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神様、犯罪組織を更生させました

……………………


 ──神様、犯罪組織を更生させました



 マコーリー・ファミリーはアーカムに昔から存在するマフィアだ。


 とは言っても、このアーカムはシティ・ウォッチという強力な治安組織があり、これまではシティ・ウォッチに検挙されることを避けるためにギリギリで合法の商売しかやってこれなかった。


 だが、今やその忌々しいシティ・ウォッチは機能不全。


 今こそ組織を拡大すべし、とマコーリー・ファミリーは動き出していた。


「姉御。ピックマン通りがほぼ支配下に入りました。これからはピックマン通りからの上がりも期待できますよ」

「フフン。上出来だね。その調子でアーカムを全て手に入れるよ」


 マコーリー・ファミリーの本部がある屋敷で、マコーリー・ファミリーに所属する犯罪者が報告する相手は、マコーリー・ファミリーの主である人物だ。


 名前はマルグリット・マコーリー。年齢は18歳のまだ若い女性だ。


 彼女は先代のマコーリー・ファミリーのボスである父親が若くして死んでから、その地位を引き継いだ。


 若くて美しい女性だが、犯罪組織のボスというだけあって威圧感がある。


 切れ長の油断のない目に全てを見通すような瞳に肉食獣のように引き締まった表情。グラマラスな体はスリットが大きく、露出の多いチャイナドレスに似た衣装で覆っている。


「さあて。シティ・ウォッチが立ち直る前に基盤を固めればこっちのもんだ。誰がやってくれたか知らないけど、シティ・ウォッチを叩きのめしてくれた奴には感謝しないとね」


 そう告げるマルグリットの手には煙管が握られているが煙はない。


 前に実際に煙管でタバコを吸ってみたのだが、喘息の発作が起きるわ、嘔吐するわで大変な目に遭って以降は、ボスらしい格好をするために伊達煙管を手にするだけにしていた。


「そのシティ・ウォッチを全滅させたのはイブリスの亜神だそうですが」

「イブリス? 昔の神様だろう。正義の神であるテミスなら兎も角、破壊神ならわざわざあたしたちを狙ったりは──」


 部下が報告するのにマルグリットが小さく鼻を鳴らそうとしたとき、激しい物音が響き渡った。遠くの物音ではない。この屋敷で響いた音だ。


「何の音だい?」

「確認します。お待ちください」


 眉を歪めるマルグリットに部下が駆けて行った。


 そして、その部下が目にしたのは、打ち破られた屋敷の正面玄関だった。


「イブリス様を崇めない人間たちよ。悔い改め、信仰を示さなければ神罰を下すのです」


 破られた正面玄関から堂々と入ってきたのはダボダボのセーラーワンピースを纏った少女。そう、イブリスだった。


「お邪魔します」


 イブリスの後ろから入ってきたのはこの正面玄関を破壊した人物。広瀬だ。


「てめえ! ここがどこか分かってるんだろうな、ええ?」


 屋敷の奥から武器を下げた強面の男たちがゾロゾロと現れる。数は50人以上はいるだろう。


「マコーリー・ファミリーさんの本部ですよね。ちょっとお話はがあり──」

「問答無用だ! くたばりやがれ!」


 広瀬が挨拶を終える前に男たちが襲い掛かった。


 ……のはいいのだが、結果はもはや言うまでもないだろう。


「ヒデブッ!」

「ギョエッ!」


 襲い掛かった男たちは広瀬が腕を振っただけで一蹴された。棚に突っ込み、壁に突き刺さり、天井に投げ飛ばされた。僅かに数秒の出来事で、マコーリー・ファミリーの男たちは壊滅した。


「おい。どうしたんだい? 何が起きた──」


 激しい物音と悲鳴が聞こえるのにマルグリットが姿を現し、目の前の惨状にポカンと口を開いて硬直した。


「こんにちは。自分はイブリス様の信仰の守護者をやっている広瀬浩之と言います。今回はちょっとお話がありまして、伺わせていただきました」


 やって来たマルグリットに広瀬が丁寧に頭を下げた。


「な、な、何だ、お前は! 何が狙いなんだい!?」

「強いて言うならば、そちらがやっている暴力行為などをやめて貰いたいんです。イブリス様がそう願われておられるのですよ。ねえ、イブリス様?」


 動揺するマルグリットに広瀬はイブリスを振り返った。


「正義を執行するのはテミスの仕事です。ですが、テミスはイブリス様の信仰者だった騎士や冒険者たちを横取りしたロクデナシです。今回はイブリス様がテミスの司ってるものを奪うのです」


 そういってイブリスはペタンとした胸を張って、宣言した。


「なるほど。あたしたちの商売を潰そうってわけだね。なら、容赦はしないよ。お前たち! あいつらを連れてきな!」


 イブリスの宣戦布告にマルグリットが叫んだ。


「おう。どうしました姉御」

「俺たちの仕事ですかい?」

「相手になる奴なんでしょうな」


 現れたのは熊のような髭とボサボサの髪をした大男が3人。


 ひとりは顔や腕に大きな傷があり、もう一方には服を張り切れんばかりの筋肉が隆起して拳を握り、最後のひとりは鋭く研ぎ澄まされた双剣を両手に構えている。


「フフン。この男たちはシティ・ウォッチから最重要手配人物にされている超危険人物だ。簡単に倒せるとは思わないことだね」


 男たちが現れるのにマルグリットが伊達煙管と咥えて告げる。


「さあ! 冒険者殺しのアイザック! あいつを教育してやりな!」

「へい! 姉御!」


 まず広瀬に襲い掛かってきたのは傷のあるアイザックと言う男だ。彼は腰に下げた長剣を構えると躊躇なく広瀬に振り下ろした。


「てい」

「ぐえー!」


 で、アイザックは吹っ飛んだ。


 マルグリットがまたしてもポカンと口を開ける中でアイザックは吹き飛び、屋敷の壁に突っ込むと痙攣するだけでノックアウトされた。


「つ、次だ! 地下闘技場で無敗を誇ったジェリー! 容赦せずに殴り殺してやりな!」

「合点です! ボス!」


 そして、次に襲い掛かったのは筋肉達磨だ。彼は武器を持たず、巨大な拳を恐るべきスピードで広瀬に叩き込んできた。


「ほい」

「ぎゃー!」


 で、ジェリーは吹き飛んだ。


 彼の体は宙を舞い、屋敷のシャンデリアに衝突すると、落下して来たシャンデリアの下敷きになって痙攣するだけになった。またしてもノックアウト。


「ゆ、油断したようだね。だが、今度はそうはいかないよ。暗黒街の殺し屋であるローレンスにかかれば、お前の胴体と首は泣き別れだ!」

「お任せを、姉御。退屈していたところです」


 最後に襲い掛かってきたのは双剣を構えたローレンスだ。彼は左右に素早く動きながら、一気に広瀬との距離を詰め、その刃を広瀬に振り下ろした。


「とりゃ」

「あがっー!」


 で、ローレンスは吹き飛んだ。


 ズザザッーと地面を転がり、大きな棚に衝突するとその棚がローレンスに向かって倒れこみ彼はその下敷きになった。やっぱりピクピクと痙攣するだけで、ノックアウト。


「……嘘」


 マコーリー・ファミリーの最大戦力がパンチ3発で壊滅したのに、マルグリットは伊達煙管を地面に落として呆然としていた。


「マコーリー・ファミリー三人衆が瞬殺だって……」

「ば、化け物だ……」


 他の構成員たちも尻餅を付いて、その場から動けなくなった。


「そろそろ止めにしましょう。死人が出たら、後味が悪いですし」


 3人の凄腕を数十秒でのした広瀬はマルグリットに告げた。


「な、何が目的なんだ……? 金か……? それとも何か別物かい……?」


 完全に怯えているマルグリットはその場から動けないままに、広瀬とイブリスに恐怖の視線を向けた。


「聞くのです、人間たち。イブリス様を信仰し、イブリス様のために祈り、イブリス様に供物を捧げ、イブリス様のために働くならば許してやるのです。さあ、信仰か神罰か。懸命な選択を選ぶのです」


 竦み上がって動けないマルグリットと生き残りの部下を相手にイブリスは高らかに彼女の要求を述べる。


「イブリスを信仰すれば、生かしてくれるんだね……?」

「ええ。それから市民に対する犯罪行為を止めて下さい。これからイブリス様を信仰し、彼女の教えて生きる事を約束してくれれば、ここは穏便にことを終わらせる事を確約します」


 震えているマルグリットに、広瀬はなるべく優しい口調で告げた。まあ、マルグリットはかなりの美女なので。


「分かった! あたしたちはイブリス様を信仰する! 約束するよ!」

「フム。それでいいのです。祈りを捧げ、供物を捧げ、イブリス様の信仰が広まるように努力するのですよ」


 降参だというように両手を挙げたマルグリットにイブリスが告げた。


「お前たち! 今日からあたしたちはイブリス教徒だぜ! 分かったかい!」

「はい! 畏まりました姉御!」


 こうしてマコーリー・ファミリーは犯罪組織から、イブリスの帰還して初めての信仰者へと変わったのだった。


「いやあ。いいことしましたね、イブリス様」

「当然です。神のなすことは全てが正しく、正義なのですから」


 ことが上手く進んだことに、広瀬は満足し、イブリスも満足した。


 こうして、悪化していたアーカムの治安は回復し──。


 ──てなかった。


「おい! イブリス様のための供物を出せ!」

「金がないだとお? ジャンプして見ろ! あるじゃねえか!」


 元マコーリー・ファミリー、現イブリス信者たちが市民からイブリスのための供物を強制的に集め始めたのは襲撃から7日後のことだった。


「イブリス様を讃えろ! イブリス様こそが俺たちの神だ!」

「イブリス様! イブリス様!」


 熱狂的なイブリス教徒がアーカムの各地で恐喝を働いているということは、幸いか不幸か、広瀬とイブリスの耳には入らなかった。


 だが、それ以上に衝撃的なニュースが聞こえてきた。


「最近、ちょっと治安がよくなったな」

「ああ。マコーリー・ファミリーに金を納めなくてもよくなったぜ」


 広瀬の気に入っている食堂では治安の回復に市民たちが安堵の声を上げていた。


「誰がやってくれたんだろうな?」

「そりゃ決まってるだろ。それは──」


 聞き耳を立てている広瀬は自分の名前が出てくることにワクワクしながら、耳を澄ませた。


「テミスの信仰の守護者であるセドリック様のおかげさ!」

「誰だよそれ!?」


 隣の客の言葉に広瀬が全力で突っ込んだ。


 かくして、マコーリー・ファミリーはイブリス教徒となったがやることはさして変わらず、治安回復の手柄はどこの誰かも分からないセドリックという人物に横取りされたのだった。


 またしても計画が失敗したのに広瀬は3日間寝込んだ。


……………………

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