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神様、アイドルをやりましょう

……………………


 ──神様、アイドルをやりましょう



 異世界での散々な初日が終わった翌日の朝。


「イブリス様。朝食を買ってきましたよ。起きてますか?」


 フードで顔を隠して朝食を調達してきた広瀬はイブリスの部屋の扉を叩いた。


 反応はない。どうやら寝ているようだ。


「入りますよ」


 このまま寝かせていても仕方がないので、広瀬は渋々と部屋の扉を開いた。


 部屋の床にはイブリスが脱ぎ散らかした衣服が散乱し、当のイブリスは豪華な天蓋付きのベッドでスヤスヤと寝ていた。当然のことながら全裸で。


「……本当に全裸で寝ていらっしゃる……」


 とりあえずイブリスに乱れたシーツを被せながら広瀬は呻いた。


 胸は平坦だし、小柄だし、女性的な魅力があるのかと言われれば疑問符が付くところだが、イブリスは100人中100人が振り返るだろう美少女だし、未性徴の細い体には少女特有の魅力がある。


「黙っていれば、本当に美少女だよなあ」


 口を開けば、俺様・神様・イブリス様の傲慢そのものだが、スヤスヤと心地よく寝ている寝顔は思わず見惚れてしまうほどに美しい。黙っていれば文句なしの絶世の美少女だ。


「イブリス様。起きてください」

「むにゃ……」


 とりあえず柔らかな頬を突いてみるが、イブリスは枕に顔を埋めて起きる様子はなかった。


「困ったな。と言うか、起こしてもまた何かやらかしそうだし、このまま寝かしておいた方が──」


 そう広瀬が考えたとき、彼の脳裏にビビッととあるアイディアが沸き起こった。


 イブリスは信仰を求めている。崇拝されるのが目的だ。


 イブリスは暴力と恐怖によってそれを得ようとしているが、広瀬には別のアイディアが閃いた。そう、この黙っていれば神秘的な美少女であるイブリスの寝顔を見たことで。


「そうだ。イブリス様の長所を活かせばいいじゃないか!」


 アイディアは急速に肉を得て、実現可能なプランへと変わった。


「イブリス様」

「なんです、守護者君」


 そして、イブリスが眠そうに目を擦りながらダイニングルームに現れたとき、広瀬はそのアイディアをイブリスに語る事を決めた。


「イブリス様。アイドルをやりましょう。それで、信仰をゲットしましょう」

「アイドルとはなんですか?」


 そう、広瀬が考えたのはイブリスをアイドルにすることだった。


「アイドルも神様みたいなもので、ファンと言う名の信仰者に崇められ、供物を捧げられる存在ですよ。暴力と恐怖じゃ反発を招くのは確実なので、穏便な手段で信仰を得ましょう」


 アイドル。それはアイドルの語源である偶像の名の通り、熱狂的なファンを抱えた人気者だ。ある意味では神と同じような存在である。


「むう……。イブリス様は戦争と武力の神なのですよ」

「いいですか、イブリス様。アイドルと言うのも戦争です。センター争いのために血肉を削った争いが繰り広げられ、莫大な金銭が動くと言う大戦争なのです。イブリス様が戦争の神様ならば、アイドルになるという戦争にも勝利できますよね?」


 眉を僅かに歪めて不満そうなイブリスに広瀬が前もって準備していた説得の台詞を述べた。


「ふむ。アイドルと言うのは苛烈なものなのですね。ですが、このイブリス様にかかれば不可能はありません。イブリス様は神なのですから」

「よし。決定ですね。では、準備を始めましょう」


 イブリスが納得すると、広瀬はイブリスをアイドルとして送り込む計画をスタートさせた。


「先ずはイブリス様という名前を変えましょう。イブリス様はどうも怖がられているみたいなので、ファンを得るには向いていません」

「何を言っているのです、守護者君。イブリス様はイブリス様です」


 イブリスは破壊神だの、流血の神だの碌な評判がない。アイドルとしてファンを得るには名前を変える必要があった。


「芸名ですよ、イブリス様。アイドルたちはみんな芸名を持っています。普通のことですよ。親しみやすい名前を使って、ファンを得るのに効率的にするのです」

「むう……」


 広瀬はそう説明したが、神としてイブリスという名前を誇示してきたイブリスには些か納得しにくい。


「ファンをゲットしないと信仰は得れませんよ。ここは妥協しましょう」

「しょうがないですね。いいでしょう」


 広瀬の説得にイブリスは渋々同意した。


「それで芸名ですが、親しみやすくて、イブリス様の可愛さにあった名前が必要になりますね……」


 名前を考えるのは大変だ。まして、人々に気に入られる名前となれば。


「イーちゃん。これにしましょう。可愛らしいですし、イブリス様の名前にも関係ありますからいいでしょう」


 実に安直だが、イーちゃんというのは親しみやすいという点では合格だ。


「よろしいでしょう。一時的にイーちゃん様と名乗るのです」


 イブリスもこの芸名に納得し、芸名は決定した。


「では、アイドルに必要なのはパフォーマンス能力と宣伝です。パフォーマンスに関しては、このスマホに保存してあるアイドルグループのライブの映像を参考にしましょう」

「歌い、踊るのですか。イブリス様に不可能はないのでこれぐらいは簡単です」


 まだ電源が残っているスマホに保存されていた地球のアイドルグループのパフォーマンスを見るのにイブリスはこともなげに引き受けた。


「さて、それでは下準備を行いますね。イブリス様は歌とパフォーマンスの練習をしておいてください。他の事は俺が準備しておきますから」

「任せたのです、守護者君」


 こうしてイブリスのアイドル計画がスタートした。


 広瀬がまず接触したのは楽団だ。歌はイブリスが歌うが、伴奏は必要になってくる。広瀬には楽器に関する知識は皆無なので、この世界にいる音楽家たちに接触して、イブリスのために演奏してくれないかと頼んだ。


 当初、このフードで顔を隠した不審人物の奇妙な依頼に楽団は渋い反応を示したが、広瀬が供物として集めた破格の報酬を提示すると即座に契約書にサインした。


 楽団の次は宣伝だ。


 広瀬は酒場や集会場で絶世の歌姫が現れた事を宣伝して回った。目に焼きつくような美少女が可憐な歌声を披露すると宣伝して回し、人間たちは僅かながらに興味を示しだした。


 最後はイブリスの纏う衣装だ。


 あのセーラーワンピースも可愛いのだが、やはりアイドルとなるともっとインパクトのある衣装が必要だ。


「すいません。こういう服をお願いしたいんですが」

「んん? これは見たことがないデザインだな……」


 広瀬は広い世界都市アーカムで何とか衣服を扱っている店を探すと、またも高い金を払って特注の衣装をオーダーした。


 可愛らしい女の子の衣装として代表的なセーラー服とプリーツスカートを基本とし、大きなリボンとレースと控えめなフリルで飾られた一品だ。黒をベースとし、白いラインをいれ、リボンは赤いものを選択。


 出来上がったのはセーラー服ゴスロリ風というべきもの。


 広瀬はアイドルプロデューサではない──現実でもゲームでも──ので、彼がテレビで見たアイドルたちを参考に作っている。なので、地球の芸能関係者が見たら改善の余地ありと判断するだろうものだ。


 だが、この世界ではかなりの上質な衣装である。これを作ってもらうのはお金はもちろん、打ち合わせや制作過程での相談や質問など非常に苦労した。


 そして全ての準備が完了すると──。


「人間たちよ」


 アーカムにいくつもある大きな広場のひとつ。


 そこでイブリスが広瀬がオーダーしたセーラー服姿で立っていた。


 立っているのはこれまた広瀬が頑張って作った組み立て式の演台で、その横に掲げられた看板には“今世紀最大のアイドルにして歌姫、イーちゃん”と言う文字。


「何やってるんだ?」

「大道芸か?」


 この世界では珍し意匠の色鮮やかな衣装を纏った途轍もなく可愛らしい少女がない胸を張って立っているのに、広場にいる人々が興味を示して寄って来た。


「人間たちよ。このイーちゃん様の歌を聴くという栄誉を与えるのです。喜ぶといいのです」


 イブリスはそう宣言するとアカペラで歌い、歌に合わせて踊り始めた。


「おおっ! 凄い!」


 イブリスの歌声は鈴や鳥のように可憐で、その場から離れられないほどに魅力的だった。


 そして、その歌声に合わせてイブリスがリズムよく踊るのには全ての民衆が注目するほどに小気味いいものだった。


 歌やダンスなど簡単だとイブリスは言っていたが本当のようである。イブリスはたったの1週間程度で、本物のアイドルと比較しても遜色ないレベルの歌とダンスを披露していた。


「守るも攻むるも不敗の──♪」


 ……歌の歌詞は戦争と武力の神であるイブリスのために軍歌を著作権に触れないように改変し、地球のアイドルたちが歌うようなポップ調にアレンジしたものなので、やや物騒な単語が並ぶ。


「何か変わった曲だな」

「でも、いい感じだぞ。斬新でいいな」


 が、ポップ調というのもこの世界では目新しく、人々はイブリスの歌声と同時に歌そのものにも魅了された。


 人々は誰もが立ち止まり、イブリスの歌に耳を傾け、ダンスに目を留める。


「ふう。これで終わりなのです。さあ、神の歌に賛美の声を上げるのです」

「いいぞ! 最高だった!」


 そしてイブリスが歌い終わると拍手と喝采が広場に響いた。


「ご堪能いただけましたでしょうか。イーちゃんの歌声はアーミテイジ通りのライブハウスでお聞きすることができます。お気に召したら、どうぞライブハウスの方にも足をお運びください」


 喝采から間髪置かずして顔を隠した広瀬が用意していたビラを配った。


 アーカムにあるアーミテイジ通りという場所に広瀬はライブハウスを準備しており、アイドル活動としてはそっちが本命だ。この広場でもパフォーマンスはそのための宣伝である。


「アーミテイジ通りか」

「入場料はたったの銅貨10枚です。イーちゃんを好きになっちゃったら是非是非おいでください。お待ちしております」


 この宣伝は大成功だった。誰もがビラを受け取り、興味を示している。


「イブリス様! この調子でガンガン宣伝しましょう!」

「まあいいでしょう。付き合ってあげるのです」


 成功の臭いを感じてきた広瀬が興奮するのに、イブリスはしょうがないと言うように彼に返したのだった。


……………………

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