四日目
同じクラスの美砂はしずりの友達。明るく可愛く屈託がない。そんな彼女はたまに暴走してくれる。
「しずりん聞いてー!」
美砂は朝の礼拝が終わるなり、聖ウリエル女学館の制服である白いAラインワンピースの裾をひらめかせて、しずりの横に飛んできた。肩でくるくる巻いた髪も手伝ってお人形のよう。教室移動の準備をしていたしずりは、美砂の勢いに手を止めた。
「『裏野ドリームランド』ってあるじゃん? 廃園になった遊園地。『ウラドリ』。知ってるよね?」
美砂は隣の席に腰掛け囁いてくる。無論知っていたので、しずりは「知ってるわ」と頷いたが『ウラドリ』の略称は知らなかった。
「昨日、彼の友達から聞いたの。そのコが友達6人と肝試し行こうって話になって、夜にウラドリの近くまで行ったんだって。先週? 先々週? 忘れちゃった。とにかくその辺」
止める暇も無く美砂は喋り続ける。彼らは園内まで入り込みはしなかったようだが、敷地を囲む木の隙間から見えたという。
「メリーゴーラウンドが電気ついて動いてたんだって!」
披露されたお話しで、しずりは目が点になりそうだった。
――――それ私です。
とは言えない。アルバイト先の雇用主である水島夫人との、守秘義務違反になってしまうと思った。
「ね? 怖くない!?」
「……怖いわね」
美砂の『怖い』とは意味が異なる。見られたのは『仕事』3回目だった先週か、2回目だった先々週。いずれにせよ『もっと周囲に気をつけなきゃ……』と、しずりは自らに言い聞かせていたのだが
「しかもね、別の子が園内を一人で歩いてる髪の長い女の人を見てね、それで『ぎゃ~!』ってなって全員ダッシュで逃げたっていうの」
言われたので、『本当にもっと気をつけなきゃ……』と心から思った。
「あれ? もしかして、しずりんこういう話キライだった?」
しずりの反応を早合点し、あわてる美砂に「ううん」としずりは笑った。
「裏野ドリームランドって、そういう……心霊現象的な噂の多い場所なの?」
尋ねてみる。これから夏休み。色々と注意すべき人や視線が増えてもおかしくないと考えた。
「うん、色んな噂があるよ。『ジェットコースターの事故の理由がわからない』とか、『ドリームキャッスルには隠し部屋があって拷問部屋になってる』とか。しずりん知らないかぁ……ねぇ、ハルカ!」
美砂に呼ばれたショートヘアの女の子は、ちょうど席を立つところだった。
「ん? なに?」と言い、しずり達のところへ来てくれる。
「『裏野ドリームランド』って心霊スポットだよね?」
美砂の質問で、ハルカの大人っぽい顔へ苦い表情が満ちた。
「やめてー、あたしトラウマあるんだから」
目を閉じ手で顔を覆ったハルカを見て「なになに!?」と美砂は逆に食いついた。
「……聞く? ホントにあった話だよ?」
背の高い彼女なので、覗き込む形で確かめられる。「聞きたい!」と勢いよく挙手した美砂の横で、しずりは聞かない方がいいかしらと思うも、ここで席を離れるのも不自然かと躊躇った。ハルカの話しも自分のバイト事情と関わっているかもしれない、とも思った。
「他の子に言い触らすのは無しね。えっとね、小学校の2年か3年の頃……近所の友達や家族みんなで遊びに行ったの。普通に楽しかったんだよ? でも最後に『ミラーハウス』に入ったときにね」
ハルカの語るところでは、小学校の冬休み。
彼女は近所の友達4人とその家族とで、裏野ドリームランドへ遊びに行った。
「『ミラーハウス』って色々タイプあるけど、あそこのミラーハウスは中が迷路でしょ。大人にも人気あって。入る順番待ちしてたとき、あたし達の前にカップルが並んでたんだよ。遊んでるっぽい男の人と、白いコート着た可愛い女の人が喋ってて、幸せそうな感じ? それで、ミラーハウスに入って、めっちゃ大きなミラーハウスだったから、あたしと友達4人で走り回って遊んでたの」
鏡の迷路で子供達は「目が回る~」と夢中になって追いかけっこをしていた。
「でも、途中であたしだけ他の子とはぐれちゃったの。そしたら迷った先に……どの辺かわかんないけど、さっきの白いコートの女の人がいてね。何か様子が変で……鏡に貼りつくみたいにして、じーっと鏡見てるの」
迷路の行き止まりの一つだった。
三方を鏡に囲まれた、視覚を狂わせる空間。白いコートを着た可愛らしい女性が、ヤモリのように鏡に貼り付いていた様は小学生の目にも奇妙に映った。
「目見開いて瞬きしてないし……『え、どうしようどうしよう?』って思ってたら、あの遊んでるっぽい男の人も来て、女の人に声かけたのね。そしたら女の人がいきなり叫んだんだよ」
「叫んだ? 悲鳴?」
「そうじゃないの。『囚われたあッ!』って。物凄い大声」
ハルカの声は冷静さと、鏡の冷たい手触りまで伝わりそうな恐怖が潜んでいた。
――――囚われたあ! また囚われたあ! 何人目じゃあッ!
鏡に貼りついたうら若い女性は、叫び続けていたという。
「男の人が『どうしたの?』って話しかけても、女の人は意味わかんないこと喚いて男の人に掴みかかってさ。あたしビックリし過ぎて、ホケーてなっちゃってたの。すぐに裏口みたいなトコからスタッフが飛んできて男三人がかりで、その女の人引きずって外に連れて行ったんだよ」
女性の止まらない叫び声を追い、鏡の世界を出て行った男の人は泣いていたという。一部始終をハルカは鏡の陰に隠れて見ていた。
「その後、どうなったの?」
「わかんない。救急車が来てた……かな?」
しずりが訊くと、ショートヘアは少し首を傾げる。探しに来てくれた家族や友達と合流したハルカは、そこでようやく泣きだすことが出来た。
「後になってすっごい怖かった。私も何か危なかったのかもしれないし。それに声が、あの女の人の声じゃなかったんだよね。完全に別の人で。男の声みたいだった……。しかもね、何年もしてから知ったんだけど、『ミラーハウスに入った人が、人格変わって出てくる』って噂が開園した頃からあったらしいんだよ。子供連れて遊びに来てたお父さんが、ミラーハウスの中で急に『探しに行って来る』って子供に言い残してどこかに消えちゃったって噂とか。それも、一体誰を探しに行ったのかわからないんだって」
『噂』は後を絶たず、その真偽など判明することはなく裏野ドリームランドは廃園した。
「ということで、あの遊園地はガチのやつです。興味で行きたがる奴いるけど、絶対行っちゃダメだよ?」
ハルカの忠告に、美砂が「うん……」と声も身体も小さくして頷いていた。
「しずり? 苦手な話しだった? ごめん、平気なタイプかと勝手に思ってた」
机の上を見つめていたしずりに、ハルカが尋ねてくる。
「え? 違うの。大丈夫よ」
気遣ってくれる友達に笑いかけたけれど、まだハルカは浮かない表情だった。
「ハルカ~、しずりんはウチの学校最後の天使なんだよ? ちょっとは手加減しよう?」
「は? 美砂が言い出したんじゃん!」
「ですよね~? 変な話題ふったのは私です!」
「ごめんなさいは!?」
「ゴメンナサイ! お詫びに後でしずりんもアイスおごったげる!」
「聞いた、しずり? 美砂がサーティーワンのトリプルおごってくれるって♪」
「お、おおう……ワカッタヨ……」
ふざけて謝る美砂だったが、きっと一番怖がっていたのは彼女。おどけたのも、そのせいで。
「でも小さい頃で記憶違いも混ざってそうだしー……ってことで、あたしは処理してるから。二人もそう思っといて。あ、ヤバイ。授業始まるよ!」
時計を見上げたハルカの声に「きゃー」と美砂も席を離れる。チャイムが鳴り始め、しずりもノートなどを抱えて教室を出た。
そして今日でこの『仕事』も4回目だった。
既にメリーゴーラウンドの稼動確認業務は完了し、しずりは一昨日の友達との会話を反芻しながら正門ゲートへ向かっている。
通りかかった三叉路で立ち止まった。
右方向へ続く道の奥に、ハルカのトラウマ『ミラーハウス』の建物が見えた。木々と暗闇でほぼ見えないが、かなり大きな建物とわかった。用事もないし近付く必要もない。しずりは再び正面ゲートを目指し歩きはじめた。
「誰も、いないわよね……」
独り言と共に、左右の木々を懐中電灯で照らした。見える視界は狭く、5メートルより先は黒一色。
美砂の話しだと世の中には肝試しだとか、そういうことを本気で考える人がいる。改めて注意しなければいけないと思った。ここで水島家の特別業務をしていることは出来るだけ世間に伏せなければならないそうだし、しずりも無駄に他人を怖がらせたくはない。相手が害意を向けてくることも考えられる。
と、ある疑問が頭を掠めた。
しずりは裏野ドリームランド内を移動する際、必ず懐中電灯を携帯していた。園内で生き残っている僅かな街路灯では足りず、メリーゴーラウンドまでの道はほぼ真っ暗なため懐中電灯は必須。しかし美砂の彼氏の友達……の内の一人(仮にA君とする)は、『園内を歩いている女の人を見た』と言ったという。見たそれは、懐中電灯を手に歩いていたしずりだったろうか?
懐中電灯を手に歩いている人の姿は、そんなに怪しく映るだろうかと思う。廃園になったはずの遊園地で見かけたら恐怖対象に見えても仕方ない? と説明してみても、いまいち不自然に思えた。
他に誰かいた?
いたとして、A君はどうして暗闇の中で『女の人』とわかったのか?
「でも、作り話かもしれないし?」
グループ内では嘘か本当かより面白さが優先されがちで、話しが盛られていくのもよくある。
しずりはショルダーバッグを肩にかけ直し、鉄格子のようなシャッターのおろされた正面ゲート横にある職員通用口の鍵をあけた。
4日目の今日も、無事に終わった。