた」

「……もしかして、この食卓塩もか?」

「うん。後ろにぶちまけて逃げてきた」

「『メキシコ産』て書いてあるけど……」

「無いよりマシかと思ったから」

 コウタの指摘に、女の子は赤い蓋の小瓶を受け取って言う。まだ僅かに塩が入っていた。


「あの……そういう、仕掛けじゃないんですよね?」

「防犯の? 私は聞いたことがないわ」

 シルバーピンクな女の子の問いに微笑み、しずりは立ち上がるとドリームキャッスルへ向かう。


「ちょ、しず……ッ!」

「開けっ放しで帰るわけにいかないわ」

「嘘だろ!?」

「中には入らないから。コウタ君はこの子達と一緒にいてあげて」


 コウタに後を任せ、しずりは白い建物へ続く手摺りの曲線も優雅な階段を上り始めた。鍵束を取り出して懐中電灯で照らし、該当する鍵を探す。あの少年少女の友達が鍵を壊していなければ良いんだけど、と思った。


 近くで見た焦茶色の扉は、高さが2メートル以上ありそうだった。足元には鎖と解錠された南京錠が放置されている。南京錠を拾い上げ、扉の鈍い金色を残す大きな取っ手を握り、動かしてみた。壊れていないことを確認している最中、懐中電灯の光が伸びた先。


「!」


 まるで人が来るのを待っていたようにそこにいたモノと目が合い、しずりは息をのんだ。

 エントランスに血に塗れた生首が一つ転がって、しずりを見ていた。


 男の頭だった。無精髭もひどい髭面で黒い髪が顔や首に絡まり、乱れきっている。黒ずんだ顔に表情は無く両目を見開き、血を吐いた紫色の唇がパクッ、パクッと時々開閉している。首だけの男は何かを訴えたがっているようにも見えたが


――――……そこに居てください。


 しずりは心の中で念じて、扉を閉める。扉の向こうから襲い掛かってくる気配はない。一つ息を吐くと、ドアの上下についている鍵を順番にかけ、鎖を巻いて南京錠もかけ直した。


「だ、大丈夫?」

 階段を下りると、コウタが心配そうに尋ねてきたので「何もなかったわ」と答えた。怯えている男の子と女の子と、怖い話が苦手なコウタには言えないと思った。


 その後、金髪少年たちとバス停まで行ったら彼らの仲間から連絡があった。逃げた仲間たちは近くのファミレスにいるとわかり、二人は次のバス停で降りて行った。帰りの電車の中でコウタがあまり喋らなかったのが、少し気になった。


 7日目の今日も、無事に終わった。

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