神様、正義の味方ってどうですか
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──神様、正義の味方ってどうですか
アイドル計画が頓挫してから1週間。
「何かもうどうでもよくなってきた」
アーカムの大通りで実にいい加減なことをのたまうのは広瀬だ。
「何を言っているのです、守護者君。イブリス様の信仰を再興するのです」
「いや、どうやってですか? 他の神殿に殴り込んでも、アイドルをやってもダメですよ。イブリス様が商売繁盛の神様だったら売り込みようがあるんですが、戦争と武力じゃあ」
そんな広瀬にイブリスが頬を膨らませて告げるが、広瀬の方はとんとイブリスが信仰されるような状態が思い浮かばない。
何せ信仰の守護者として広瀬が持っているのは多言語でコミュニケーション可能な能力と、残りは腕力・暴力・破壊力である。これを使ってどうしろと。戦争でもやれってのか。
「それにしても……」
愚痴りながら広瀬は通りを見渡した。
初日に来たときは活気のある大通りだった。人々が自由に行き交い、商店は活気に満ちて、出店が乱雑に立ち並んでいた。
なのだが、それが少し変わっていた。
「イテッ! 手前、どこに目をつけてやがる!?」
「ひいっ! す、すいません!」
見るからに柄の悪い男に若い女子がちょっとばかり肩が触れたのに、男が大声で怒鳴り、それと同時に男の仲間だろう同じような柄の悪い連中が現れた。
「あーあ。これは骨が折れているな。ひでえ傷だぜ。なんてことしやがるんだ」
「おい。どうしてくれんだ、ええ?」
男たちは怯える女性たちを囲んで口々に責め立てた。
「ど、どうしたらいいでしょうか……?」
「おう。なら誠意見せてもらおうか。治療費だ、治療費。俺は寛大だから金貨50枚でいいぞ」
金貨1枚は日本円して1万円。50枚なら50万円だ。
「こ、ここはないので家で……」
「いいだろう。お前ら、付いて来い」
言いなりになった女性を先頭に男たちはその場を離れる。
「前にも見たな、ああいうの」
広瀬が可哀想な女性を見送りながら呟いた。
あのような柄の悪い男たちがアーカムの通りに溢れ、人々はビクビクしながら通りを進んでいた。
他にも変化はある。
「おい。誰の許可でここに店を出してるんだ?」
「マコーリー・ファミリーにみかじめ料は収めてるんだろうな?」
立ち並ぶ出店にも先ほどの男たちと似たような人種が集まり、店主に理不尽な金銭を要求している。男たちが睨むと店主は竦み上がり、少ない商売の上がりを渡す羽目になっていた。
このせいなのか、通りに並んでいた出店の数は減っている。
「おうおう。この店は頼りになる用心棒がいないみたいだな。何かあったら困るじゃないか?」
「そうだぜ。このマコーリー・ファミリーに任せた方がいいぞ」
出店ではなく、通りに並ぶ店舗にも男たちが入り込んでいた。
店舗にやって来た客たちを厳つい顔や下げた長剣を鳴らし、脅して追い出し、店主が用心棒として男たちを雇うと根を上げるまでは居座るのだ。事実上の威力常務妨害である。
「治安悪くなってますね、イブリス様」
明らかに治安の悪化しているアーカム。
だが、この性質の悪いマコーリー・ファミリーという連中を取り締まるような動きはなかった。
「警察は何をやってるんでしょうね。マル暴とかいなんですか」
「アーカムの治安を維持しているのはシティ・ウォッチです。イブリス様を信仰しないから役に立たないのです」
行きつけの食堂の扉を潜りながら広瀬が言うのに、イブリスが当たり前だというようにして返す。
「え? シティ・ウォッチって……」
ウェイトレスに案内されて席に座った広瀬には嫌な予感が沸き起こっていた。
「最悪だぜ!」
そんな広瀬の隣の席で男たちがテーブルを囲んで嫌悪の表情を浮かべていた。
「ここ最近、マコーリー・ファミリーの連中はやりたい放題じゃないか。俺のところも、みかじめ料を寄越せって金貨を20枚もふんだくられた!」
「盗みも多いぞ。隣の家は貯蓄を丸ごと持って行かれたらしい」
「シティ・ウォッチは何をやってるんだよ」
どうやら男たちの話題も治安の悪化に関することのようだ。
「シティ・ウォッチはイブリスの亜神を相手に壊滅しちまったからなあ」
「残ってた連中もイブリスの亜神にビビッてほとんど辞めちまったらしい。どうなるんだアーカムは」
シティ・ウォッチは広瀬との二度の戦闘を繰り広げ、そして全滅した。
死人はいないが重症者多数でベールの神殿は運び込まれた気を失ったシティ・ウォッチの隊員で満員だ。
「……どうやら治安が悪いのは俺のせいらしいですよ、イブリス様……」
「信仰の敵に神罰を下すのは正しい行為です。悪いのはイブリス様を崇めないシティ・ウォッチなのです」
警察の役割を果たしていたシティ・ウォッチを2度も壊滅させてしまったということに頭を抱えている広瀬に、イブリスは運ばれてきた料理であるローストビーフを頬張りながら告げた。
「流石にそれはちょっと無責任ですよ。ちょっと何か──」
何かして、シティ・ウォッチが壊滅した分のことを補おうと、広瀬が考えたとき、彼の頭脳にあるアイディががビビッと閃いた。
「いい事を思い付きましたよ、イブリス様。治安を回復させられる上にイブリス様の信仰をゲットできる方法が」
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広瀬の考えたことが実にシンプルであり、アイドル活動のときのように準備を必要としなかった。
「おうおう。兄ちゃんと嬢ちゃん、ここを通りたかったら通行料を払いな。通行料は金貨10枚だぜ」
広瀬とイブリスが向かったのは治安の悪化したアーカムでも輪にかけて治安の悪い場所だ。暗い路地で賑やかで、黒い陰のある歓楽街に繋がっている場所である。
案の定、ここにも柄の悪い男たちが屯していた。彼らは広瀬とイブリスを見つけるとニヤけた笑みを浮かべながら悪人の定番のような台詞を投げかけ、広瀬とイブリスを囲んだ。
「こんにちは。そちらはマコーリー・ファミリーさんと関係あります?」
「んだと? お前、シティ・ウォッチか?」
男たちに囲まれても平然と広瀬が尋ねるのに、男が顔を歪める。
「シティ・ウォッチにはちょっと責任がある関係です」
「ああ、そうかい。なら通行料は変更だ」
広瀬が申し訳なさそうに告げると、男たちは明らかに剣呑な空気を放ち、角ばった木材や痛そうな鉄製の棍棒を構えた。
「シティ・ウォッチの犬なら、通行料は体で払って貰うぜ!」
「骨の3、4本は覚悟しろよ!」
男たちは一斉に広瀬に襲い掛かる。
木材と棍棒が振り下ろされ──。
「えい」
と、広瀬が軽く手を振ると広瀬に向けられた木材と棍棒が蒸発したかのように完全に粉砕された。粉々である。
「なああっ!?」
「何が起きた!?」
柄だけが残った棍棒を持つ男が混乱し、広瀬を囲んでいた男たちも何がどうなったのかと辺りを見渡し、広瀬とイブリスを見つめる。
「もう一度お聞きしますが、マコーリー・ファミリーさんと関係ありますよね?」
「て、てめえ……!」
広瀬がもう一度尋ねると、男たちは僅かに怯えながら距離をとった。
「こ、こいつって噂のイブリスの亜神じゃあ……」
「シティ・ウォッチを皆殺しにした怪物か? こいつが?」
ようやく男たちは広瀬がベールの神殿とライブハウスでシティ・ウォッチの大部隊を相手に暴れていた人物──イブリスの亜神と噂されるそれの特徴と一致することに気づき、更に竦み上がった。
「ふざけんなよ! 何がイブリスの亜神だ! そんなものいるはずがねえ!」
だが、男のひとりは勇気を示すためか、自棄になったのか、腰からナイフを抜いて広瀬に突進してきた。
「これは正当防衛だから大丈夫。これは正当防衛だからオーケー」
広瀬はそう呟きながら、なるべく力を入れないように突進してきた男の顔面にヒョイと拳を向けた。
「ブベラッ!」
広瀬としては手加減して軽くやったつもりなのだが、男は爆撃にあったかのように吹き飛んだ。
吹っ飛ばれた男の体は高く放物線を描いて路地から飛び出し、そのまま歓楽街の通りまで吹き飛ぶと、歓楽街の通りに面していた店舗の壁に衝突し、壁に亀裂を残ると、ズルズルと地面に落ちた。
「……死んでないですよね?」
「神に逆らったのだから死んでもいいのです」
男を心配する広瀬にイブリスが物騒なことをのたまう。
ちなみに男は全身に骨折と打撲を負ったものの命に別状はない。
「で、皆さん──」
「ひいいいっ! お、お助けください!」
広瀬が自分を囲んでいる男たちを見ると、男たちは全員が揃って武器を捨て、両手を挙げて跪いた。もう泣いているものまでいる。
「イブリス様に従うなら生かしてやるのです。さあ、マルマル・ファミリーと関係があるのか白状するのです。神に逆らうと守護者君がイブリス様に代わって神罰を下します」
「マコーリーですよ、イブリス様」
早速名前を間違っているイブリスに広瀬が突っ込む。
「は、はい! 俺たちはマコーリー・ファミリーの下っ端です!」
「足を洗いますから命だけは!」
男たちはアッサリと白状し、地面に頭を擦り付けて命乞いをした。
「ええっと。では、マコーリー・ファミリーの本部とか知ってますよね? 案内して貰える嬉しいんですけど」
「りょ、了解しました!」
広瀬が頼むのに男たちは彼らのボスがいる場所に広瀬とイブリスを案内したのだった。そうしないと彼らも壁の染みであるのでしょうがない。
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