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神様、アイドルになりました

……………………


 ──神様、アイドルになりました



 広瀬とイブリスは野外パフォーマンスをアーカム中の広場でおこなった。


 広瀬がシコシコと演台を組み立て、イブリスが歌って踊る。


 民衆は誰もがイブリスに目を引かれた。途方もない美少女が、とんでもない歌唱力とダンスを披露するのに呆気に取られ、魅了される。


 そして──。


「入場料は銅貨10枚です! 30分後に始まります!」


 本番だ。


 野外パフォーマンスはあくまで宣伝。本命のアイドル活動はこのアーミテイジ通りに面したライブハウスである。


 広瀬の立案した宣伝は功を成したようで10人、20人、40人、80人とドンドン人が増えてくる。ライブハウスはそこそこの規模だが、早くも満席になりそうな勢いであった。


「むう……」


 だが、当のイブリスは楽屋から不満そうに客が集まってきたのを見ていた。


「成功してますよ、イブリス様。何が不満なんです?」

「人が少ないのです。神が姿を見せているのに人が少なすぎるのです。最低でも100万人ぐらいは集まるべきです」

「そのうちにそれぐらいになりますよ、そのうち」


 そもそも100万人とかどこに収容するんだよ、と心の中で突っ込みながら広瀬はライブハウスでのイブリスために初舞台の準備を始めた。


 楽団、準備完了。観客、準備完了。照明などなど、準備完了。


「オーケー。準備はいいですか、イブリス様?」

「任せるのです、守護者君」


 そして、イブリスが舞台に姿を現した。


 神秘的なオーラのある美少女で、白黒赤のゴスロリセーラー服という華やかな衣服を纏い、照明に照らされた彼女が現れると観客たちが早速拍手で彼女を出迎えた。出だしは順調だ。


「人間たちよ。よく来たのです。今日はイーちゃん様の歌声を聴くという栄誉を与えるのです。跪いてイーちゃん様を讃えながら聞くといいのです」


 いつもの俺様・神様・イブリス様だが、観客たちはイブリスの美しさに感銘を受けているのでとりあえず流されている。


「では──」


 イブリスが歌い始めた。


 曲は野外パフォーマンスでも披露した軍歌のアレンジ。


 だが、ライブハウスでは広瀬が雇った楽団の伴奏がある。彼らはイブリスの歌声に合わせてリズムを刻む。


 この世界の楽団にとってはポップな曲など初めての体験だ。だが、彼らもプロであり、広瀬がスマホで参考となる曲を10曲ほど聞かせると見事に演奏できるようになった。


 イブリスの歌声。楽団の伴奏。それらがライブハウスという空間で響く。


「凄い……」

「こんなの初めてだ……」


 観客たちはライブハウスに響いた音楽に、心が響かされた。


「仇なす敵を攻めよかし──♪」


 キレのいいダンス、圧倒的な歌唱力、そしてその容姿。


「イーちゃん! イーちゃん!」

「イーちゃん最高!」


 ライブハウスはイブリスの演奏が終わるや熱狂に包まれた。


 喝采と拍手が覆い尽くし、誰もがイーちゃんという芸名を叫んだ。もうイブリスはアイドルと言っても誇大広告ではなくなった。


「これはいける……!」


 観客たちの反応を見た広瀬はガッツポーズを取った。


 これからは活動の拡大だ。


 定期的に野外パフォーマンスを行って宣伝を行い、ライブハウスでの演奏は継続し、確実にファンを増やす。


 この世界に音楽を広めるためのCDはないが、遠くの都市や文字の読めないものに布告を知らせるための原理不明の録音機械はあった。いわば、マジカルCDとでも言うべきものだ。


 広瀬は大枚を叩いて録音機械を買い取り、それでイブリスの歌を収録した。


「さあ! イーちゃんの新曲の発売を開始します! 初回特典にはイーちゃんとの握手券付ですよ! お早めに!」

「おお! 始まったぞ!」


 ライブハウス前で広瀬がマジカルCDを広げると、群衆がなだれ込む。


「3枚くれ!」

「俺は10枚だ!」


 イブリスの歌を収録したマジカルCDの値段は金貨1枚──日本円にして1万円ほどの高額だが、売れに売れた。


 マジカルCDが売れるのは特典である握手券が目当てだ。


「並んでください! 順番ですよ!」


 握手券商法というのはちょっとがめつい気もするが、これもイブリスをアイドルにするためとして、広瀬は握手会をライブハウスで開いた。


 マジカルCDの発売と同じように群集がやって来る。大盛況だ。


「イーちゃん様に触れることは名誉なことなのです。さあ、イーちゃん様に頭を垂れて敬意を示すのです」

「ははっ!」


 傲慢そのもののイブリスだが、ファンたちはそれが気に入ったようで、彼女に深々と頭を下げて、貴重品を扱うようにイブリスの手を握った。


「30秒ですよ! 握手券一枚で30秒です!」

「俺は10枚あるから300秒だ!」


 実にぼろい商売だなと思いながら広瀬は集まった群集たちを管理し、イブリスはひとりひとりと手を握っていく。


 その後はまた演奏だ。ライブハウスが再び熱狂の渦に包まれる。


「イーちゃん様! イーちゃん様!」

「イーちゃん様ー! 最高ー!」


 相変わらずの観客の声援にイブリスは当然の顔をしながら演奏を終えて、舞台から下がった。


「ふう。イブリス様は喉が渇いたのです、守護者君」

「どうぞ、イブリス様」


 もうアイドルとマネージャーがすっかり板に付いてきたイブリスと広瀬。イブリスが飲み物を求めるのに準備していた飲み物をスッと広瀬が差し出す。


「大成功ですよ、イブリス様。信仰が増えている感じがしません?」

「そうですね。イブリス様に信仰心が集まっているのを感じるのです。守護者君のアイディアは中々のものです。流石はイブリス様が選んだ信仰の守護者なのです。イブリス様の判断は常に正しいのです」


 アイドル作戦は成功を収めている。暴力と恐怖で信仰をゲットというよりも穏便かつ、大規模に信仰を得れている。まあ、民衆が崇拝しているのは戦争と武力の神であるイブリスではなく、歌って踊れるアイドルであるイーちゃんなのだが。


「この調子で行けばバッチリですよ。いずれはイーちゃんがイブリス様だと明かしましょう。これだけ人気を得ていたらイブリス様だと分かっても大丈夫に決まってますって」


 と、広瀬が今後の展開を楽観的に考えていたとき、楽屋の外で足音が聞こえた。それに鎧の立てる金属音も。


「隊長。いいんですか? ここって関係者以外立ち入り禁止じゃ……」

「俺たちはシティ・ウォッチだ。多少の無茶は許される。なんとしてもイーちゃん様にサインを貰うんだ」


 外から聞こえてきたのは男たちの声だ。


 ドンドンと楽屋の扉を叩く音が聞こえ、その男たちが姿を見せる。


「こんにちは! イーちゃん様! 俺はシティ・ウォッチの隊長のリミントン大佐と言います! 俺はあなたの熱烈なファンでして、是非ともあなたのサインが戴きたく──」


 現れたのはベールの神殿で1000名の大部隊を率いてきた髭のカッコいいダンディな軍人だった。甲冑姿だが、顔には満面の笑みを浮かべている。


 で、彼と広瀬の視線が交わった。


 広瀬は楽屋ということでフードを被っていない。そして、あのダンディなリミントン大佐はベールの神殿で広瀬の顔をしっかりと見ている。


「あ、あああっ! あの男がいるぞ!」

「イ、イブリスの亜神だ! 化け物がいるぞ!」


 現れたシティ・ウォッチのイーちゃんファンたちは大混乱に陥った。


「増援を呼べ! 大至急だ!」

「この建物を包囲しろ! 誰も逃がすな!」


 この半年で築き上げたものがガラガラと崩れる音が広瀬には聞こえていた。


 またしても広瀬は展開したシティ・ウォッチを壊滅させて逃亡。その後、ライブハウスはシティ・ウォッチによって封鎖され、イーちゃんのアイドル活動は完全に終わった。


 半年かけて上手くいくと思った計画がよりにもよって自分が原因で大失敗に終わったのに広瀬は3日間寝込んだ。


 ちなみに、アイドルというものはアーカムで広く認識された。


 第二のイーちゃんというアイドルを目指して歌とダンスを頑張る少女たちが現れ、多くの野外パフォーマンスが披露され、ライブハウスが建設され、それらを管理、宣伝する芸能事務所なども続いて設立されている。


 まあ、広瀬とイブリスにはもう関係のない話なのであるが。


……………………

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