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神様、商売敵を潰すそうです

……………………


 ──神様、商売敵を潰すそうです



「おら! イブリス様を信仰しろ!」

「そして供物を捧げろ!」


 アーカムの通りで市民を恫喝するのはマコーリー・ファミリーの構成員たちだ。


「なんだあ、その顔は? イブリス様を信じないのか、ええ?」

「し、信じます! お金も差し上げます!」


 彼らは神であるイブリスに命じられて布教と供物の収集を行っていた。が、犯罪組織の構成員であって宗教家ではない彼らがやるのは、このような脅迫行為だけである。


「だ、誰かあの連中を止めてくれよ」

「シティ・ウォッチは何をやってるんだ!」


 やりたい放題のマコーリー・ファミリーの構成員たちにアーカム市民たちは恐怖し、憤っていたが、無力な彼らに出来ることはない。


 本来ならばこのような行為を取り締まるシティ・ウォッチは出動不能。


 もはや、市民たちには希望がないかに思われたとき──。


「そこまでだ!」


 不意に通りに声が響いた。


 声と共に現れたのは煌びやかなプレートアーマーを纏った青年とチェインメイルとメイスで武装した集団だ。


「セドリックだ!」

「てめえ! また俺たちの邪魔をしにきやがったのか!」


 そう、現れたのは正義の神テミスの信仰の守護者たるセドリックだ。


 彼はテミスに仕える戦闘司祭たちを率いて、マコーリー・ファミリーの構成員たちに向かってきた。


「市民を恐喝するのは犯罪だ。テミス様の名において、それ以上の犯罪は見過ごすことはできない」


 セドリックはそう宣言すると、腰から長剣を抜いて構えた。


「何が犯罪だ! 俺たちはイブリス様の信仰を広めてるんだよ! 間抜け!」

「そうだ! てめえはお呼びじゃねーんだよ! 失せろ、クソ野郎!」


 そんなセドリックにマコーリー・ファミリーの構成員は口々に彼を罵った。


「イブリス信仰も禁止されている。それにお前たちはどんなお題目を掲げても、やることは変わっていないようだな」

「んだと! 何を崇めようが俺たちの勝手だろうが! 口出すな!」


 静かに告げるセドリックと、それとは逆に加熱するマコーリー・ファミリーの構成員たち。


「最終警告だ。恐喝行為をやめ、イブリス信仰もやめるんだ。そうすれば、ベールの神殿に用事が出来ることはないだろう」

「おうおう! やろうってならやってやるぜ! 俺たちは戦争と武力の神であるイブリス様の信仰者なんだ! 正義の神なんざ、ケツを拭く紙でもねえ!」


 セドリックに警告にマコーリー・ファミリーの構成員たちが襲い掛かった。


「やむを得ないな」


 向かってくるマコーリー・ファミリーの構成員たちにセドリックと戦闘司祭たちが武器を強く握った。


「死にやがれ、いかさま野郎!」

「フン!」


 マコーリー・ファミリーの構成員が振り下ろした剣を、セドリックが自分の長剣で薙ぎ払った。マコーリー・ファミリーの構成員の剣は紙のように引き裂かれ、刃がポトリと地面に落ちた。


「クソ!」


 武器を失ったマコーリー・ファミリーの構成員は素手でセドリックに殴りかかる。


「無駄だ」


 セドリックはクルリと身を翻して拳をかわし、カウンターとして彼の篭手に包まれた拳を叩き込んだ。


「ブベッ!」


 マコーリー・ファミリーの構成員はもろに打撃を受け、地面に倒れた。


「お、おい。お前がやれよ!」

「な、何言ってるんだよ! 威勢のいい事を言ったのはお前だろう!」


 アッサリと仲間がやられたことにマコーリー・ファミリーの構成員たちはジリジリと後退していった。犯罪組織のメンバーといっても、信仰の守護者という亜神を相手にするには力不足だ。


「武器を捨てれば、投降を受け付ける。さあ、懸命な判断をするんだ」

「だ、誰が──」


 追い詰められたマコーリー・ファミリーの構成員にセドリックが告げ、マコーリー・ファミリーの構成員が反論しようとしたとき、背後で悲鳴が上がった。


 背後。それはマコーリー・ファミリーの構成員たちの背後ではなく、セドリックの背後だ。


「何事だ!?」


 セドリックが慌てて振り返ると、彼の視界に吹き飛んでいく戦闘司祭の姿が目に入った。戦闘司祭はそのまま空を舞い、ドテッととても痛そうに顔面から地面に落下し、痙攣する。


「セドリック様! 別働隊です!」

「クソ。思った以上に規模が大きいようだな」


 戦闘司祭とセドリックの目にはイブリス教徒を示す黒服の男たちと、扇情的な祭服を纏ったグラマラスな女性、そして実に困った顔をした男と大平原な胸を張った少女の姿が見えていた。


「こんにちは、セドリックさん。俺は──」

「聞けえ、テミスの下っ端ども! このお方はイブリス様の信仰の守護者! ヒロセ様だ! 恐れおののけ!」


 困った顔をした男──広瀬が自己紹介する前に付いてきたマルグリットが高らかに広瀬のことを告げた。


「こいつがイブリスの亜神!?」

「……そのようだな」


 うろたえるテミスの戦闘司祭たちに、セドリックが彼らを後方に下げた。


「事を荒げるつもりはないんですよ。出来れば穏便に──」

「でかい顔ができるのも今日までだぜ! 今からこのヒロセ様がお前たちをコテンパンに叩きのめすからな! 覚悟しな!」


 あくまで交渉しようとした広瀬の言葉をまたしてもマルグリットが遮る。


「フン。流血の神の信仰者なだけはあるみたいだ」


 マルグリットの挑発にセドリックが鋭い長剣を広瀬に向けた。


「マルグリットさん……」

「さあ、やっちまってください、ヒロセ様!」


 頭を抱える広瀬に、マルグリットがセドリックを指差す。


「ウム。やってしまうのです、守護者君。神罰を下すのです」

「俺の周りってなんでこんな人ばっかりなの……」


 イブリスも戦えというように広瀬の背中を押し、広瀬はますます頭を抱える。


「ええっとですね、セドリックさん。全ては誤解なんですよ。イブリス様はそんなに危ない神様でないですし、これまで起きた事件も不幸な事故なんです。マルグリットさんの仲間がご迷惑をおかけしてましたら対処しますので」

「んん? 本当にイブリスの亜神なのか?」


 イブリスとマルグリットに押し出された広瀬は申し訳なさそうにセドリックに対して告げ、セドリックは予想外のことに僅かに首を傾げた。


 イブリスは破壊神であり、流血の神だと書物には記されていた。それに仕える亜神も暴力と恐怖で人々を支配していた、とされている。


「本当です。イブリス様の保護者──じゃなくて、信仰の守護者をやってます。お互い同業者らしいので、どうかよろしくお願いします」


 首を傾げるセドリックに広瀬が丁寧に告げた。


「だが、アレシアに暴行を働き、シティ・ウォッチにも打撃を与えた。本当の何が望みなんだ?」

「それは事故なんですよ……。で、望みなんですけど、ささやかでいいのでイブリス様の信仰を認めて貰えればなあ、と。イブリス様は発言は過激ですけど、見ての通り害はない可愛い女の子なんです」


 そういって広瀬は背後にいるイブリスを指し示した。


 イブリスは広瀬がセドリックを叩きのめすのを今か今かと待っている。が、見た目は黒髪の美しい神秘的な美少女であり、書物で記されていたような怪物の類ではない。


「どこまで信じていいのか分からないが、君自身は穏やかな人物のようだ」

「ああ。理解して貰えて嬉しいです」


 セドリックが長剣を下ろすのに、広瀬が安堵の息を吐いた。


 これまで化け物扱いで、恐れられるか、問答無用で襲撃されるかしていた広瀬にはセドリックはようやく自分を理解してくれた人物だ。


「何をやっているのです、守護者君。あの横取り野郎の手下にパンチを叩き込んで、再起不能にしてやるのです!」

「やっちまってくださいよ、ヒロセ様! あのドラゴンも屠る一撃でそのいけ好かない野郎の鼻を叩き折ってやってください!」


 で、外野は相変わらず血の気が多い。


「だが、イブリス信仰は認められない。イブリスは邪神であり、追放された神だ。そんなものを崇拝すれば、世界の秩序が乱れる」


 理解はしたものの、セドリックは広瀬の求めに首を横に振った。


「そこを何とか! 別に戦争を起こしたりはしませんし!」

「そうは言っても、現実にイブリスの信仰者たちは市民を脅している。そのような言葉は信じることは難しいな」


 広瀬が食い下がるものの、セドリックは先ほどまで市民を恐喝していたマコーリー・ファミリーの構成員たちを僅かに振り返って返した。


「それも誤解なんですよ。だから──」

「今だ! やっちまえ!」


 何とか広瀬がセドリックを説得しようとしていたとき、マルグリットが声を上げた。


 セドリックは武器を下ろし、彼の連れて来た戦闘司祭たちも油断している。彼女は今こそが攻撃するチャンスだと判断した。


「打ち殺せ!」

「殺れ! 殺っちまえ!」


 マルグリットの命令に黒服たちが一斉にセドリックとテミスの戦闘司祭たちに襲い掛かった。


「お、応戦しろ!」


 通りは一気に戦闘状態に突入した。


 マルグリットの黒服たちが棍棒を振り回して雄叫びを上げ、テミスの戦闘司祭がメイスでそれに応じる。


 不利なのは油断していたテミス側だ。彼らは奇襲を受ける形になり、辛うじて応戦するのが精一杯になっていた。


「……なるほど。先ほどのは僕たちを油断させるためだったんだな。実に狡猾だな、イブリスの亜神」

「え、ええー……」


 打って変わって殺気に満ちた視線を向けてくるセドリックに広瀬が困惑した表情で周囲を見渡した。


 広瀬は本当に交渉したかったのであって、これはマルグリットが暴走しただけなのだ。誤解である。


「流石なのです、守護者君。このイブリス様が選んだだけはあるのです。君には戦争の才能があるのです」

「もうやだ、この世界」


 感心した様子でイブリスが告げるのに対して、広瀬は頭痛のする頭を抱えた。


「ここで止めておかなければ、再び世界に破壊と流血をもたらすだろう。覚悟してもらうぞ、イブリスの亜神!」


 そう宣言してセドリックが長剣を振り上げて、広瀬に突進した。


 テミスは正義の神だ。正義を執行するには力が必要になり、テミスは必然として正義を執行するための力を司ってる。だから、騎士や傭兵たちも戦いの前にテミスに祈り捧げるのだ。


 当然、そのテミスの信仰の守護者であるセドリックも亜神として常人を越えた力を有している。このアーカムで彼に勝てる人間はひとりとして存在しないし、アーカムの外にいる魔族も彼の敵ではない。


 そんなセドリックが完全な戦闘態勢で襲い掛かる。それも容赦なく。


「ハアアッ!」


 セドリックは広瀬の頭に向かって長剣を振り下ろし──。


「何っ……!?」


 長剣はポキリと折れた。広瀬が僅かに頭を庇っただけで。


「やるようだな、イブリスの亜神。破壊神の亜神というわけだ」

「いや。身を守っただけなんですけどね、ホント」


 もう広瀬も自分が予想外の暴力を行使するのに馴れてきた。


「だが、正義の神テミスに仕える身として諦めないぞ!」


 セドリックは長剣を投げ捨てると、素手で襲い掛かってきた。


「──テヤアッ!」


 セドリックの叫びと共にこれまでの人間とは比べ物にならない鋭いパンチが広瀬に向かってくる。


「本当にすいません!」


 そんなパンチに広瀬は謝りながらカウンターを返した。


「ブゲバッ!」


 で、セドリックは吹っ飛んだ。


 相手が人間ではなく、神に仕える亜神だということで広瀬は僅かに大きく力を込めていた。


 そのためなのか、セドリックは空高く、高く舞い上がり、通りに面してた建物の5階の窓ガラスに衝突し、それらを粉々に砕いた後で、ズルズルと地面に向かって落下していた。


 セドリックはその煌びやかなプレートアーマーも無残な姿となり、通りでピクピクと痙攣するだけになった。


「セドリック様!?」

「そ、そんな!?」


 テミスの信仰の守護者であるセドリックが再起不能になったのに、戦闘で不利に陥っていた戦闘司祭たちが大混乱になった。


「流石はヒロセ様だ! お前ら! ヒロセ様に続け!」

「へい!」


 残された戦闘司祭たちにマルグリットの黒服たちが容赦なく襲い掛かってくる。


 結果、戦闘司祭もボロボロのズタズタにされて壊滅した。通りは彼らの上げる呻き声で覆われている。


「やりましたね、ヒロセ様! あなたは軍神ですぜ!」

「できれば穏便に済ませたかったのに……」


 憎きテミスの信仰の守護者と戦闘司祭たちを壊滅させて大興奮のマルグリットが彼女の豊満な胸を広瀬の腕にギュウッと押し付けて喜ぶが、広瀬の方はそういう役得を楽しむ余裕はなかった。


「よくやったのです、守護者君。これで手柄を横取りした卑怯者は痛い目を見て、再起不能となったのです。これでイブリス様の信仰がより一層広まることは間違いないでしょう」

「どう考えても世界の敵ルートですよ、イブリス様」


 イブリスも背伸びして広瀬の頭をナデナデと撫でて功績を讃えるのだが、広瀬の方はアレシアに続き、セドリックをぶちのめしたことで完全にこのアーカムの敵になるのが予感できた。


「戦勝祝いをしましょう、ヒロセ様! 盛大な晩餐会を開きますぜ!」


 マルグリットはそんな広瀬の悩みも関係なく、セドリック叩きのめし記念のためのパーティーの準備に部下たちを走らせる。


「うむ。神を讃える儀式はいいことです。守護者君も楽しむといいでしょう」

「楽しんだ後で、絶対問題がありますよね」


 楽しいパーティーが待っているにもかかわらず、広瀬は暗い表情で再起不能のセドリックと壊滅した戦闘司祭を残して通りから去ったのだった。


……………………

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