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閑古鳥

 虫の知らせってヤツだよ。


 霊感に引っかかって、お前に連絡しようと思ったんだ。でも連絡しようにも、通信出来る場所に移動するまで16時間かかったんだぞ。


 仕方ねぇだろ? これでも急いで戻ってきてやったんだぞ?

 あ? 電話の説明が雑過ぎた?

 そんな嫌味言うなよ。間に合ったんだからいいだろ。それに裏野ドリームランドは、大サービスで俺が片付けてやったじゃねぇか。ああ、もうあそこは芋畑だろうがラブホテルだろうが何作っても大丈夫。どんだけ穴掘っても問題ねぇよ。


 それに水島のばあさんも、命は助かったじゃねぇか。

 退院しても、あれで屋敷に帰れるかどうかはわからないけどな。面会に行ったが、抜け殻みたいになってたよ。老人ホームに入ったらいいんじゃねぇか? 金ならまだあるんだろうしよ。どうするかは息子サンの決めることだから、こんなのは余計なお世話だが。


 そういやお前ら、水島サンの屋敷にいた理由はどうやって警察に説明したんだ?

 ……? 花火? 『花火をしようと思った』?

 何で花火なんだよ? 蝋燭とバケツがあったからか。


『水島さんが元気なくて、しずりちゃんが心配していたから』?

『屋敷へ行ったら水島さんが家に火をつけようとしていたので』

『消し止めようとして、間違えて水を掛けてしまいました』。

 ……お前らちょこちょこ頭悪いな。

 それで通用したなら良いけどよ。家政婦のオバサンが味方してくれて良かったな。ああ、警察もあんまり関わりたくなかったんだろ。


 それで、例のメリーゴーランドな。

 あれはお前の睨んだとおり、呪詛専用のマニ車みたいなもんだ。回した数だけ、まじないを唱えた事になる。触らない方が良いと俺が教えなくてもわかったんだからな。やっぱり弟子にしてやるぞ? そうか、嫌か。


 いいや、プロの仕事じゃないね。そこは違うと言い切れる。だが、呪術の基礎は知ってただろう。どこで覚えたんだか知らねぇが、かなり研究した形跡もあった。才能もあったと思う。アマチュアの独学DIYにしては大したもんだ。感心したね。


 しかし何が気味悪いって、あれ作った執念だよ。

 知り合いにこっち専門の調査してる奴がいるって、前に話したろ? そいつに調べさせたんだよ。そしたら遊園地が建設されるとき、下請けに潜り込んでメリーゴーランドに仕込んでいたんだよ、あの野郎。

 そーそー、その通り。

 開業以来あのメリーゴーランドは、ずっと水島勇作とその女房を呪っていたんだよ。


 作った奴は……まぁ、名前は出さないでおくわ。無間寺の関係者だった。それだけでいい。3年前、自宅のアパートで死んでいたのが発見されてる。


 家族も親戚も、愛人も友達もいない男だ。人付き合いが悪くて、職も転々としていた。最後の頃、裏野ドリームランド周辺のバスの運転手をしていた。このとき同僚だったっていうバスの運転手だけが、今もあいつを覚えていたよ。この同僚とは多少親しくしていたようで、遊園地の土地に関する事情なんかも話していた。当事者としてではなく、無関係な『元工事関係者』としてな。


 バスの運ちゃんは可哀想だとか言ってたが、同情してやる余地なんざない野郎だったんだぜ?

 執念と怨念で凝り固まって、呪詛の歯車作りが楽しくて楽しくて、熱中していたんだからよ。


 ん? 何で楽しんでたとわかるか? いい質問するようになったじゃねぇか。

 呪いってのはな、ヤってる間はキモチイイんだよ。


 それで、あの野郎が何であんな手の込んだもん作ったかって話だ。

 まず水島の旦那サンが頑丈な人だった。多少の呪術や心霊現象じゃビクともしねぇ男だよ。成功をもぎ取ってくる実業家や起業家に、こういうタイプが珍しくないのは知ってるだろ? しかも女房は輪をかけて頑丈だった。あの夫婦は霊的感受性はゼロ。でも超が付くほど耐性があった。


 荒波掻い潜ってきた海千山千ともなれば、本人達も知らないうちに呪いや霊障に対する免疫や抗体が身につくこともあるからな。


 あいつも色々試してみたんだよ。でも呪がどれも効かなくて、あのメリーゴーランドに辿りついた。難攻不落の不沈空母を落とすために、どうしたらいいか四六時中考えてたんだろうよ。

 ああ、こんな手の混んだ仕事してる暇あったら時間も金も、もっと楽しいことに使えばいいよな。正常な頭の人間だったらそう考えるんだよ。実際、裏野ドリームランドに関わった他の人達は腹を立てながらも諦めて……まぁそれ自体は俺も気の毒なこったと思うが、少しでもマシな方へ持っていこうと努力していたのに背を向けてさ。


 でも『呪い』に憑かれた人間はなぁ……こうなるんだよ。末路も似たようなもんだ。


 そういやお前も日常生活で汎用してたが、やめたのか?

 うんうん、それがいい。前も言ったが、魅入るのも呪いの一種なんだからな。人を呪わば穴二つで、痛い目に遭うぞ。ええ? もう遭ってる? 何だそりゃ? ……ま、いっか。


 それでもって、水島の旦那の方はあの野郎の望みどおり不幸に死んだ。遊園地も破綻して閉鎖した。あいつもこの辺で、『呪詛』の効果が出始めたと確信したと思うな。水島家で家政婦やってる青木サンて女の話だと、水島のばあさんも『悪い夢を見る』と悩んでいたそうだ。遊園地の悪い噂や事件、事故。家庭不和で嫌気がさした息子は仕事を口実に国外へ逃げちまって、旦那の自殺と重なれば、因業ババアも参ってきたんだろ。


 そこで水島のばあさんは、あの野郎を屋敷に呼びつけた。他に相談するべき奴はいただろうに、一番相談しちゃいけない相手に相談を持ちかけた。青木サンによると、あの野郎は


 ――――危ないところでしたねぇ。これは放っておけません。


 って話してたんだとよ。


 いやー、しかしこの青木さんてぇオバサンが、すんげぇ根性の曲がった女でよ。話しを全部盗み聞きしていたってんだよ……アレ、霊感ゼロの『見えない』タイプだぜ。面倒事を避けて『見える』フリしてたんだよ。立派! エライ! あの人はきっと長生きするぜ。


 そしてまず、あいつはあの『紙』を見せたんだ。思ったとおり水島のばあさんには、何も見えなかった。もし俺やお前だったら、黒焦げになった男の顔が半分くらい浮き出してこっちを睨んでいただろうな。一度見てみたかった気もするね。


 あの『紙』はお察しの通り、霊感の資質の有無を見定められる『試験紙』だよ。

 だが第一目的はメリーゴーランドと水島典子の部屋を繋ぐ呪符で、連絡通路だ。モチロンあの野郎はそんなこと、水島のばあさんには教えねぇ。


『この紙に何も見えない人なら大丈夫。あなたは無事でいられます』

『御守ですから、あなたの身の安全のために、この紙を部屋に貼ってください』

 と教えた。それから一人で裏野ドリームランドへ行って、地獄の無間を呼び出す最後の仕上げを施して、帰ってきてからこう言った。


『怨霊退散の仕掛けをしました。これから3年間、メリーゴーランドを稼動させ続けてください』

『メリーゴーランドを稼動させる人は、あの紙を見ても出来るだけ何も見えない人を選んでください』

 ってな。

 稼動日時を指定したカレンダーまで渡す丁寧さだよ。相当だぞ。数日して奴が死んでるのが発見された。力を使い果たしたんだな。


 そうして水島のばあさんは、あの野郎に言われたこと全部鵜呑みにしちゃったんだなぁ。施設の保守点検会社相手だとウソがすぐバレるから、素人のパートやアルバイトまで雇ってさ。


 これが『呪い』ってもんなんだが……『見えない』タイプの人間で、何もわからなくってもよ。

 自分が舐めてバカにしてきた奴が、だぞ?

 何で親身にアドバイスしてくれるのか、理由を考えなかったのかなぁ? 考えなかったんだろうなぁ。そんなことより、安泰だと思っていた自分の足元が崩れていくのが怖かったんだろうな。


 でも水島のばあさんが、あの野郎のケツに火をつけたようなもんなんだぜ? 旦那に遊園地の話をもらって、『お前の好きにしろ』って言われたからってさ。現場に口挟んで、てめぇの夢と希望ぶちまけて、寺まで潰しちまったのもあのヒトなんだし。


 ああ、水島勇作は気位の高い女房に高めのオモチャを買ってやったんだよ。時代が変わって交流も減って、ちやほやされなくなってきて。昔みたいにパーティーやお茶会に呼ばれる回数も減って、買物ばっかりしていたばあさんへ人生最後の思い出にってな。裏野ドリームランドにあった施設はどれも、水島典子サンの趣味だよ。


 そうは言っても、水島のばあさんは純粋にみんなに喜ばれたかったんだと思うぜ。あの採算度外視した施設を見ればわかるだろ。ばあさんなりにオモテナシしようとしてたんだよ。遊園地に来て楽しかったと、喜ぶ人たちの姿を見たかったんだ。

 寄って来たのは閑古鳥だけだったがな。


 しかし今までパーティーしかやってない人生だったんだぞ。お神輿に乗って、団扇だけ振ってりゃ良かったのにな。経営者気取りになっちまったんだよ。素直っつーか単純つーか。


 青木サンの話しだと、無間寺を潰したときだけは女房に従順な旦那が猛烈に怒ってたとさ。どうも水島典子サンは、教養の無い叩き上げの夫を見下していたようだが、旦那の方は慎重にならなきゃいけない勘所は経験でわかっていたんだろう。でも女房の先走りを知ったときには、手遅れだった。寺の存在や歴史を膨大な手間と金を費やして塗り潰しても、消しきれなかった呪いはあの場所で燻り続けた。

 後は、説明した通りだよ。


 水島典子は風の吹き方や他人の行動、些細なことにも『不吉』を見つけるようになって屋敷に閉じ篭った。自分が誰かに呪われているなんて、考えもしないままな。そしてあの日、長年メリーゴーランドで掻き集められ、溜まりに溜まっていた陰気の力が呪符を通して、鉄砲水みたいに水島のばあさんに襲い掛かったんだ。

 いくら頑丈でも、ありゃ防げねぇよ。


 ……はあ?

『メリーゴーランド』じゃなくて、『メリーゴーらうんど』が正しい?

 なーにが、めりーごーらうんどだ!

 ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ!

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