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二日目

 この日も、しずりは夜の遊園地で一人メリーゴーラウンドが七色に煌いて回る様を眺めていた。ここへ来るのも2回目となり、早くも慣れてきた感がある。


 メリーゴーラウンドには賑やかな音楽がつきものだけれど、音楽を流す機能は既に取り外されていた。今はモーター音だけが聞こえる。無言の回転木馬は、綺麗と不気味の均衡を保って稼動し続けていた。


「遊園地、ね……」

 掃除も終わってしまい他にすることもないので、しずりは暇だった。黒い風に独り言が流されていく。手持ち無沙汰で夏の夜空を見上げ、先日の出来事を思い返した。


『しずりんに相談です』


 テスト期間最終日だった金曜日の午後。連絡が来た。バイト面接の直前にたまたま再会した、中学校時代の友達『朝比奈コウタ』。突飛な行動が、相変わらず面白い子だと思った。


 突然の連絡に、人生相談かしらと用件を尋ねたら『また後で』と返信があった。そして彼は帰りに、しずりの学校の校門前で待っていて、先日も行ったカフェへ二人で向かった。今回はコウタ一人で友達はいなかった。


「遊園地?」

「うん、一緒に行かない?」


 二つ並んだアイスカフェオレのグラスを前に、コウタが持ちかけたのは人生相談ではなく。某アミューズメントパークへ遊びに行くお誘いだった。


「今、夏のイベントやってるじゃん? アッキーと行こうって話になったんだよ。でも男二人じゃつまんないなーってことで」

 しずりに白羽の矢が立ったらしい。

 何で私? と悩むより先に、しずりは微笑んでしまった。


 コウタは無造作な黒い髪も、クラスの女子達から『残念系アイドル』と言われていた可愛い顔立ちも、いたずらっ子みたいな笑顔も変わっていなかった。有名進学校へ入るほど頭が良く、運動も得意だがちょっと抜けていて誰とでも仲良くなってしまう男の子。


 高校の友達とも、夏の企画を立ち上げたのだろうと思った。こういう子だから進学先が違うしずりにも、こんな風に声をかけてくれるのだと思うと嬉しかった。


「遊園地のイベントって、何があるの?」

 どうも近頃、遊園地と縁があるみたい……と頭の隅で考え、しずりは尋ねた。


 しずりは遊園地など娯楽施設に関する知識が乏しい。主に祖父母に育てられたためかもしれない。コウタのスマホで件の遊園地のサイトを参照し、「キャラクターのステージショーや、今年は夏限定で特設プールなんかもある」と説明してもらい大体のイメージがつかめた。楽しそう、とは思う。


「『アッキー』君て、この前ここで会った子よね? たしか、『佐伯』君?」

 ストローでグラスの氷を鳴らして尋ねた。


「そうそう、あいつ! あ、あのねしずりん、あいつの名前『龍之介』だから。『佐伯龍之介』。覚えてやってね? あいつ結構寂しがりやだから」

 しずりの目に『龍之介』君は表情も態度も寂しがりやには見えなかったが、「わかったわ」と答えた。ついでにコウタは龍之介君のあだ名が『龍之介→芥川龍之介→芥川→アッキー』なのだという来歴も教えてくれた。


「それで、どう? 行かない? 次の日曜日。行こうよ!」


 テーブルで身を乗り出してくるコウタを見て、誰とでも仲良くなれるこの子にはわからないかなぁと、しずりは微苦笑してしまう。遊びに行くと決まってから、コウタが気楽に「しずりんも誘おう! オレが連れて来るわ!」と言い出した様が目に浮かぶ。


 このカフェでご一緒した時、アッキー君(龍之介君)は一言か二言しか喋らないほどクールで退屈そうにしていた。『しずりも一緒』というプランに、アッキー君が正直微妙な顔をしていたろうとは簡単に想像できた。『友達の友達』は距離感を含めて結構むずかしい。人柄にもよるが。

 それに何より、しずりには事情がある。


「日曜日でしょう? 私、アルバイトがあるから。ごめんなさい」

 申し訳ないと思いながら断わった。

「バイトって、この前言ってたやつか。採用になったんだ? そっかぁ、じゃあ仕方ないかー」

 残念~……としょんぼり顔になるも、すぐにコウタは「採用おめでとう」と言って笑う。「夏休みになったら、また声かけるね」とも言っていた。


「バイトって家政婦の補助だっけ? オレよくわかんないけど、どんなことするの?」

 興味の矛先が友達の珍しいアルバイト先へころりと移り、コウタはストローを銜え質問してきた。


「私もまだ二日しか行ってないから……この前は、お庭の掃除や客間のお片付け。すごく大きなお屋敷でシャンデリアや螺旋階段もあってね。その掃除も。色々教えてもらえて、楽しいわ。それに今度の土曜日にはスコーンを焼くことになっているの」

 しずりは問題にならなさそうな範囲で、水島家の家政婦補助として持っている情報を教える。


「スコーン? 何それ?」

「お菓子?」

「それはわかる。さすがにオレもわかる。何でしずりんが焼くの? っていう、そこです」

「奥様が好きなんですって。それでお菓子を準備して、一緒にお茶のお相手もするの」

「マジで? ……すげえ。金持ちっぽい……」

 呟いたコウタは、驚いているというより若干引いている様子だった。


「たぶん、そういう『奥様のお相手』も含めての、『仕事』なんだと思うわ」

 答えてアイスカフェオレを一口飲んだ。コウタの反応は尤もだと、しずりも思う。


 土日は手薄になるという家政婦の穴埋めと、時間の有り余っている有閑マダムの話し相手。そして日曜夜のあの任務まで、全部含めての『仕事』なのだろう。


「コウタ君……遊園地で思い出したんだけど、『裏野ドリームランド』って知ってる?」

 しずりが問いかけるとコウタは「ああ」と頷いた。


「知ってるよ。あそこもうかなり前に閉園したよね? 何で? しずりん行ったことあるの?」

「無いわ。小さいときに家族で『一緒に行こう』って、話したことはあるけど」

「行かなかったんだ?」

「お母さんが退院出来なくて。それっきりになっちゃったの」

「あー、そっか」

 しずりの母が亡くなっていることは、コウタも知っている。


 10年前。『裏野ドリームランド』が開業したばかりの頃、家族で行こうと話が持ち上がった。しかし間もなく母は体調が悪化して亡くなり、父や祖父母ともあの遊園地へ行く事はなかった。


「でも、『裏野ドリームランド』は行かなくて正解だったかもよ? どうせ行くなら、もっと他の遊園地や動物園の方が良いって。裏野ドリームランドは、開業した頃から変な噂が多かったんだよね」

 顔色を変えずにコウタが話題を変えた。


「変な噂? どんな?」

「事故も多かったみたいだけど……オレが聞いたのは『子供がいなくなる』って話」

『噂』の存在すら知らなかったしずりは、驚いて耳を傾けた。


「行方不明や誘拐じゃなくて、単なる『迷子』ね。それにしても迷子になる子供が多くて、施設の管理が悪いとか、子供を狙った変質者が常駐してるんじゃないかとか、色々言われてたんだと。子供の方も、迷子になっていた間の事を覚えてないんだってさ。小学校でも『あの遊園地に行くと、生首地獄に引きずり込まれる』って噂があって。オレその頃チビッ子だったから、めっちゃビビった記憶あるわ。誰が言い出したのか知らないけど。それ聞いてから親が連れて行ってくれるって言っても、逆に断わってたもん」


 コウタは椅子の背にもたれた格好で話してくれた。表情からして非常に嫌そうなので、彼が怖い話が嫌いなのは今に至るまで変わらないのが、しずりにもよく伝わってきた。


「まぁ、そういう噂が広がれば子供は行きたがらなくなるじゃん? それで人気がなくなって、最終的に閉園したんじゃないかっていう……」

 テーブルを挟んだ向こう側で、コウタは言っていた。



 その『裏野ドリームランド』に、現在しずりは滞在している。

 しかし怖さは感じなかった。昔からこうだった。それに闇の中で光るメリーゴーラウンドは美しい。7歳のとき、母の新盆で使った灯籠に少し似ていると思った。


 友達の家で見せてもらった回り灯籠が綺麗で、しずりはうちでもやりたいと家族に頼んだ。家族は良い考えだと賛成してくれて、道具を買い揃え支度を整えてくれた。


『行くべき場所へ行った人たちも帰ってきて、家族としばらく一緒に過ごす』


 お盆はそういうものなのだと、蒸し暑い夕暮れのベランダで空を見ながら祖父が教えてくれた。お母さんも帰ってくるの? と尋ねると、祖父はにっこり笑って頭を撫でてくれた。祖父は母親を亡くしたばかりの孫娘に、気を使ってくれたのだろう。


 穏やかな記憶のおかげで、夏の夜もお盆も素敵なものだ、という感覚は今も揺るがない。元々しずりは夜が好きだった。だからこのバイトも嫌ではない。月や星の下、誰もいない遊園地で夜の散歩は良い気分。

 でも変質者との遭遇は避けたかった。


 夜風に運ばれてきた水の匂いがする。正面ゲートを潜ると広やかな白い橋があり、下を川が流れていた。この川の水を引き込んでいるアクアツアーの方だろうか。橋の上からもアトラクションの一部を見ることは出来た。


――――帰ろう。


 メリーゴーラウンドの稼動確認を終えた後、手早く片づけをしたしずりは運転室の鍵を閉め、正面ゲートへ向かう。生首は出なかった。迷子にもならなかった。


 2日目の今日も、無事に終わった。

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