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神様、光臨しました

……………………


 ──神様、光臨しました



「どこ、ここ?」


 広瀬浩之は混乱していた。


 広瀬は中小企業のしがない会社員で、丁度会社のお昼休みで昼食を取り終え、自分のデスクに座ってスマホでネットサーフィンをしていた。


 ……はずなのだが、気づいたら奇妙な場所にいた。


 一面真っ白で、床と壁と天井の区別も付かないような空間。光源らしきものは見当たらないが、どこからか光が漏れ出し、仄かに明るい。落ち着いて見れば、幻想的とも言える場所だ。


 だが、広瀬がいたのはこんな場所ではなく、狭い会社のオフィスだ。


「会社に帰らないとヤバイよな……。まだ就業時間だし……」


 広瀬が混乱した状態で、どこかに出口がないかと探そうとしたとき──。


 ──パアッと眩い光が、広瀬のいた空間に満ち溢れた。


「うわっ!」


 あまりの眩さに広瀬は目を瞑った。


 光は目を瞑っていても眼球に差し込み、まるで閃光手榴弾のように炸裂する。


「……収まった?」


 数十秒の時間が経過し、広瀬は先ほどの眩さに眩みながらも目を開いた。


 見えるのは、先ほどと同じ白い空間。


 ──そして、いつの間にか少女が広瀬の目の前に立っていた。


 歳は14歳ほどだろう。まだまだ幼い少女だ。


 長い濡れ羽色の艶のある黒髪を膝まで伸ばし、雰囲気だけで勝気に感じられる端整な顔立ちには、可愛らしい丸々として猫のような赤い瞳。


 そして、小柄な体を覆うのはサイズが合っておらず、ややダボダボした黒白のセーラーワンピース。思わず触りたくなりそうな細い足には黒のニーハイソックスとパンプスを装備。


「おおっ……」


 それは自然に目を見開いてしまうほどの美少女だった。それも、ただの美少女ではなく、まるで神か天使か聖人のような神聖さすら感じられるオーラのある美少女だ。


 だが、驚くべきは次にその少女の言ったことだった。


「君は死にました。というか、このイブリス様が殺したのです」

「は?」


 少女がポンと言い放った言葉に、広瀬の頭にクエッションマークが浮かぶ。


「死んだって、またまた」

「死んでいるのです」


 訳の分からないことが連続して思わず笑ってしまう広瀬に、少女は告げる。


「そんな馬鹿なことが……」


 広瀬はそこで初めて自分の姿を見た。


 体が透けてる。完全にではないが、ぼんやりと──まるで幽霊のように──透けており、体を通して向こうの光景が見えていた。


 その光景を3分ほど見た後で広瀬は深く息を吸ってフウッと吐くと、冷静に自分の右手の脈を取った。


 脈がない。微動だにしていない。


「俺、死んでるっ!?」

「だから、死んでるって言ったのです」


 衝撃的な事実にうろたえる広瀬に、またしても少女はポンと告げた。


「……なんで俺死んでるんです?」

「このイブリス様が殺したから、死んでるのです」


 この理不尽な状態の説明を求める広瀬に、イブリスと名乗っている少女は平坦な胸を張って返した。なんとも自慢げである。


「その、イブリスさん。俺を殺すという凶行に及んだ理由についてお聞かせ願いますか?」

「イブリスさんじゃなくて、イブリス様です」


 広瀬の言葉を、頬を膨らませたムスッとした顔でイブリスが修正する。


「イブリス様。なんで、俺殺したんです? と言うか、君は何者なんです?」

「それは元の世界に戻るため。そして、イブリス様は神です」


 改めて尋ねる広瀬に、イブリスはまたしても自慢げに平らな胸を張った。


「全く分からないので、もっと具体的にお願いします」

「仕方がないですね」


 説明になっていないイブリスの説明に広瀬が補足を求め、イブリスは溜息を吐きながら説明を始めた。


「イブリス様は異世界の神です。それも戦争と武力を司る立派な神です。だが、こともあろうに他の神々がイブリス様を別の世界に追放するという蛮行にでやがりました。邪神だの何だの言って、イブリス様を追い出したのです」

「はあ。それはまた大変でしたね」


 プンプンと腕を振り、赤い瞳を更に赤くして怒りを露にしながら、イブリスは自分に起きたことを語った。


「もちろん、素直に追い出されるイブリス様ではありません。虎視眈々と元の世界に帰り、再び神の座に戻る機会を待っていました。そして、その機会がついに今日やって来たのです!」


 そして、イブリスはビシッと広瀬を指差した。


「君の魂の月齢が元の世界に近づいていたのです。イブリス様は君の魂を使えば、元の世界に戻れるのです」

「それは、つまりは切符代わりに殺したわけですか……」


 具体的な意味は不明だが、要はイブリスは追い出された世界に帰還するために広瀬を使うということだ。恐らくはそのために広瀬を殺したのだろう。


 本当に切符代わりだ。こんなことで一生が終わるとは、と広瀬は俯いた。


「安心するのです。イブリス様は慈悲深い神なので、神に報いたものに褒美を与えないことはありません。君のイブリス様への献身を讃えて、君をイブリス様の信仰の守護者に任じます」


 そんな広瀬の頭を背伸びしてナデナデと撫でながらイブリスが宣言した。


「信仰の守護者って?」

「信仰の守護者は神が持つ、地上の代理人です。神という最高位の存在に次ぐ亜神というもので、不老不死の肉体に神の有する特殊な力を与えられるのです」


 小さなイブリスに撫でなれながら広瀬が尋ねるのに、イブリスが答えた。


「特殊な力……。どんなものなんですか?」


 まるで小説のような、広瀬にもちょっとワクワクできる単語が出てきた。


「まずは腕力です。比類なき腕力を振るうことができます」

「おお」


 ピッと指を一本立ててイブリスが特殊な力の説明を始めた。


「次に暴力です。何人も逆らうことの出来ない暴力を振るうことができます」

「うん……?」


 二本目の指を立てて、イブリスは続ける。


「最後は破壊力です。あらゆるものを粉砕する破壊力を振るうことができます」

「パワー全振りですよね、それ!?」


 三本目の指を立てたイブリスに広瀬が突っ込んだ。


 腕力、暴力、破壊力。全部同じではないか。


「イブリス様は戦争と武力の神なのです。そして、力こそが戦争の勝敗を決するのです。イブリス様の祝福を受けたい人間たちは常に力を求めてやって来るのです」

「いや、そりゃそうですけど。もっと便利な力とかはないんですか? 例えば、色んな言語を話せるとか、どうですか?」


 流石にパワー全振りな脳筋能力では悲しいと広瀬が別の力を求めた。


「なら、全宇宙に存在する全ての言語で“こんにちは、死ね”と言える能力を追加します」

「どこまでも好戦的ですね!」


 全く持って武闘派な神様である。


「もっとボキャブラリーを増やしてくださいよ。言葉の戦いも戦争ですよ?」

「むう……」


 “こんちには、死ね”などいう喧嘩を売るのにしか役に立たない能力はいらないので広瀬が説得するのに、イブリスは不満そうに眉を歪める。


 そして──。


「はあ……。なんか実感ないですけど、ちゃんと能力を得てるんですか?」

「イブリス様を信じるのです」


 なんとか交渉を重ねて、言語に関する能力を得た広瀬だったが腕力、暴力、破壊力もしっかり付与された。拒否権はなかった。


「んじゃ、そろそろ帰っていいですか、イブリス様?」

「何を言っているのです。信仰の守護者は神に仕えるもの。守護者君もイブリス様と来るのです」

「ですよねー……」


 話の流れからして予想は出来たことだが、どうやら広瀬もイブリスと共にイブリスの世界に行くことになっていた。これもなんだか拒否権はなさそうだ。


「では、イブリス様の信仰を取り戻すのです! 凱旋の始まりです!」


 イブリスが宣言すると、再び白い空間に閃光が満ちた。


 それと同時に落下するような感覚が広瀬に感じられ、彼の意識は一時的に途絶えた。


 異世界に行くってのはこんな感触なのかと、広瀬は思ったのだった。


……………………

次話は本日8時頃に投稿します。

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