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三日目

「『裏野ドリームランド』? 久しぶりに聞くなー。心霊スポット!」

「夏だね、シーズンだねぇ」

 生徒達が三々五々散っていく放課後の教室。クラスの話が盛り上がっていくのを、コウタは机に座って傍観していた。


「ジェットコースターが脱線事故起こして人が死んで、閉鎖したんだよな」

「脱線事故? 『ジェットコースターのレールに飛び込んで死んだ奴がいる』んじゃねーの?」

「え? 俺は『ジェットコースターの足元に、何かが出てくる』って聞いたけど?」

 悪い意味で有名な廃園の『噂』は、次から次へと出てきて膨らんでいく。


「何かって何?」

「あ、俺それ知ってる……これこれ! この前見つけたやつ。まだ遊園地が営業していた頃、ジェットコースターに乗る直前に撮ったっていう」


 一人が差し出したスマホには、オカルトサイトの画像。

 【閲覧注意!】という大袈裟なフォントの赤いタイトル。『戦慄しました……』との本人コメントが添えられている。女性二人が笑顔でポーズする後ろに、裏野ドリームランドのジェットコースターが映りこんでいた。ジェットコースターの座席にはぎっしりと、血塗れの人頭が映っている。


「ぎゃあー!」

「うっわ、キモッ!」

「どうせお前が自分で作ったんだろ?」

「はい? 違いますー!」

「生首ジェットコースターかよ。おもしれー」

「へぇ、ジェットコースターの他にも色々噂あるんだ? 俺らも真相確かめに行っちゃう?」

「やめとけ、あそこ今も管理厳しいんだよ。俺の兄ちゃん、肝試しで忍び込もうとしてガチに通報されたんだぞ」


 笑い声で話しは終わった。

 帰っていく友達から「じゃあなー、ヒナ」と手を振られ、コウタは「またねー」と手を振り返す。鞄を持ち、窓際の席へ移動した。座った席の後ろでは、今日の当番の龍之介が学校伝統の古式ゆかしい学級日誌を書いていた。


「アッキーは『裏野ドリームランド』知ってる?」

「3年前潰れた遊園地だろ。代表経営者が自殺したとこ」

 コウタが「自殺?」と眉を寄せると、ペンを止めずに龍之介の答えがあった。


「『経営難を苦に自殺』って、報道あったの覚えてないか?ジェットコースターで首吊り自殺」

 整った顔立ちで言われ、「それもジェットコースターなのかよ」と能天気なコウタも薄寒くなる。


「建設のタイミング的に時代遅れだったんだろ。それに開業してたった7年で閉鎖とか、他にも問題あったんじゃないの。土地の買収や資金洗浄に時間がかかりすぎたって話は、どこかで聞いた気がする」

 心霊現象とは別の怖い話を語った後、「そこが何だよ?」と今度は龍之介が聞いてきた。さっき『裏野ドリームランド』について、教室内へ話題を放ったのはコウタだった。


「ん? 昨日しずりんと『裏野ドリームランド』の話ししたからさ。遊園地つながりで」

 龍之介の手が止まり、栗色の前髪の下で目だけ上げた。コウタはニカッと笑う。

「遊びに行くのはダメでした~。しずりん土日バイトだってさ」

 日誌へ視線を戻した龍之介は「残念だったな」と返事をするも、コウタのにやにやは止まらない。


「落ち込むな。夏休みにまたチャンス作ってやるから」

「落ち込んでない」

「うまくいけば水着が見られるはずだったんだけどな」

「頼んでない」

「でも好きなんだろ?」

 コウタは追い討ちをかけた。龍之介があきらめたような長い溜息と、苦渋の表情を滲ませる。


「アッキーさぁ……。オレね、片想い全然良いと思うよ? アッキー友達だし? でも『声が出なくなる』とか重い。つらい。ちょっと引くわ」

「うっせえ」

 憐れむ顔で楽しんでいるコウタに、耳を赤くして龍之介が吐き捨てた。


 二人がしずりに会ったのは、6月末の平日の夕方。


 コウタ達は放課後、クラスで仲の良い数人と遊びに行った。そして他の友達と別れた後、帰る方向が同じだった龍之介とコウタは、暑さを逃れて駅前のカフェに寄った。その店先でメニューを見ている女の子がいると思ったら、しずりだった。久しぶりの再会にコウタは感激し、龍之介も交えてカフェで30分ほど喋り、バイトの面接に行くというしずりを見送って終わり。


 この時点で龍之介は普段通りのクール王子で、さっさと帰ってしまった。居心地悪かったのかなと、コウタは心配していた。それが翌日、登校するなりコウタは龍之介に捕まった。


――――昨日の、あの子。


『あの子は何だ』

『何となくハーフっぽく見えたけどそうなのか』

『独特な雰囲気だったから学校で浮いていたんじゃないのか』

『あの制服は聖ウリエル女学館だと思うがお嬢様なのか』

 龍之介はやたらと質問してきた。


『地元の中学校で3年間クラスが一緒だった子』

『母方のおばあちゃんがロシア系だか何だからしいが詳細不明』

『天然気味の女の子ではあったけど、“しずりん”と呼ばれ女子も男子も仲良くしていた』

『平均的中流家庭と思われる』

 コウタは親切に答えてやった。でもおしまいに龍之介が


――――あの子の名前、何?


と聞いてきたため、何故覚えていない!? という驚きと、鬱陶しくなってきた勢い任せに言った。


「だから、『岩具しずり』ちゃん! 昨日本人と目の前で話してたじゃん! お前聞いてなかったの? 何なの? 好きなの?」


 それを聞いた途端、龍之介は狼狽に顔をゆがめて黙ってしまった。

 みるみる頬が赤くなり淡茶色の目を伏せて

「その…………うん」

頷いた表情は照れているといった、生ぬるいものではなかった。

「あ……そうなの……?」

 びっくりし過ぎてコウタの方が変な顔になった。


 佐伯龍之介はカッコイイとコウタも認めている。

 さらさらの栗色髪に抜群のスタイル。清潔感のある中性的な容姿で「王子」と呼ばれ、学力レベルは既に難関大学合格圏内。テニスの全国大会で優勝経験があり、他のスポーツも万能。音楽芸術にも詳しく、家は由緒正しいセレブでありながら日常会話や冗談も卒がない。手芸は苦手と話していたが、「カワイイ」とファンが増えるだけだろう。龍之介は常に周囲の注目と尊敬を集めていた。


 しかしこの完璧優等生が、ただの優等生ではないとコウタは察知していた。ハイスペックはわかったが、羨望の集まり方と評判の良さに隙が無さ過ぎて胡散臭い。おそらく龍之介は、指一本動かさずとも自然とその才能を知らしめ、周りが彼を放っておけなくする巧妙な自己演出の方法を知っている。周囲を操作している気配を感じる。群れずに一人でいる様子は孤高を気取っている風にも見え、多少ムカつく奴だなと思う部分が無くはなかった。


 そういう龍之介が階段で足を踏み外したみたいにしずりに一目惚れし、あられもない姿を晒している。ラリアットでもぶちかましてやりたくなるような、たまらない親しみを感じた。


「そーかそーか、アッキーもしずりんの可愛さにやられたか!」

 上機嫌でお気に入りの美少女を自慢したら龍之介は

「……心臓が止まるかと思った」

全然嬉しくなさそうな顔で呟いた。「重っ」と微妙に引いた。


 それでも嬉しくなってしまったコウタは先週の金曜日、しずりへ『相談』の連絡をしようとしたのだ。

 『現在つき合っている相手はいるか』『いないなら彼氏募集してますか』等々、チェックしなければと思い、龍之介には「チャンス作ってやる」「会いに行こう」と誘った。しかし必死の勢いで止められた。頼むからやめろ、無理だという。


――――声が出なくなる。


 それがしずりとカフェにいる間、殆ど喋らなかった理由だった。声が出ないので誤魔化すために黙々とオレンジジュースを飲んでいたというのだ。食い下がっても「無理」と断わられて仕方なく、コウタ一人でしずりに会いに行ったのだった。


 だがコウタは諦めていない。

 今も夏休みのスケジュールはどうなっているだろうと、しずりにメッセージを送り様子を窺っていた。


「お? 今日しずりんバイトか。月曜日なのに?」

 送ったメッセージの返信には、『今バイト先です。一休み中』とあった。


「『急なお客様で出動です』……そんなことあるのか。どういうバイトだ?」

 画面をタップしてコウタは笑う。日誌を書き終わった龍之介がペンを置き尋ねた。

「ホントに家政婦の補助やってるのか? どこの家?」

「そこまで聞かなかったなー。『土日もがんばります!』ってさ」

 首を傾げたコウタは、しずりから送られてきたメッセージを読み上げる。


「ふはは、『職場見せて』って言ったら『お断りします』だと」

「ヒナが信用されてないだけだろ」

 軽口を叩き、机の上に置いたコウタのスマホを二人が覗き込んだときだった。


『制服だけなら良いですよ。これです』


 何の予告もなしに、しずりの自撮り画像が送られてきた。コウタも龍之介も固まった。


「しずりん……」

「メイド服……」

 画面には黒に近い深緑色のドレスに、上品な白いエプロンを着た女の子がいた。微笑む顔は半分も映っていない。背中まで届くストレートの黒髪は、微妙に灰色がかって見える。


「その画像くれ」

「ヤダ。断わる。画像の拡散ダメ、絶対。オレを信じてくれてるしずりんの信頼、裏切れないもん」

「もう一回見せろ。見るだけ。見せてください。オネガイシマス」

「イエーイ、ざまぁあああ! これ待ち受けにしよー」

 「ふざけんな」と頭を抱えている龍之介に背を向け、コウタは自分の手の中にいる少女を眺める。


 『心臓が止まるかと思った』という龍之介の告白に、コウタも密かに共感するところはあった。中学生の頃、しずりが天気の良い窓辺で外を見ていたとき。休み時間に一人で音楽を聴いていたとき。ふと目にした姿に息も忘れそうになった瞬間を、コウタは2度ほど経験していた。龍之介はこの瞬間が、初めて出会った時に舞い降りてしまったのではないかと想像している。


「オレ、しずりんからの呼ばれ方『朝比奈君』から『コウタ君』に昇格するまで3年かかったんだからな。アッキーもせいぜい頑張れよ」


 にひひと笑い、からかった。

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