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六日目

 6日目の今日も、無事に終わって。

 裏野ドリームランドからの帰りのバスだった。


「お嬢さん大丈夫?」

 バス前方にある乗降口で、定額運賃200円を払っていたしずりへ声をかけてくれた人がいた。


「お嬢さん、水島さんとこのパートさんでしょ?」

 バスの運転手さんだった。初日に声を掛けてきた運転手とは別の人。パートではないが、しずりは驚いているうちに「はい」と返事をしてしまう。バスはエンジンを唸らせ、まだ停留所で止まっていた。


「ご存知だったんですか?」

「おじさん、ここのバスの運転手やって長いんでね。見ればわかるよ」

 笑った男性は目尻の皺も人懐こそうで、帽子の下は白髪まじりの短い髪。50歳代くらいに見える。毎度のことだが、バスの中に他の乗客はいなかった。この時間にこのバス停を使う人も、しずりしかいない。


「水島さんのところで短期のパートかアルバイトか募集してるんでしょ? 施設の管理だったっけ? 閉園以来、毎年夏になるとやってるもんねぇ」

 運転手さんの話しを聞いている間に、しずりは最前列の席に座った。


「お嬢さんの場合、随分長いこと続いてるでしょ。『今年の子は頑張ってるな~』って、うちのバス仲間達もみんな感心してるよ。それも女の子一人でさ。毎年二、三人は入れ替わるからね。すぐ辞めちゃうらしくて」

「そうなんですか?」

 会話の途中でドアがプシュウと閉まり、バスは夜道を走り出す。しずりは遠のくバス停と街灯を眺め、毎週通っていれば顔を覚えられてしまうのも当たり前ねと思っていた。


 去年の夏もこの『仕事』が行われていたことは、しずりも聞いていた。でもそれ以前は知らない。ただ運転手さんの話しだと、みんな長続きしなかったとみえる。そういえば土屋さんも『去年の男の子はね、理由も言わず急に来なくなっちゃったのよ!』とご立腹だった。


「あの……お仕事中にすみません、お聞きしても良いですか?」

「はあ、どうぞ?」

 途中の信号でバスが停まったタイミングで、しずりが運転手さんに話しかけると、男性は大きなハンドルを握ったまま横目でしずりを見た。


「裏野ドリームランドの『噂』を、いくつか聞いたんです。『子供がいなくなる』とか『ジェットコースターの事故』とか『ミラーハウスで人格が豹変する』とか……ご存知ですか?」

「あ、その話しね」

 しずりの変な質問にも運転手さんに迷惑がる気配はなく、面白そうに微笑し何度も頷いている。


「そんな『噂』も出そうな場所だったみたいよ。あそこね、小さいお寺さんがあった跡地なの」


 信号を見つめ運転手さんは教えてくれた。「詳しくは知らないよ? おじさんもここで暮らしてる人間じゃないんでね」と注意も入れていた。


「お寺の跡地に建設されたから、色んな『噂』が出てくるっていうことですか」

 ありがちと言えば、そうだろう。席で呟いたしずりに、運転席の人は微妙な苦笑いをする。


「それもあるだろうけど……ちょっとね、建てるときに問題があったみたいでね」

「問題?」

「地元と、かなりゴタゴタしたらしいよ」

「皆さん、知っているんですか?」

「公然の秘密」

 芝居じみた言葉を使った運転手さんは、どこまで真意で言ったのか。そこで信号が青に変わり、バスは再び走り出した。


「事業誘致だかで最初は歓迎ムードだったんだってさ。だけど建設計画や、この辺の土地の区画や整備の仕方とか。そういうの水島さんの方で全部決めて片付けちゃったんだってさ。昔風の叩き上げで、豪腕で成らした人だったらしいから、しょうがないのかねぇ……でももうちょっと他にやり方あったと思うよ」


 暗い対向車線を、ヘッドライトの光がたまに通り過ぎていく。真っ直ぐ続くゆるい下り坂を進みながら語る運転手さんは、気軽な口調だった。


「聞くところによると、特にお寺さんのことで険悪になっちゃったみたいなんだよ」

「険悪、ですか」

「重機運ばせて、一日で更地にしちゃったんだってさ。まだ地元でお寺さん移動させるの、させないのってモメてる矢先にだよ。水島さんの方で『もう所有権はこっちだ』ってね。豪快って言うか何て言うかなぁ……大して手間もかからないんだから、元の所有者の意見聞いてやって、パッパー! とお祓いの一つもしとけば、後で変な『噂』流されずにすんだものを。水島さんも意地になってたのかね」


 開業時期に間に合わせるなど、都合も様々あったとは考えられる。

 しかし前々から粗略な『説明会』や一方的に決められていく『整備計画』に不満を募らせていた人々は、ここで『裏野ドリームランド』に愛想を使うのをやめた。やめるだけではなく敵に変わってしまった。


「元工事関係者だった人の話しだと、遊園地の工事してる頃から事故続きだったそうだよ。その頃から怪奇現象の『噂』は出るし、『あれは絶対妨害工作だった』ってね。知らないでしょ? イメージ悪いからなぁ、どんだけ金積んで揉み消したんだか……」


 建設作業員の原因不明の事故や謎の自殺。

 開園後も、ひっきりなしに出てくる噂や事故。

 従業員の異常に高い離職率。

 古寺の存在。

 『遊園地』という夢の場所に相応しくないそれらは、すり潰すようにして消された。しかしバスの運転手さんの口ぶりは、全て沈黙させた水島氏の財力に多少尊敬すら抱いている感があった。


「でも結局は水島さんも、どっかの官僚と癒着疑惑で裁判沙汰になりかけたりして、そっちの火消しでまた金かかって。遊園地もあのざまで。本人も自殺ときたらねぇ……潰した寺の『祟り』だったと言われれば、そうかもなぁ」

 そう言って運転手さんの話しは一旦止まり、坂道を下りきった所で再び信号が赤になってバスも停まる。


「こんなの水島さんの奥さんに言わないでね? おじさん怒られちゃうよ。まだ家のローン残ってるのに、無職になるわけにいかないんだから」

 また横目でしずりの方を見た白髪の運転手さんは、目尻の皺を深くして笑っていた。しずりも微笑んだ。


「それにしても、お嬢さん毎週あんな場所に一人で行く根性、すごいなぁ。こんな時間に怖くないの? オバケ出たりしてない?」

 この運転手さんは喋り好きなのか、今度はしずりのアルバイト事情について尋ねてくる。


「さっきアクアツアーの辺りで、よくわからない生き物なら見ました」

「ええッ!?」

 しずりが答えると、動き出したバスの前方を見ていた顔が一瞬見返った。


「正面ゲート近くの橋の上からなので、あまり見えませんでしたけど……」

 あれはもっと驚かなきゃいけないシーンだったのよねと、運転手さんの反応を見つつ思う。


 水島の奥様ではないけれど、しずりも『そっち』方面に鈍感だった。

 『学校の怪談』なども、どの辺りを怖がればいいのか感じ取れない事がしばしばあった。このアルバイトを割と平気で続けていられるのも、この性質が影響していると思う。友達の美砂なら聞いただけで悲鳴を上げそうな。


「何か、ぞろぞろ、いっぱい。歩いていました」

 帰りがけ、しずりは自分が見た景色を物語る。


「カモシカかな? って」

「カモシカはこの辺いないよ……もうやめなさいよ。親御さんもいるんでしょ? 心配するよ」

 何だか泣きそうな顔で運転手さんが言ってくれて間もなく、バスは次の停留所に到着した。仕事帰りと見られる女性や、スーツ姿の男性客が乗り込んでくる。


 自然と会話は終了し、しずりはショルダーバッグを抱えてバスの窓から月を見上げた。今日は空の月が冴え渡り、川面に反射する水月にも照らされていたから見えたのだと思う。


 カナディアンロッキーを模して作られたアクアツアーは、橋の下を流れる川と繋がっていた。入り組んだ水路やゆるい滝を小型ボートで進むという、人気アトラクションの名残り。正面ゲートの橋からは、一部を望むことが出来る。そのアクアツアーの水辺で犇き、歩き回っているたくさんの『生き物』を見つけ、しずりは足を止めたのだ。


 暗過ぎたし遠過ぎたから『影』としか認識出来ず、正体は想像するしかない。

 廃園に住み着いたタヌキやハクビシンかと思った。しかしそれにしては大き過ぎた。山羊だとしても、まだ足りない。もっと大型の四足の生き物。イノシシやクマにしては足が短過ぎる。となると野生のカモシカくらいしか思いつかなかった。


 でも違うのではないかと、しずりも本当は感じている。

 もしも。そう、もしも。


――――人の下半身だけが何十人も歩いていたら、あんな風に見えそうな……。


 それがあの謎の生き物のシルエットと動きに、一番近い表現だった。

 静寂の中で月光に照らされふらふらと、何か探すように歩いていた『生き物』たち。


 何だったのかしらと、しずりはバスに揺られて考える。


 自分でそれほど怖かった自覚はなかった。

 でも私はあのとき怖かったのかなと、今になって思った。運転手さんに『噂』について聞きたくなったのも、そのせいかしらと。そして青褪めてバスに乗り込んできたしずりを見て、さっき運転手さんは声をかけてくれたのではないかと。

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